こころが動く医療コミュニケーション
[第4回] 動機づけ面接で患者の意欲を引き出す
連載 中島 俊
2021.02.15 週刊医学界新聞(通常号):第3408号より
近年,たとえ有効な治療法があったとしても,その治療を継続すべき患者さんのアドヒアランス低下がアウトカムに悪影響を及ぼすことが問題視されています1)。患者さん中心の医療がめざされる中で,患者さんの意思と一致する方向の治療意欲を引き出すことは医療者にとって大きな課題です。本稿では,患者さんの動機づけを高め,行動変容を促す医療者のコミュニケーション・スタイルである動機づけ面接(Motivational Interviewing:MI)についてCASEを通して紹介します。
CASE
50歳男性の会社員Aさん。4年前から,深酒をした翌日の欠勤が目立つようになり,家族の勧めで精神科を受診。医師から「アルコール依存症」と診断される。しかしAさんは欠勤の理由は“アルコールの問題ではなく,仕事が自分に合わないこと”であり,飲酒は“依存ではなく,ストレス発散と仕事の付き合いのために欠かせない”ためで,“仕事のストレスがなくなればいつでも飲酒は止められる”と発言している。
MIでどのように患者の行動変容を促すのか
MIとは,その人自身が変わるための動機づけおよびコミットメントを強めるコミュニケーション・スタイルです。MIでは,多くの人はAさんのように「変わろうとする理由」と「今のままでいる理由」を持ち合わせているものと考えます(図1)。これを両価性と呼びます。Aさんのように両価性で膠着状態にある患者さんに対して医療者が指示的なスタイルで変化(禁酒)を促すと,変化と反対方向への発言(例:自分はアルコール依存ではない)と医療者へのネガティブな認識(例:医療者はうるさいやつだ)が生じます。また,傾聴的なスタイルで会話の方向性を決めずにただ患者さんの発言を受け入れるだけでは,問題の解決にはつながりません。そのため,MIでは患者さんの両価性を認めた上で,指示をするのではなく患者さん自身から変化につながる発言を引き出し,特定の方向への行動変容を促していきます。
このようなかかわりを特徴とするMIは,一般的なかかわりと比べ,薬物療法のアドヒアランスの向上2),アルコールに関連する問題の改善3),肥満症者に対する減量の促進4),保護者が乳幼児に受けさせる予防接種率の向上5)などが報告されています。コロナ禍の現在では,MIがCOVID-19のワクチンの接種率の向上に活用できるのではないかとも考えられています6)。
4つのプロセスに応じた面接を心掛ける
MIでは面接のプロセスを4つに分類しています(図2)。AさんのCASEを参考に,プロセスごとの特徴を見ていきましょう。
1)かかわる
このプロセスの目的は,関係性の構築と患者さんが望む援助の理解です。医療者はアセスメントのための質問やアドバイスをしたくなる気持ちを抑え(第3回参照),患者さんが話す内容に追従し,その人なりの頑張りを認めることで共感の姿勢を示します。1)のプロセスでは,変化の方向性と反対の会話であっても耳を傾けることが重要です。CASEでは,Aさんが話す内容の「仕事がストレスであること,飲酒が仕事の付き合いで欠かせないものである」という内容を否定せずに,Aさんが家族のために仕事に打ち込みプライベートな時間も削って頑張っていることなどを認めていきます。
2)焦点化する
このプロセスの目的は,面接に方向性を与えるために1つ以上のゴールやめざすべき結果の具体化です。1)との違いは,医療者がただ患者さんの会話に追従するのではなく,ゴールや方向性を探り倫理的に妥当な方向へ導くことにあります。CASEでは,1)でAさんが大切にしていると話す価値観に触れ「(Aさんが大切にされている)仕事やご家族のために,どんなことをこの場で話し合えるとよいでしょうか?」などの会話によって,めざすべき方向を探っていきます。
3)引き出す
このプロセスの目的は,変化に向けての両価性の解消を援助し,患者さんの行動変容につながるポジティブな発言を引き出すことです。面接中に引き出された行動変容に関する発言は,その後の実際の行動変容を予測することが明らかになっています7)。CASEでは,医療者は「ご自身では来院を必要と感じない一方,何が本日の受診の背中を押したのでしょうか?」などの質問を通して,飲酒によって得られる結果と相反するAさんの価値観(大切にしている家族など)や変化に関する前向きな発言を引き出し,変化への抵抗を解体していきます。
4)計画する
このプロセスの目的は,患者さんが行動を確立しやすくするように,具体的で実行可能性が高い計画を立てることです。また,立てた計画を患者さんに人前で表明してもらうことや,知り合いからどういった支援が得られるか患者さんのアイデアを引き出すこと,患者さんに日記やスマホ,ウェアラブルデバイスなどで変化につながる指標をモニタリングしてもらうことも,動機づけを強化します。CASEでは,Aさんが大切にする仕事や家族のために何ができるかといった話題を取り上げ,具体的な方法を定めてそれらの実現のためにAさんが頑張っていることを日記に記録してもらうことなどが挙げられます。
MIには限界があることを理解しておく
MIは行動変容を促すためのアプローチとして有益ですが,面接の対象となる患者さんに両価性が見られない場合にはおすすめできません。これまでの研究で,動機づけが高い患者さんに対してMIを用いるとかえって行動変容の妨げとなることが報告されています8)。そのため,変わろうとする動機づけが高い患者さんにはMIではなく,より問題解決的なかかわりや具体的な計画を練るほうがよいでしょう。
またMIは患者さんの動機づけを引き出し,コミットメントを強化するかかわりです。医療者がMIを用いても,最終的な意思決定は患者さんの選択に委ねられます。医療者が患者さんの行動変容を促そうとする姿勢は,医療福祉的観点から大切です(第1回参照)。しかし全く変わる意思がない患者さんに対して,無理に行動変容を促すことは患者さんの選択権を侵害することになります。
全ての患者さんにMIを適用するのではなく,MIの限界を知った上で目の前の患者さんに本当に必要なかかわりを医療者が見極めることが,よりよい医療につながると考えられます。
参考文献
1)Cochrane Database Syst Rev.2014[PMID:25412402]
2)BMJ Open.2013[PMID:23935093]
3)Addict Behav.2007[PMID:17590277]
4)Obes Rev.2011[PMID:21692966]
5)BMC Public Health.2018[PMID:29954370]
6)Can J Public Health.2020[PMID:33151510]
7)J Consult Clin Psychol.2015[PMID:25365779]
8)Addiction.2004[PMID:15200582]
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