コンサルテーション・リエゾン・サイコオンコロジーから考える
総合病院精神科で働く魅力
対談・座談会 明智 龍男,井上 真一郎,内富 庸介,西村 勝治
2020.09.21
【座談会】
コンサルテーション・リエゾン・サイコオンコロジーから考える
総合病院精神科で働く魅力
明智 龍男氏(名古屋市立大学大大学院医学研究科精神・認知・行動医学分野 教授)=司会
井上 真一郎氏(岡山大学病院精神科神経科 助教)
内富 庸介氏(国立がん研究センター中央病院支持療法開発センター 部門長/同センター社会と健康研究センター副センター長)
西村 勝治氏(東京女子医科大学医学部精神医学 教授・講座主任)
幼児から高齢者まで幅広い患者が入院する総合病院において,コンサルテーション・リエゾン活動を通じて他科とチーム医療を行い患者の対応に当たる精神科医に期待される役割は大きい。総合病院精神医学を特徴付けるコンサルテーション・リエゾン精神医学の活躍の場は院内に留まらず,総合病院精神科医には地域全体の精神医療のマネジメントを行うことも期待されている。一方でわが国では総合病院の精神科常勤医が少ない状況があり,喫緊の課題だ。
また,コンサルテーション・リエゾン精神医学のコアとなる領域にサイコオンコロジーがある。現在,わが国では生涯で2人に1人ががんを経験し,3人に1人が死亡している。その中で「心や行動ががんの罹患や生存に与える影響」と「がんが心に与える影響」を取り扱うサイコオンコロジーに再び注目が集まっている。
本紙では今回,明智氏を司会に,井上氏,内富氏,西村氏の4氏の座談会を開催。総合病院精神科における若手医師の育成も含めた課題を踏まえつつその現在地点を見つめ,これからの展望について議論を行った。
明智 厚労省の2018年統計によると,わが国の精神科医はおよそ1万6000人です1)。そのうち,総合病院で働く精神科医は2000人に満たない状況2)です。精神疾患に留まらず,身体疾患を理解した上で他科と連携して精神科身体合併症のマネジメントを行うことができる総合病院精神科医には極めて大きなニーズや魅力があります。
本日は,身体医療の中で起こるさまざまな精神医学問題に対して精神科医が他科と協働して取り組むコンサルテーション・リエゾン精神医学や,がんについて心理学・精神医学・社会的側面から患者のケアに当たるサイコオンコロジーを通じて,総合病院精神科の「今」と将来展望について議論していきます。
コンサルテーション・リエゾン精神医学が果たす役割とは
明智 初めに,コンサルテーション・リエゾン精神医学の観点から,総合病院精神科の役割や重要性についてお話を伺います。西村先生からお願いします。
西村 総合病院精神科の最も大きな特徴は,常に身体医療とのフロントラインに立って精神面から医療を行う立ち位置です。総合病院精神科医は他科の医師や医療スタッフと協働してチーム医療を行い,身体・精神の両面から包括的・全人的医療を下支えする役割を担っている。この点が稀有な領域だと考えています。また,せん妄対策を行うことで院内の医療安全にかかわるなど,病院全体の機能の向上に寄与できる側面もあります。
明智 精神科の内部だけに留まらない広い視野を持って医学水準の底上げをめざすことは,総合病院精神科医に特有かつ重要な役割だと思います。内富先生からはいかがでしょうか。
内富 コンサルテーション・リエゾン精神医学は「コンサルテーション」と「リエゾン」とで分けてとらえることができると考えています。前者は他科からコンサルテーションされる1人の患者をケースマネジメントするミクロの視点。後者は他科との連携,つまりリエゾンを通じて病院全体や,二次医療圏への展開も視野に入れ地域全体の機能向上を見据えて活動する公衆衛生的なマクロの視点です。総合病院精神科医はこの両方の視点を同時に涵養できます。コンサルテーションとリエゾンのグラデーションの割合を変えることにより,総合病院精神科医が取り組める領域は無限に広がっていきます。
明智 ありがとうございます。西村先生には他科との連携で医療を包括的に眺めて病院全体の機能向上に資するという観点から,内富先生にはコンサルテーションとリエゾンの機能を組み合わせることで活動領域を広げる観点からお話しいただきました。
続いて井上先生,大学病院で精神科医として働いている立場を踏まえた視点をお話しください。
井上 私は,特に教育面でコンサルテーション・リエゾン精神医学の重要性を感じています。今後,さらに重要になる教育は2点あると考えています。1点目は初期研修医に対する教育です。現在,初期研修医を対象に毎月せん妄の講義を行っていて,リエゾン診療の場にも帯同しています。このような教育的アプローチを行うことで,コンサルテーション・リエゾン精神医学のすそ野を広げることができるのではないかと思います。
2点目は医療スタッフに対する教育です。身体疾患に起因するせん妄やうつ病などの精神疾患については,全ての医療スタッフがある程度知識を身につける必要があると考えています。総合病院精神科医はそのための重要な教育的役割を担っていると言えます。
西村 総合病院精神科医がコンサルテーション・リエゾン活動を行うことで得られる教育効果は,精神科医自身にも及びますね。例えば,せん妄をはじめとする器質性精神疾患について理解を深めることができ,後期研修医にとって大きな経験になります。
明智 教育は根幹です。プライマリースタッフへのコンサルテーション・リエゾン精神医学の教育が,長期的に見れば西村先生が話された病院全体の機能の向上や,内富先生が話された二次医療圏の公衆衛生につながります。そこが総合病院精神科の大きな役割であり,魅力と言えるでしょう。
総合病院精神科医に求められるさまざまな疾患への対応力
明智 総合病院精神科医のもう1つの重大な役割として,慢性疼痛をはじめとする標準的な治療がない身体症状症や,精神科身体合併症の受け皿を担っていることが挙げられます。
井上 私が勤務する岡山大学病院には運動器疼痛センターがあり,整形外科医や麻酔科医,理学療法士,そして精神科医などが慢性疼痛に対して横断的・集学的なアプローチをしています。
明智 素晴らしい取り組みですね。慢性疼痛への対応は1つの職種で完結するのではなく,チーム医療で取り組むことが望ましいと私も考えます。原因がわからない慢性疼痛では精神科医や臨床心理士による認知行動療法も有効であり,今後広がっていく領域だと思います。
内富 精神科身体合併症には,器質性の疾患として診る側面と患者の心理・社会的な文脈でとらえる疾患として診る側面とがあり,総合病院精神科ではその両方を扱うことができます。2つの側面から患者のこれからの生活を考えながら多職種でチームを組んでケースマネジメントしつつ,地域で公衆衛生的なアプローチを行うことができる。これは総合病院精神科医だからこそ取り組める手法です。
明智 皆さんありがとうございます。身体症状があるにもかかわらずそれに見合う異常所見を見出すことができない機能性身体疾患には,慢性疼痛以外にも機能性ディスペプシアや過敏性腸症候群,耳鳴り,めまいなど多くの症状がカテゴライズされています。このような患者を診るのが総合病院精神科医のもう1つの役割だと思います。
さらに,総合病院精神科では周産期メンタルヘルスなどの精神疾患合併症妊娠を診ることがあります。これについては2020年6月に日本精神神経学会と日本産科婦人科学会が「精神疾患を合併した,或いは合併の可能性のある妊産婦の診療ガイド:総論編」3)を共同で発表しており,精神科を有さない総合病院や産婦人科クリニックに対して地域の精神科診療機関との連携を推奨しています。このように精神科医が地域においてチーム医療を提供するケースも増えており,さまざまな疾患への対応力を今後さらに高めることが求められると思います。
総合病院精神科医が持つ高度な専門性
明智 総合病院精神科医が患者への対応力を高めるには,その専門性を裏付ける専門医制度も重要ではないでしょうか。精神科における専門医制度について,西村先生から簡単にご説明をお願いします。
西村 日本総合病院精神医学会は2001年に精神科サブスペシャルティの1つとして,一般病院連携精神医学専門医(通称:精神科リエゾン専門医)の制度を発足させました。その後,新専門医制度が議論される中で,1階部分の基本領域と2階部分のサブスペシャルティ領域が区別され,現在サブスペシャルティ領域の制度構築についての議論がなされています。精神科では日本精神神経学会が基本領域を担当する学会に位置付けられており,日本総合病院精神医学会はサブスペシャルティ領域を運用する学会として認定されることをめざしています。
明智 総合病院精神医学の専門性を考える際に重要なことは,基本領域である精神科専門医のカリキュラムにコンサルテーション・リエゾン精神医学の研修が含まれる点です。しかし,この内容だけでは十分とは言えないと考えています。せん妄を例に挙げると,パーキンソン病のせん妄への薬物投与は慎重に行う必要があるなど,高い専門性が求められるからです。専門医にはガイドラインに書いてあることをなぞるだけではなく,書かれていないことも応用して対応することが求められるのではないでしょうか。
西村 そうですね。先に内富先生がおっしゃったようにコンサルテーション・リエゾン精神医学を分けて考えると,近年はリエゾンモデルが拡充してきています。従来は他科から依頼を受けて患者のもとに出向くコンサルテーション的な要素が強かったのに対し,最近ではがんの緩和ケアに代表されるように,精神科医が初めから身体疾患のチーム医療の一員としてコミットするリエゾン的な要素が強くなっています。また高度医療に伴いさまざまに浮かび上がる臨床倫理の問題についても精神科医へのコンサルテーションが求められるようになっています。例えば認知症患者の意思決定,血液透析の見送り,生体臓器移植ドナーの自発性をめぐる問題などが挙げられます。
明智 2012年の診療報酬改定で精神科リエゾンチー......
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