医学界新聞

名画で鍛える診療のエッセンス

連載 森永 康平

2021.07.12 週刊医学界新聞(レジデント号):第3428号より

 今回の名画は仏教画であり,釈迦の入滅を描いた涅槃図ねはんずの構図をなぞらえた「型にとらわれない」ユニークな水墨画です。中央の大根が釈迦に,それを囲むさまざまな京野菜や果物が釈迦の入滅を嘆き悲しむ菩薩や羅漢,動物・鳥に,そして上部で高く伸びるとうもろこしが沙羅双樹に見立てられています。

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 見立てるという言葉は,医療現場では評価・診断などのアセスメント行為として用いられることが多いと思います。一方で古来,他の事象になぞらえて表現する芸術表現の一技法という意味もあります。

 茶人の千利休は,本来とは全く異なる用途である漁師の使用する魚籠を花入れとして見立て,茶会で振る舞いました。また生涯を懸けて美食を追求した北大路魯山人は,エッセー『夏日小味』の中に,焼いた揚げ豆腐の黄金色を「虎」に,大根おろしの白を「雪」に見立て「雪虎」として暑気払いに好んで食したと書いています。見立ての作為は,日常の中で目を向けられないものや,既に一定の価値や意味が与えられているものに対して現状で満足せずに,想像力を働かせて新しい価値を創りだすための探求と言えるかもしれません。

 見立ての力,ひいては想像力を鍛えるために,アートは格好の素材です。多くの場合,私たちを取り巻く物事には明確な意味や定義が既に付与されており(これは「常識」とも言い換えられます),新しい価値を見いだすには非常に勇気が要ります。しかしアートでは,型にとらわれず,描かれた事実や作者の意図から離れて自由に意味付けや解釈をすることができます。連載の第1回でお伝えしたように,アートには「正解の解釈がない」ためです。

 アート鑑賞を通じて既存の意味に縛られずに「見立てる」練習を積み重ねることは,想像力のベースとなる頭の柔軟性の向上につながります。想像力は,素材があれば完成するものではありません。むしろその素材を調理するもの,つまり一見縁もゆかりもないものも結び付けようとする「面白さを求める頭」が重要です。そして想像力を鍛えることは,臨床現場で大いに役立ちます。

 疾患を抱える患者さんは,行動や食事,接触する人間関係の制限を強いられることがほとんどです。長い間楽しんできたライフワークが禁止されていることも少なくありません。そのような事情に想像力を働かせず,合理的で効率の良い,しかし硬直的で型通りな医療やそれにまつわる話題を提供するばかりでは,患者さんを真に癒やすことはできないでしょう。その時こそ「見立てる」ことで磨かれた想像力を働かせましょう。例えば患者さんの話口調から出身地の話題や,丁寧にこしらえられたお手製のかばんから裁縫趣味の話題を提供することができるかもしれません。疾患や健康の話だけではない,外来や回診でのちょっとした「温かみのあるやり取り」を求めている人は少なくないはずです。

 現場で目と頭を駆使して鮮やかで彩りのある経験を積み重ねること。型にとらわれない想像力を働かせて,時にボケたりツッコんだりしながら患者さんの日々に愉しさを添えること。これらは疾患に悩む患者さんたちをサポートする私たち医療者に求められているように思います。


今回の名画:果蔬涅槃図かそねはんず(伊藤若冲じゃくちゅう

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