医学界新聞

シリーズ この先生に会いたい!! 阿部吉倫氏に聞く

インタビュー 阿部 吉倫,折田 巧

2021.12.06 週刊医学界新聞(レジデント号):第3448号より

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 朝,自宅を出発し向かう先は病院でもクリニックでもなく,ガラス張りのオフィスビル。近年では医師の働き方が多様化し,医師免許取得後に企業で働く人も珍しくなくなった。Ubie株式会社を起業し,代表を務める阿部吉倫氏もその1人だ。

 Ubie社は医療機関向けの「ユビーAI問診」と生活者向けの「ユビーAI受診相談」の2つをメインサービスとして提供する。テクノロジーを用いて世界中の人々が健康に過ごせる社会をめざす阿部氏は,数ある選択肢からなぜ起業というキャリアを選ぶに至ったのか。阿部氏と同様に,将来はビジネスサイドから医療に貢献することを志す研修医の折田巧氏が聞いた。

折田 近年,ビジネスを通じて医療を変えようとする動きが医学生・研修医の間で活発になっており,医師が主導するスタートアップ企業も多く存在します。その中でも特に,阿部先生らが率いるUbie株式会社は目に見える実績を多数挙げています。

阿部 おかげさまで当社が現在提供する「ユビーAI問診」は大小400以上の医療機関に導入されており,「ユビーAI受診相談」も1か月当たり300万人以上の方が利用しています。しかし創業直前まで私は研究者をめざしており,最初から今のキャリアを描いていたわけではなかったのです。

折田 阿部先生の肩書は「共同代表取締役」であり,エンジニアの久保恒太さんと2人で代表を務めていらっしゃいます。お2人の出会いはどのようなものだったのでしょうか?

阿部 大阪にある高校の同級生でした。放課後一緒に受験勉強をする仲で,彼は京大工学部,私は東大医学部へと進学しました。私が医学部5年生の頃,久保が東大大学院に進学したのを機に再会して,お互いの近況を報告し合いました。そこで彼から「問診時の医師の思考って,アルゴリズム化できるんじゃないかな? それを修士論文の研究テーマにしようと思ったけど教授の許可が下りなくて(笑)。仕方ないから趣味として今は自分一人で開発を進めてる。これって医学的にできそう? どう思う?」と問われたのです。

折田 久保さんの発言を受けてどう感じましたか。

阿部 学術的にとても面白いと思いました。当時,講義で臨床推論とベイズ統計を習ったばかりで「できない理由がない」と感じたからです。折田先生はAkinatorというプログラムエンジンをご存じですか?

折田 はい,遊んだことがあります。例えばキャラクターのドラえもん(『ドラえもん』藤子・F・不二雄,小学館)を頭の中に思い浮かべて,「実際に存在する?」「白い?」といったジェネラルな質問に答え続けると,「ネコ型ロボット?」のように設問が次第に限定的になって,最後は「思い浮かべているのは,ドラえもん」と思考を当てられるゲームですよね。

阿部 Akinatorのように,答えがわからないけれど質問を生成して推論していく仕組みは,患者さんの症状から病気を特定する臨床推論と近いと思っていたのです。そのため久保の構想に賛同し,すぐに共同研究を始めました。

 研修医として臨床経験を積み始めてからは「この主訴に対してはこのような問診を行う」といった診療時の思考パターンが自分にも身につき,研究の精度は医学生の頃より一層高まりました。

折田 とはいえ研修中は時間的制約も多く,臨床と研究の両立は大変だったのではないでしょうか。

阿部 ええ。業務後にカフェや附属図書館で遅くまで研究を進め,忙しい毎日を送りました。と同時に,研究成果が形になってきてからは時間を忘れて熱中することも多かったですね。

 また,病院で働き始めてから,「この研究を形にしたい」との使命感がより強くなったエピソードがあります。救急外来で腰痛を訴えた48歳の女性との出会いです。初めは整形外科へのコンサルトを考えましたが,詳しく話を聞くと「吐き気があって食欲もない。体重は半年で7 kg減って,便も細くなりお腹も張っている。2年前から血便もある」とのこと。

折田 大腸癌だったのでしょうか。

阿部 その通りです。すでにStage4まで進行しており,最善の治療を尽くすも亡くなってしまいました。血便の症状が出現した2年前のタイミングで病院に来ていれば経過は変わっていたかもしれません。やるせない気持ちでした。

折田 私自身,「あと少し早く来院してもらえていたら」と悔やむ場面は臨床研修が始まってから何度も経験しました。

阿部 しかし医学の知識がない患者さんにとって,今の自分の症状が受診に値するほど重大かどうか判断するのは簡単じゃない。私たちが作っているこのアルゴリズムを一般の生活者が広く使えるようになれば早期発見,早期治療につながると考えたのです。

折田 まさに現在の「ユビーAI受診相談」によって実現しています。その後,共同研究をもとに起業を決意されるわけですが,臨床研修後はもともとどのようなキャリアに進む予定だったのですか。

阿部 悪性腫瘍の臨床研究または基礎研究に従事するため大学院への進学を検討していました。日本人の3分の1もの命を奪う癌が憎く,より良い治療法を確立したかったからです。しかし,先ほど挙げた患者さんとの出会いを通じて治療法以上に治療介入のタイミングに課題があるのではと考えるようになってからは,共同研究の成果をいち早く多くの方に広めたい一心でした。ただ,研究室としてシステムの開発を続けても社会実装までに時間がかかってしまうし,NPO法人だと資金や人材の調達が難しい。自分の希望をかなえるには会社という形態が最も合っていると考え,起業を決意しました。初期研修医2年目の夏頃のことです。

折田 起業すると決めてから,自身の進む道に迷いはありませんでしたか。

阿部 もちろんです。医薬品の性能や治療技術は日々進化しており,現時点での最高の医療を提供する場が病院には整っています。しかし提供できる相手は目の前の患者さんだけ。私たち医師は,病院に来てくれるのを待つことしかできません。

 医師法の第1条には「医師は(中略)国民の健康な生活を確保するもの」とあります。われわれの共同研究の成果によって1人でも多くの国民が適切な医療にアクセスでき健康な生活の確保へとつながる可能性があるのなら,そのチャンスを最大限生かしたかったのです。起業を決めて4か月後にUbieを創業しました。この時の選択は間違っていなかったと今でも思っています。

折田 私は医学生の時に複数の企業の長期インターンに参加し,ビジネスを通じて,よりマクロな視点で医療にアプローチすることの面白さと難しさを実感しました。現在は研修医として日々臨床業務に専従していますが,将来は阿部先生のようにビジネスサイドから医療全体の価値向上,特に病院システムの改善などに貢献したいと考えています。阿部先生が臨床医として働いた経験は,事業にどう影響していますか。

阿部 主にシステムを開発する上での仮説立案や,お客様にプロダクトを説明する場に生きています。医療現場のオペレーションに関する肌感覚が備わっているので,現場で出やすいクレーム等,さまざまなシチュエーションを想定しながら実現可能性の高い仮説を立てられています。さらに病院長や診療部長の抱える負担,彼らから現場の医師が受けているであろう指示,その指...

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Ubie株式会社 共同代表取締役

2015年東大医学部卒。東大病院,東京都健康長寿医療センターでの初期研修を経て,17年5月にエンジニアの久保恒太氏と共同でUbie株式会社を設立。18年より「ユビーAI問診」,20年より「ユビーAI受診相談」の提供を開始。「ユビーAI問診」は医師のカルテ記載業務を効率化するWeb問診システム。約5万本の論文データをもとにAIが患者ごとに最適な質問を自動生成し,事前問診をデジタル化する。「ユビーAI受診相談」は,自覚症状などいくつかの設問に答えることで病名の候補や対処法,適切な診療科を調べられる,無料のWeb医療情報提供サービスである。現在は7人の医師を含む約150人の社員と共に,より多くの人々を適切な医療に案内することをめざす。19年12月より日本救急医学会救急AI研究活性化特別委員会委員。20年Forbes 30 Under 30 Asia Healthcare&Science部門選出。同年8月Ubie社は週刊東洋経済の「すごいベンチャー100」に選出され,11月には累計45億円を調達。

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