医学界新聞

インタビュー 高橋 弘枝

2021.06.28 週刊医学界新聞(看護号):第3426号より

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 資格を持ちながら現在は看護師として特定の組織に籍を置いていない「潜在看護師」の存在に注目が集まっており,その数は看護職員(准看護師を含む)全体の約30%,全国に70万人以上いるとされる1)

 コロナ禍で看護師の人員がひっ迫する中,潜在看護師の復職をいかに促すか。大阪府看護協会では潜在看護師を対象に,復職に向けたセミナーの開催や臨時の募集案内など幅広い取り組みを行っている。本紙では,同協会会長の高橋弘枝氏に,潜在看護師を取り巻く現状と個別の事情に応じた具体的な支援内容,そして潜在看護師を受け入れる側に期待される役割を聞いた。

――新型コロナウイルス感染症(以下,新型コロナ)の感染拡大で,地域によって看護師不足が問題になっています。初めに,コロナ禍において看護師を取り巻く状況をお聞かせください。

高橋 大阪府をはじめ,新型コロナ患者を受け入れる医療現場の多くは人員がひっ迫しています。また,全国1402自治体を対象にした2021年3月の調査2)によると,ワクチン接種の特設会場を設ける自治体の2割以上が看護師不足と回答しました。この解決策の一つとして潜在看護師に白羽の矢が立ったのです。

――潜在看護師の復職の必要性はコロナ禍以前から訴えられていました。背景には何があるのでしょう。

高橋 発端は,「団塊の世代」全員が75歳以上となるいわゆる「2025年問題」を前に,看護師不足に陥る危機感からです。想定される需要に対して看護職員は188~202万人必要になるとされています3)。就業者数は年間約3万人のペースで増加しているものの,2025年には6~27万人の不足が見込まれています3)。少子化の影響もあり新規養成者数を増加させるのは容易でないため,潜在看護師の復職支援の強化が求められているのです3)

――看護師の離職の原因と復職の壁はどこにあるのでしょうか。

高橋 大きく2つです。1つ目はライフイベントに伴う勤務条件のミスマッチです。厚労省が看護職員の就業状況などの把握を目的に2011年に行ったアンケート調査4)によると,看護職員の退職理由の上位には出産・育児および結婚とあります()。これは看護業務ならではの勤務体系も関係するでしょう。病棟で求められる業務は医療の提供だけではありません。入院中の患者さんの24時間にわたる生活援助が業務の大半を占めます。そのため2~3交代シフト制である大半の現場では,時間の制約が少なく夜勤に対応可能な職員がより必要とされます。しかし,職員の中には家庭の事情によって夜勤が難しかったり,勤務できる時間帯が午前中に限られたりする方がいます。柔軟な勤務体制が整っていない施設では働き続けられず,復職の断念にもつながります。

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 看護職員の主な退職理由(主な理由3つまで,n=11,999)(文献4より)

――2つ目の要素は何ですか。

高橋 復職後のサポート不足です。現場から一度離れた看護師の多くは,自身のスキルや医療知識に対し不安を抱いています。例えば新卒にはプリセプター制度のように新人看護師をサポートする教育・研修システムが整っています。しかし「経験者採用」される潜在看護師には,サポートのシステムが構築されていない施設が多いでしょう。

 慣れない環境下でサポートが受けられないと,看護スキルへの不安が解消されないだけでなく,職場内で孤立してしまいがちです。それが再離職につながってしまうのです。実際,全国の新卒看護師の離職率が約8%なのに対して,退職経験のある看護師の再就業後の離職率は約18%に上ると報告されています5)。復職支援に加え,復帰後の再離職を防ぐ取り組みが求められています。

――日本看護協会や都道府県ナースセンター(以下,ナースセンター)では復職の壁を低くするべく,潜在看護師への支援が続けられています。

高橋 ええ。すでに多くの施策が実行されています。1992年に公布・施行された「看護師等の人材確保の促進に関する法律」をもとに,2015年から離職時にナースセンターに届け出る制度「とどけるん」が,2018年からはナースセンターとハローワークの連携事業が開始されました。これにより,看護職としての切れ目のないキャリア支援が離職時の状況に合わせて行われています。

 また,日本看護協会では,看護職の求職者を対象にした無料職業紹介事業「eナースセンター」や,求人情報の読み方や職場の制度を解説する『はたさぽ――ナースのはたらくサポートブック』を通して潜在看護師の復職支援に取り組んでいます。

――大阪府労働局が実施した意識調査では,対象となった潜在看護師の約85%が復職を希望しているとの結果が得られています6)。大阪府看護協会ならではの取り組みはありますか。

高橋 当協会が運営する大阪府ナースセンターのウェブサイトでは,復職を検討中の潜在看護師を対象に特設ページ7)を設けています。そこでは最新の認知症看護や排泄ケアなどの知識・技術を学べる講義演習コースのほか,医療安全やコミュニケーション,バイタルサインなど看護の基礎知識が家で学べるeラーニングコースなどを用意しています。

――復職支援のためのさまざまな取り組みが行われている一方で,年間当たりの再就業者数より離職者数のほうが多いとの現状もあります。支援が結果につながりにくいのはなぜだとお考えですか?

高橋 すでにある取り組みを潜在看護師の皆さんに十分周知できていないからだと思います。看護協会の個人会員や,離職時に「とどけるん」への提出を行った方には,一人ひとりの希望に沿った取り組みをメール等で紹介できます。しかし「とどけるん」は努力義務のため,提出しない方もいます。そのような方への連絡手段がありませんでした。いくらウェブサイト等で情報を発信しても,対象となる方々が自ら訪れないと知り得ない状況でした。

――周知方法の課題を踏まえ,大阪府看護協会ではコロナ禍で潜在看護師のさらなる支援に向けた活動を展開しています()。その発端は何だったのでしょうか。

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 大阪府看護協会がコロナ禍で潜在看護師を対象に行っている取り組み一覧(2021年6月現在)

高橋 国内の感染拡大に対する危機感の高まりです。2020年2月にダイヤモンドプリンセス号内で発生したクラスターの様子が報道されていた頃,職能団体として私たちには何ができるのか考え続けていました。その後大阪府内でも陽性患者が徐々に増え,3月半ばごろに一部のホテルを新型コロナの軽症者宿泊施設にする話が府内で上がりました。この時,「今こそ私たちが立ち上がらなアカン」と強く思ったのです。

 そして4月から,私たちは看護師の募集・派遣,軽症者宿泊施設とPCRセンターでの健康管理業務を一手に引き受けました。ウェブサイトに掲載した募集案内では,潜在看護師にもぜひ参加してほしいと呼び掛けました。「潜在看護師が現場に戻るチャンスにしたい」との思いがあったからです。

――反響はいかがでしたか。

高橋 最初は予想を超える多くの応募がありました。しかしICU機能を有する臨時の医療施設「大阪コロナ重症センター」の勤務スタッフ募集を12月に開始した際は,人材がなかなか集まりませんでした。人工呼吸器装着時のケア経験のある方,すなわちICUで働ける高度な実践能力を有する人材であることが応募条件にあったためです。すると,この状況を知った吉村洋文大阪府知事が,テレビなどのマスメディアで募集について発信してくださりました。効果は絶大で,募集はすぐ定員に達しました。潜在看護師への求人募集の需要が明らかになったと同時に,発信方法の工夫が大切だと再確認しました。

――業務に復帰して間もない潜在看護師に対し,配慮した点はありますか?

高橋 2点あります。1点目はマニュアルの作成および指導の徹底です。業務の目的や業務手順・注意事項が詳細に記載されたマニュアルを作成し,随時内容を更新しています。ただ配布するだけでなく,オリエンテーション時にその内容を口頭で説明し,相手の理解度を確認しているのが特徴です。

 2点目は安心・安全の確保のため,現場スタッフとの密なコミュニケーションを図ること。宿泊療養ナースを例に挙げると,全施設を当協会職員が週2回程度ラウンドしているのに加え,毎日15時にビデオ通話でヒアリングや情報提供・共有を行っています(写真)。さらに緊急時には当協会の看護管理者が24時間いつでも対応できるバックアップ体制も整備しています。

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写真 大阪府看護協会の職員が,軽症者宿泊施設で働く看護師とビデオ通話を行っている様子
物資の不足状況や環境整備の確認など毎日30分ほどかけて全施設のヒアリングを行っている。協会からの伝達事項もこの機会に共有する。

――ブランクのある潜在看護師には不安が大きい業務もあります。工夫の成果は出ていますか?

高橋 大阪府ではこの1年間,延べ18万人ほどの新型コロナ患者を軽症者宿泊施設で看続け,施設内での死者は1人も出ていません。軽症者宿泊施設には医師が常駐していないため,看護師が患者さんの訴えとバイタルサインから必要なケアを判断し,医師とのオンライン相談や緊急搬送の要請を適宜行っています。看護師の不安を取り除くことは,患者さんへの良いケアにもつながります。今後も試行錯誤を続けていくつもりです。

――新型コロナ収束に向け,新たにワクチン接種の担い手として潜在看護師の協力が期待されます。どう準備を進めていますか。

高橋 府でも2021年4月から高齢者を対象にしたワクチン接種が始まりました。そこで当協会では,すでに3月から潜在看護師を対象にワクチン接種にかかる講習会を90回以上開催し,受講生は1800人を超えました。4月からは接種自治体への斡旋を行っています。また,5月から4つの自治体と府医師会の委託を受けて,看護師の派遣を開始しました。ワクチン接種は単発業務のため,復職への第一歩に最適だと考えています。期待を込めて,講習会は「新型コロナワクチン接種からはじめる看護のお仕事」と名付けました。

――コロナ禍を契機に潜在看護師の復職の場が広がっています。収束後,この流れを止めないために現在描いている構想はありますか。

高橋 看護師の活躍の場は社会に広くあると周知することです。病棟で働くのは難しくても,看護の仕事が求められるのは病院だけではありません。クリニックや訪問看護ステーション,福祉施設,学童保育所や小中学校など,人が暮らすところ全てで看護師は力を発揮できます。アフターコロナでは,こうした看護師が求められる現場の見学会や職務体験会も開催したいです。

 コロナ禍に看護資格を生かしたいと少しでも考えている皆さんには,ぜひ看護協会のウェブサイトを見てほしいです。そしてコロナ禍で貢献した経験をきっかけに本格的な復職を考えてもらいたいですね。

―― 一方で,復職を希望する看護師を受け入れる施設は,どのような対応が求められますか?

高橋 従来の考えにとらわれない柔軟な教育と勤務のシステムを作ることです。勇気を持って門戸をたたいてくれた方に対して,個人の事情に応じた支援の体制を整える。例えば家庭環境の都合等でフルタイムでの勤務が難しい方のため,最初はコストがかかるかもしれないけれど,2時間だけでも働ける環境を作る。2時間働いてみてもう少し頑張れそうだからと,3時間,4時間と徐々に時間を増やしてもらえればそれが理想的だと思います。

――共に働く現場のスタッフに求められることは何でしょう。

高橋 チーム内での積極的なコミュニケーションです。うまくいったことをメンバー内で一緒に喜んだり,看護管理者の中にスタッフの成功体験を積み上げられるような声掛けをしたりする方が1人でも現場にいれば,復職した看護師が「自分はチームの一員だ」との実感を持てるため,働き続けやすい環境になります。「ありがとう」「お疲れさま!」といった当たり前の言葉が,当たり前に飛び交う職場が増えることを願います。

――潜在看護師だけでなく,現在就業中の看護師にとっても働きやすい環境の構築につながりますね。

高橋 はい。もし自分が辞めてしまっても,また戻りたいと思える職場はどのような環境でしょうか。潜在看護師の復職を促し支えるために,今できることを皆が考えてほしいですね。コロナ禍を機に,1人でも多くの看護師が力を発揮できる社会をめざしたいと考えます。

 

(了)


1)厚労省.第1回 看護職員需給見通しに関する検討会(資料)――看護職員の現状と推移.2014.
2)厚労省.ワクチン接種に係る人材確保の現状について.2021.
3)厚労省.医療従事者の需給に関する検討会 看護職員需給分科会 中間とりまとめ.2019.
4)厚労省.看護職員就業状況等実態調査結果.2011.
5)日看協.「2019年 病院看護実態調査」結果.2020.
6)大阪府労働局.85%の方が,看護職への復職を希望!!.2020.
7)大阪府ナースセンター.復職・転職応援セミナー.

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大阪府看護協会会長

1980年大阪大学医療技術短期大学部看護学科(当時),81年大阪大学医学部附属助産婦学校(当時)卒。大阪厚生年金看護専門学校教務部長,大阪厚生年金病院[現 独立行政法人地域医療推進機構(JCHO)大阪病院]看護部長,JCHO本部企画経営部医療副部長(看護担当)などを経て2016年より現職。日本看護協会認定看護管理者。コロナ禍の感染拡大防止策に向けた取り組み等が評価され,20年に第5回大阪サクヤヒメ大賞を受賞。

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