医学界新聞

寄稿 橋本 圭司

2021.11.01 週刊医学界新聞(通常号):第3443号より

 「発達障害」の概念は時代とともに変化しており,国内では主に重度の知的障害や肢体不自由を合併した重症心身障害児を指して用いられた時期もありました。しかし近年の「発達障害」は,「神経発達症」と呼び方が変わり,世界的動向にならって自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder:ASD),注意欠如・多動症(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder:ADHD),限局性学習症(Specific Learning Disorder:SLD),発達性協調運動症(Developmental Coordination Disorder:DCD)など,知的障害から独立した高次脳機能障害や運動機能障害へとシフトしました。また,医学や心理学領域の研究の進歩により,神経発達症の概念が明確化されるとともに,発達や神経発達症に関連するアセスメントツール(検査・尺度)が世界的に多数開発されています。

 日本国内でよく用いられる乳幼児発達検査として,遠城寺式乳幼児分析的発達検査や津守・稲毛式乳幼児精神発達診断法,新版K式発達検査などが有名です。しかし,いずれの発達検査も訓練を受けた専門家による対面評価が必要とされ,実施可能な医師,心理士,言語聴覚士,作業療法士,理学療法士などのスタッフがいる施設は限られています。このような状況に加え,2020年に始まったコロナ禍以降,いつでもどこでも誰によってでも記入可能なスクリーニングおよびモニタリング補助ツールのニーズがますます高まっているように感じています。

 米国では,地域の療育プログラムや福祉サービス,教育・保育施設,病院や診療所などで,専門知識を有した医療スタッフの有無に依拠しない親回答式の質問紙によるモニタリングシステム,ASQ-3TM(Ages & Stages Questionnaires®,Squires & Bricker,2009)が幅広く用いられています。わが国であれば,母子保健法に基づき行われる乳幼児健康診査時,保育園や幼稚園での定期面談時,病院における小児科入院時,診療所における定期発達チェック時,児童相談所における相談対応時,などの際に有用なスクリーニングやモニタリング補助ツールとして活用が期待できるでしょう。しかしながら,これまで日本語版が存在していませんでした。

 そこで今回,環境省が実施する「子どもの健康と環境に関する全国調査」(エコチル調査)の一環として日本語版ASQ®-3(J-ASQ®-3)が開発され,同調査で活用されています。評価に必要な基準値については,エコチル調査のパイロット調査に参加いただいた約400人のお子さんのデータを基に,10個のJ-ASQ®-3質問紙(生後6,12,18,24,30,36,42,48,54,60か月)の結果を踏まえて設定されました。以前であれば,専門家でない親や第三者による評価は当てにならないとの批判が上がったかもしれません。しかし,適切な手続きで信頼性と妥当性が検証されたJ-ASQ®-3は,乳幼児にかかわるあらゆる分野での活用が想定されます。最終的には,全国10万人のお子さんとその親が参加しているエコチル調査の結果を検討し,より信頼性の高い基準に改善がなされる予定です。今後もさらなる進化が期待されます。

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昭和大学医学部リハビリテーション医学講座 准教授

1998年慈恵医大卒。2005年同大リハビリテーション医学講座助手,および東京医歯大難治疾患研究所准教授。国立成育医療センターリハビリテーション科医長,発達評価センター長などを経て,16年はしもとクリニック経堂院長。21年より現職。『日本語版ASQ®-3』(医学書院)の監修を務める。

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