医学界新聞

こころが動く医療コミュニケーション

連載 中島 俊

2021.12.20 週刊医学界新聞(通常号):第3450号より

 患者さんの生活をより良いものにするのは,医薬品や医療技術の進歩に限りません。「コミュニケーション」をチェック項目に加えたチェックリストによっても,医療の質は改善可能です。本稿では,医療におけるチェックリスト活用の研究を通じて,医療者がこれを臨床現場に取り入れる有用性についてご紹介します。

総合病院勤務1年目の医療者Bさんは,5年目の先輩Aさんから,来週開催される地域ケア会議の資料を作成してほしいこと,完成したら確認させてほしいことの2点を伝えられた。Bさんは前日に資料を完成させた。しかしAさんは多忙そうであり,Bさんは確認の依頼ができずに会議当日を迎えた。当日の朝,なんと資料にC先生の確認が必要であると発覚。C先生は出張で不在であるため資料を確認してもらうことができず,BさんはAさんに「なぜもっと早く言わないのか」と叱られてしまった()。

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 会議資料の作成を依頼する先輩医療者Aさんと,引き受けた後輩医療者Bさんとの会話

 医療現場ではコミュニケーション不足に起因して,CASEのような会議資料の不備のトラブルから人命にかかわる重大な医療事故まで,さまざまなレベルの問題が発生し得ます。ではこれらの発生を防ぐためには,どのような工夫ができるのでしょうか。

 1つにはチェックリストの活用が考えられます。これによりチームワークが高まったり,患者さんの安全性が向上したりすると報告されています1)。WHOが2009年に出版した「WHO Guidelines for Safe Surgery 2009」(以下,WHOガイドライン)では,安全な手術のためのチェックリストを提示しています2)。その上で手術におけるチェックリスト活用のメリットとして,①変化が激しく多くの点に気を配るべき状況の患者さんにおいて,見過ごされやすいささいな問題の確認に役立つこと,②複雑なプロセスにおいて最低限必要な手順を可視化できることなどを挙げています2)。ある研究では,手術の際にこのチェックリストを導入することで,手術に関連した死亡率と合併症の発症率が導入前に比べて低下したと報告されています3)。また「石けんで手を洗う」「マスクや滅菌ガウン,滅菌手袋を付けてカテーテルを挿入する」など単純な確認事項のチェックリストを用いるだけでも,中心静脈カテーテル留置における合併症が発症する割合が減少したと示されています4)

 チェックリストの活用は,医療者同士のコミュニケーションを増やすことにもつながります。手術の困難さや医療者のスキルなどに加えて医療チームのコミュニケーション不足が手術の結果にかかわる要因と考えられており5),改善が求められます。ではなぜコミュニケーション不足が生じるのでしょうか? これには仕事の忙しさや,職種や経験年数などのヒエラルキー構造が関係しています。このような場合における医療者同士のコミュニケーションの難しさは,連載第13回で述べた通りです。重要なのは,医療者個人のコミュニケーション能力に原因を求めるのではなく,忙しさやヒエラルキー構造に左右されずにコミュニケーションを促す項目をチェックリストに取り入れることです。これによりコミュニケーション不足に起因する医療事故の発生を防ぎ得るのです。複数の研究から,忙しい医師がすぐに手術を開始せずに,術前ブリーフィングなどを通じてスタッフ間で手術の目的や困難さを共有することが,ミスを減らして患者さんの予後を改善するための重要な手続きであると報告されています6, 7)。医療現場で行うこのようなタイムアウト,つまり小休止は,医療者を心理的にリラックスさせ,そのパフォーマンスや患者さんの安全性を高めるとされています7)

 しかしチェックリストの実装は必ずしも容易ではありません。背景には,患者さんの状態が多様である点や一人の患者さんに複数の疾患が併存するなど症状が複雑である点,診療に当たる医療者が多忙な点などがあります。WHOガイドラインに基づくチェックリストについて,手術室チームが持っている認識などを調べた研究では,臨床医の87.9%がチェックリストへの否定的な意見を示しています8)。医療事故を防ぐべく現場でチェックリストを根付かせるには何が必要なのでしょうか? 導入を進めるため,近年ではWHOガイドラインに基づくチェックリストの遵守状況を調べる研究9, 10)や,チェックリストの実装をめざした研究11)が行われています。医療チームに向けてワークショップを開催してチェックリストの使用目的を教育したり,使用結果について医療チームからフィードバックを得たりするなどの実装戦略と組み合わせることで,ただ導入するよりもチェックリストが受容され,使用率が高まると報告されています11)。これらの研究結果を取り入れ,チェックリストを戦略的に実装する方略を探るのが重要と言えます。

 それぞれの臨床現場や問題に即したチェックリストを作成することも,業務の効率を高める上で重要です。ある研究では,チェックリストを作成した結果として,ワークフローの改善にもつながることが示されています12)

 ではCASEの状況では,どのようなチェックリストの活用が有効なのでしょうか。例えば,①資料作成期限を決める際に一方的に依頼するのではなく2人で話し合うこと,②Bさんが話し掛けやすいように会議資料の確認時間を設けることなど,「コミニュケーション」を促す項目を入れたチェックリストの作成が考えられます。2人がこれを一緒にチェックした上で,AさんがBさんに会議資料の作成をお願いすれば,同様のトラブルは減らすことができるはずです。

 最後にチェックリスト作成の上で有用な資料をご紹介します。WHOガイドラインにおけるチェックリスト作成を主導した米ブリガム・アンド・ウィメンズ病院の外科医であるアトゥール・ガワンデ氏による『アナタはなぜチェックリストを使わないのか?――重大な局面で“正しい決断”をする方法』(吉田竜訳,晋遊舎,2011年)です。本書では,医療業界や建設業界,航空業界など幅広い業界におけるチェックリストの有効性を明らかにしています。巻末には「目的が簡潔に定義されているか」「シンプルかつ論理的な形にまとめられているか」「仕事の流れを妨げないか」などの観点でまとめられた「チェックリスト作成のためのチェックリスト」も掲載されています。これを参考にして考えることで,皆さんの働く場に最適化したチェックリストを作成できるでしょう。

🖉 「コミュニケーション」の項目を取り入れたチェックリストは,医療の質を改善させ得る。
🖉 忙しさやヒエラルキーに左右されないコミュニケーションの場を設ける工夫が医療事故を防ぐ。
🖉 現場に実装する視点を踏まえてチェックリストを導入することが重要である。


1)J Crit Care. 2006[PMID:16990087]
2)WHO. WHO Guidelines for Safe Surgery 2009. 2009.
3)N Engl J Med. 2009[PMID:19144931]
4)N Engl J Med. 2006[PMID:17192537]
5)Ann Surg. 2004[PMID:15024308]
6)Patient Saf Surg. 2009[PMID:19930577]
7)Med Educ. 2021[PMID:33772840]
8)Int J Qual Health Care. 2017[PMID:28482011]
9)J Patient Saf. 2019[PMID:26756728]
10)BMJ Open. 2014[PMID:24993761]
11)BMJ Open. 2017[PMID:29042377]
12)J Med Phys. 2121[PMID:34267483]