医療者が陰性感情に飲み込まれないために
寄稿 木村 映里
2021.07.26 週刊医学界新聞(看護号):第3430号より
疲弊している。
ここ半年,1日5回,いや10回くらいはそんな言葉が頭に浮かびます。もともと看護師の配置基準ギリギリの病棟でCOVID-19陽性者まで受け入れ始めたのだから,当然多重業務に次ぐ多重業務で離職は止まらず,ふとした時,このままでは心身がもたないのではないか,という予感が何度も頭をよぎります。疲弊している。
病院には,さまざまな背景を持つ患者さんが来院します。依存症,生活保護,ホームレス,反社会的勢力,etc……。属性を挙げればキリがなく,そして往々にして背景がややこしい患者さんの中には,服薬コンプライアンスが劣悪だったり,職員に攻撃的な態度を取ったりと,「手のかかる患者さん」が低くない確率でいらっしゃいます。マイノリティや被差別属性の方々の中には,他者との健全なコミュニケーションを取る方法を育む機会や身体をいたわる感性をまるごと奪われてきた方も少なからずいますから,ある種必然ともいえますし,マイノリティの患者さんの一部とはいえ複数いらっしゃる「難しい」患者さんの対応に疲れ果てたせいで,複雑な背景を持つ患者さんを前に,「またこのパターンか……」とバイアスが強化される面もあるでしょう。
昨年11月に『医療の外れで――看護師のわたしが考えたマイノリティと差別のこと』(晶文社)という書籍を出しました。看護師であり,複数の精神疾患を持ち,マイノリティ当事者でもある立場から,医療はマイノリティや被差別属性に対しどう向き合うか,患者背景への想像力について論じた本です。
「全ての患者に背景がある。背景をとらえ,個別性を持ったケアを」。そんなお題目を「啓発」された時,現場の医療従事者はどんな気持ちになるでしょうか。私だったら正直,腹立たしい気持ちを抱くと思います。想像力が大事なことなんてわかってる。でも実際問題,ナースコールと医療センサーは常に何個も鳴り続けているし,輸血とオペ出しと救急車の到着は意地悪なくらいにぴったり重なる。物理的に不可能な量の仕事を抱え,ただでさえピリピリしている日常で,こちらの言うことを一切守ってくれない方や暴力的な方に遭遇すると,複雑な背景があると頭ではどんなに理解していても,なんで今なの? いい加減にして? といら立ち,陰性感情が湧き出してしまうのは,看護師であり同時にマイノリティ当事者である私も例外ではありません。受け止められる限界を超えた時,治療に「乗れない」患者さんに対して,「それはもう自己責任では……」という声が漏れ出てくるのを感じます。
病者は,病による混乱故に,不安やいら立ちを目の前の他者にぶつけてしまうことがある。コンプライアンス不良の患者さんの成育歴を詳しくたどれば,「自己責任」と言い切れない背景がある。彼ら彼女らが時に我々に嘘をつくのは,医療が自身の身体に対して絶対的な権力性を持つからこそ。そんなの知ってる,わかってる,みんな頑張ってる。けれど,私たちの心って,忘れ去られていない?
医療従事者が患者さんへの陰性感情を持ったり,あるいは他者の心の内を考えることすらつらいと感じたりするのは,多くが患者本人の態度や人格だけでない複合的な要因により,「自分は誰からも尊重されていない」と感じる時ではないでしょうか。自らの陰性感情に気付く時こそ,自身の置かれている状況が本当に正しいのか,環境によって患者さんへの想像力を奪われていないか,我々自身の背景を改めて問い直すべきだと私は考えます。今日明日に何かが変わるわけではなくても,きっとその繰り返しが疲弊に飲み込まれない医療者の矜持だと信じて。
![3430_0301.jpg](https://www.igaku-shoin.co.jp/application/files/4516/2667/6432/3430_0301.jpg)
木村 映里(きむら・えり)氏 看護師
2015年日赤看護大卒。同年より看護師として勤務。17年『看護教育』誌にて看護における用語と現実の乖離について連載。近著に『医療の外れで――看護師のわたしが考えたマイノリティと差別のこと』(晶文社)。
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