臨床研究・疫学研究のための因果推論レクチャー
[第2回] そもそも因果推論とは何か?
連載 後藤 温,井上 浩輔,杉山 雄大
2021.05.10 週刊医学界新聞(通常号):第3419号より
Today's Key Points
✓ 因果推論はEBMの実践において,有用なアプローチである。
✓ コホート研究などのランダム化を伴わない研究で因果推論を行うときには「交絡」に注意する必要がある。
✓ 交絡がある場合も,条件付けなどの統計処理を行うことで,「仮想的な介入」による結果を比較でき,因果効果の推定が可能となる。
第1回は実現可能な研究デザインの考え方について解説しました。今回は因果推論の考え方を紹介します。
因果推論とはそもそも何なのでしょうか? 一般に臨床研究で行う因果推論とは,集団において曝露や治療・介入が健康に及ぼす効果(因果効果と呼ぶ)を推測するアプローチを指します。あまりピンとこないかもしれませんが,医学において因果推論と密接に関係する概念として,Evidence-Based Medicine(EBM:エビデンスに基づく医療)があります。EBMを実践している臨床家にとって,「エビデンス」は比較的身近な言葉のはずです。では,「エビデンスとは何か?」という問いに対して皆さんは,どのように回答されるでしょうか。
議論しやすいように,治療や介入に関するエビデンスに限定して話を進めていきます。『広辞苑 第7版』によると,エビデンスとは,「証拠。特に,治療法の効果などについての根拠」とあります。治療法の効果とは,当該治療法がアウトカムに及ぼす因果効果のことです。つまり,EBMの実践において私たちは,個々の論文を批判的に吟味して治療や介入について因果推論を行い,患者に適用できるかどうかを検討しているのです。
集団を比較する重要性と交絡の問題
ここで,糖尿病患者における保健指導が末期腎不全の発症リスクに及ぼす因果効果を例に考えてみましょう。例えば,2型糖尿病のある40歳男性Aさんが保健指導を受けず,腎症が進行して5年後に末期腎不全になったとします。タイムマシンがあれば,Aさんが40歳だった時に保健指導を受けてもらい,5年後に末期腎不全を発症するかを観察することで,Aさん個人に保健指導を行うことが末期腎不全の予防に有効であるかを評価できます。しかし,時間を巻き戻すのは現実的に不可能なので,Aさん個人を対象に保健指導の因果効果を推定することはもちろんできません。そこで通常は,集団レベルでの因果推論を行うことになります。
先の事例では,保健指導を受けた人たち(曝露群)と受けなかった人たち(対照群)を比べて,それぞれの群の末期腎不全の発症割合(リスク)を比較します。すると,集団レベルでの因果効果の推定に一歩近づくことができるのです。この研究デザインをコホート研究と呼びます(図1)。

少し脱線しますが,このように比較対照を置いて因果効果を推定することの重要性は古くから認識されていたようです。旧約聖書のダニエル書には,野菜食と水を10日間与えた群と,王が食べている肉とワインを10日間与えた群とを比較すると,野菜食と水を与えた群のほうが健康状態が良かったというエピソードが記されています。日本では,明治時代に海軍軍医であった高木兼寛が軍艦上での食事として,白米を中心にした群(白米群)と麦飯を中心とし野菜などを取り入れた群(麦飯群)とを比較し,麦飯群で脚気のリスクが低かったと報告したことが有名です。
しかし,コホート研究などのランダム化を伴わない比較研究では,第1回でも紹介したバイアス(特に交絡)が問題となります。例えば,保健指導あり群のほうが,保健指導なし群よりも若くて健康的だったとしましょう。その場合,保健指導あり群における末期腎不全リスクが低いのは,年齢や健康的な食生活によるもので,保健指導を受けたかどうかとは関係ないかもしれません。このように曝露の有無以外にも,曝露群と対照群との間の差異が交じってしまい,曝露と疾病が見掛け上相関してしまうことがあります。この現象を「交絡」と呼びます。
因果効果を正しく推定するために考えること
交絡の問題への対処法は,20世紀後半に統計的因果推論の枠組みで理論的に確立されました。学者・分野による考え方の違いもいくつか存在しますが,本連載では,米カリフォルニア大ロサンゼルス校教授のJudea Pea......
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