医学界新聞


論文の山を登ることで眺望が広がる

寄稿 福田 恵一,大久保 祐輔,下畑 享良,岡田 正人,長谷川 耕平,松本 正俊

2020.04.20



【寄稿特集】

My Favorite Papers
論文の山を登ることで眺望が広がる

 膨大な論文を読み進めて一つの山を登り切ったかと思えば,また次の山が見えてくるー。世界中から時々刻々と発表される論文を追いかけることは,果てしない道のりのように感じられるかもしれません。しかし,英知が結集されたいくつもの論文の中から,知的興奮を覚える運命的な一編との出合いを果たしたとき,それはきっと,まだ見ぬ世界へ一歩踏み出す原動力になるはずです。

 今回は,これまでの医師・研究者としてのキャリアの中で出合った「印象深い論文」を紹介していただきました。読者の皆さんもぜひあなただけの「眺め」をめざしてみてください。

福田 恵一
岡田 正人
大久保 祐輔
長谷川 耕平
下畑 享良
松本 正俊


福田 恵一(慶應義塾大学医学部循環器内科 教授)


①Prockop DJ. Marrow stromal cells as stem cells for nonhematopoietic tissues. Science. 1997;276(5309):71-4.[PMID:9082988]

②Takahashi K, et al. Induction of pluripotent stem cells from mouse embryonic and adult fibroblast cultures by defined factors.Cell. 2006;126(4):663-76.[PMID:16904174]

③Cao Y, et al. Transplantation of chondrocytes utilizing a polymer-cell construct to produce tissue-engineered cartilage in the shape of a human ear. Plast Reconstr Surg. 1997;100(2):297-302.[PMID:9252594]

 私は難治性重症心不全の新たな治療法開発を目的として,再生医療の具現化に永らく取り組んできた。HLA haplotype homoの同種iPS細胞を用いた心室筋特異的心筋細胞の開発は順調に進み,近い将来に再生心筋細胞移植の臨床研究・治験が開始されようとしており,心不全治療は大きく変貌することが期待されている。ここに紹介する論文は私にそのきっかけを作ってくれたものである。

 ①の論文は,再生医療という言葉がまだ生まれていない段階でまとめられた骨髄の幹細胞に関する総説である。骨髄には造血幹細胞をヒエラルキーの頂点とした造血系の細胞が大量に存在するが,これ以外にも骨髄間質細胞と呼ばれる非造血系の幹細胞が存在する。この骨髄間質細胞の一部は骨芽細胞,軟骨芽細胞,脂肪細胞,骨格筋細胞などに分化する能力を有している。当時は骨髄間葉系幹細胞という言葉はまだ使われておらず,骨髄間質細胞と呼ばれていた。この幹細胞は中胚葉系のさまざまな細胞に分化する可能性があり,これらを用いることにより,新たな医療が展開できるとしている。本論文が発表された当時,われわれはちょうど同細胞を用いて心筋細胞を作製しようとしていた時期であり,同じことを考えている研究者が世界にいることを知って大いに勇気付けられた。

 ②の論文は山中伸弥教授が皮膚の細胞に山中4因子と呼ばれる因子を遺伝子導入することで,ES細胞類似の多能性幹細胞を作出できると世界に初めて報告した論文である。ES細胞を再生医療に応用した際には免疫拒絶反応が生じるため,何か良い方法はないかと模索していた時期にこの論文を読み,感動したことを良く覚えている。

 ES細胞に発現する特異的転写因子は無数にあるが,そのうちのどの因子が重要であるかを特定した方法は非常に秀逸であり,感銘を受けた。また,この細胞の応用範囲の広さと将来の医療を大きく変貌させる可能性を想像し,興奮したものである。この論文を契機にわれわれはヒトES細胞からヒトiPS細胞を用いた再生医療の具現化に舵を切った。そして現在の臨床応用につながる道を切り拓くことができた点で私が最も感謝している論文である。

 ③はtissue engineering(組織工学)の創始者の一人,Vacantiらの論文である。現代の科学では細胞を作製できるが,細胞だけでは再生したい組織の形状を保つことはできない。この論文でVacantiらは生体内融解性高分子化合物に細胞を播種して移植することにより,形態を保つ組織再生を世界で初めて提唱した。この論文ではポリグルコール酸のメッシュにポリ乳酸を浸して3歳の子どもの耳介の形状をした鋳型を作製し,これにウシ軟骨より採取した軟骨芽細胞を播種することにより,耳介軟骨様の3次元形状物を作製した。この後,彼らはこれをヌードマウスの背中の皮下に移植してマウスの背中においてヒトの耳介軟骨の再生のモデルを提唱し,一躍世界を驚かせることになった。

 今までの医学研究は癌の病巣切除に代表されるように,生体内の不要な組織をどう上手に切除するか,いかに大きな外科的侵襲を加えても生命を生存させることができるかなどを競ってきた。しかし,これらの3本の論文は従来の常識を覆す形で再生医療の概念を唱え,新たな医療の形を提起したという点で大きな意味を持つものである。すなわち,目的の細胞をいかに作り出すか,免疫拒絶をどうくぐり抜けるか,目的細胞の作製だけでなく形状を持った組織をいかに再生するかなどを解決することで,切除する医療から臓器・組織を再生する医療へと道筋を付けたことになる。


大久保 祐輔(カリフォルニア大学ロサンゼルス校 公衆衛生大学院・疫学部)


①Concato J, et al. Randomized, controlled trials, observational studies, and the hierarchy of research designs. N Engl J Med. 2000;342(25):1887-92.[PMID:10861325]

②Daniel RM, et al. Methods for dealing with time-dependent confounding. Stat Med. 2013;32(9):1584-618.[PMID:23208861]

③Greenland S. An introduction to instrumental variables for epidemiologists. Int J Epidemiol. 2000;29(4):722-9.[PMID:10922351]

 エビデンスピラミッドは,システマティックレビューとメタ解析を頂点として,ランダム化比較試験(RCT),コホート研究,症例対照研究……,とエビデンスの格付けをしています。質の高いRCTが多数行われ,その結果が統合されたメタ解析結果は,一般的に「強いエビデンスがある」と考えてよいでしょう。このピラミッドは,エビデンスレベルを伝えるツールとして役立ってきました。しかし,近年は,この極端な単純化が弊害となり,RCTが過剰評価され,観察研究が過小評価される現象が生じています。

 質の高い複数のRCTから導き出された結果は重く扱われるべきですが,中には質の低いRCTも多数あります。例えば,サンプル数が不十分,ランダム化の失敗(randomization failure),追跡不能による選択バイアス(selection bias),不十分な盲検化による情報バイアス(information bias)などが挙げられます。このため,「RCTだから信頼できる結果」とは言えないこともあります。その一方で,観察研究は交絡(confounding)による影響を受けやすい性質があり,「質が低い」「因果の立証とはならない」と軽視される傾向があるようです。確かに,観察研究は「ランダム化」が行われておらず,交絡によるバイアスが混入してしまい,統計学的な手法を用いても対処しきれないことがあります。しかし,よくデザインされた観察研究は,RCTの結果と一致する例も多数あります。

 2000年にConcatoらが発表した①の論文では,実際にRCTと観察研究がどのくらい一致あるいは乖離しているかを検討しています。例えば,BCGワクチンの結核に対する予防効果に関して,13のRCT(参加者36万人)で行われた予防効果の推定値(RR, 0.49[0.34-0.70])と,10の症例対照研究[参加者6511人]の推定値(OR,0.50[0.39-0.65])が,非常に似通っていました。もちろん,観察研究の結果が質の高いRCTを上回るとまで言うつもりはありません。しかし,正しくデザインされ可能な限りバイアスに対処した観察研究の結果は,理想的なRCTの結果に近づけることが可能な場合もあります。その後もさまざまな分野で,「RCT vs.観察研究」の論争は定期的に生じており(JAMA. 2014[PMID:25005647],Soc Sci Med. 2018[PMID:29331519],Am J Epidemiol. 2019[PMID:30299451]),観察研究が中心の疫学において,①は非常に重要な論文であったと思います。

 多くのRCTや観察研究では,ある1つの時点での治療がアウトカムに与える影響をみています。近年,傾向スコア(propensity score:PS)を使用した観察研究の論文が急増しており,多くの臨床系のジャーナルでも見掛ける機会が増えています。一方で実臨床では治療や交絡因子が時間とともに刻々と変化することがあります。このような場合はg-methodという疫学手法が使用されています。G-methodには,逆確率重み付け法(Inverse probability of treatment weighting),g-computation algorithm,g-推定法(g-estimation)の3つがあります。②の論文はsimulation用の解析コード(Stata®)付きで,それぞれの手法を解説した貴重な文献です。

 ③は経済学などでもともと使用されていた操作変数法(Instrumental variable method)の手法が,疫学で使用される契機になった文献です。観察研究では「未計測の交絡因子があるから質が疑わしい」という議論がなされがちです。しかし,未計測の交絡因子があろうとも理想的な操作変数をみつけることで治療効果をバイアスなく推定できます。最も有名な操作変数はメンデルランダム化(Mendelian randomization:MR)でしょう(Int J Epidemiol. 2003[PMID:12689998])。これは無作為に子孫に配分される「メンデルの独立の法則」の性質から,遺伝子多型を用いてランダム化をしようとしています。MRの例として,スタチンと2型糖尿病(Lancet. 2015[PMID:25262344]),HDLコレステロールと冠動脈疾患(Eur Heart J. 2015[PMID:24474739])などが挙げられます。

 ここまで説明してきた手法のどれが最も優れているのか気になる方もいるでしょう。しかし,どの統計・疫学手法でも利点と欠点があり,唯一無二の正解があるわけではありません。また,疫学研究では単一の手法にこだわる必要はなく,複数の異なる手法を用いて,同じ結論に達するかを確認することもできます。例えば,2019年にJAMAに掲載された抗菌薬と喘息をテーマにした論文(JAMA Intern Med. 2019[PMID:30688986])では,PS,Inverse probability of treatment weighting(IPTW),操作変数法といった多彩な手法を用いて統計解析が行われています。


下畑 享良(岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野 教授)


①Dominy SS, et al. Porphyromonas gingivalis in Alzheimer’s disease brains:Evidence for disease causation and treatment with small-molecule inhibitors. Sci Adv. 2019;5(1):eaau3333.[PMID:30746447]

②Rekdal VM, et al. Discovery and inhibition of an interspecies gut bacterial pathway for Levodopa metabolism. Science. 2019;364(6445):eaau6323.[PMID:31196984]

③Shahnawaz M, et al. Discriminating α-synuclein strains in Parkinson’s disease and multiple system atrophy. Nature. 2020;578(7794):273-7.[PMID: 32025029]

 本企画の趣旨は,論文を読むことで得られる知的興奮を伝えることだそうだ。「論文による知的興奮」と聞いて最初に思い浮かべたのは故・井形昭弘先生(鹿児島大神経内科・老年病学講座初代教授)による「難病という病気はありません。どんな疾患でも原因はあります。ただその原因を私たちが気付かなかったり,わかろうとしていないだけです」という言葉だ。私はそれを知りたくて論文を読んでいるのだと思う。だから難病の原因に迫り,治療の実現に前進をもたらす論文に出合ったときには胸が高鳴る。ここではこの1年においてそんな「知的興奮」を覚えた3つの論文を紹介したい。

 ①は「歯周病菌はアルツハイマー病(AD)の一因であり,治療標的である」という論文である。具体的に問題となるのはP. gingivalisという歯周病菌だ。この菌は歯肉から血中に入り,加齢や脳血管障害で脆弱化した血液脳関門を通過し,脳内でタンパク分解酵素gingipainを産生・分泌する。そしてADの病因タンパクであるタウタンパクを切断することで,その不溶化や異常リン酸化が生じ,ADに特徴的な病理変化を引き起こすことを示した。さらにgingipainを阻害する薬剤を用いたADに対する臨床試験がすでに開始されているという。この論文のインパクトは,胃がんとピロリ菌の関連が明らかにされたときと似ている。

 ②は「パーキンソン病治療薬レボドパの効果や副作用の発現に個人差がみられるのは,個人の腸内細菌叢の多様性で説明できる」という論文である。著者らは,レボドパは腸内細菌により代謝されるとの仮説を立て,実際にその代謝経路を明らかにした。具体的には,レボドパの産生にはEnterococcus faecalisが,分解にはEggerthella lentaが関与し,それらの個人差がレボドパの代謝の差に反映されるという結果を示した。今後,腸内細菌叢のレボドパ代謝の状況を把握する検査が開発されて治療の参考にされたり,腸内細菌叢自体をターゲットとした治療薬が開発されたりするものと思われる。

 ③は「パーキンソン病と多系統萎縮症は,共にα-シヌクレインが脳内に蓄積して発症するにもかかわらず臨床・病理像が異なるのは,それぞれのα-シヌクレインの立体構造が違うためである」という論文である。なぜ単一の病因タンパクでありながら全く異なる臨床・病理像を来すのかは,長年の疑問であった。著者らは,ノーベル化学賞を受賞したクライオ電子顕微鏡法を用いて,両疾患の髄液中のα-シヌクレインを比較した。その結果,合成された線維のねじれの間隔が異なるなどの相違を見いだし,2つの疾患を高い確率で鑑別できること,さらに構造の違いが病原性の違いをもたらすことを示した。この結果は,1つの構造が,それに対応する1つの疾患を引き起こすというOne polymorph,One disease仮説につながるものであり,根本治療に向けた新たなステージへの突入を予感させる。

 予想外の知見の発見の裏にはserendipityがあったとよく言われる。これは思わぬものを偶然に見つける才能のことである。語源はSerendip(セイロン島)の3人の王子が,旅の途中で「自らの英知」により他の人が気付かなかったことに目を向けて,偶然,幸運を発見したことと言われる。優れた研究は偶然によりもたらされることがあるが,その場合も「自らの英知」を持つことが不可欠であろう。そのためには,①答えを出すべき重要な問題を見いだす能力,②その問題を長期間,四六時中考えることのできる能力,③その問題に明確な答えを出せる能力が必要だ。優れた多くの論文を読んで考え,同じ目標を持つ仲間と共に情熱を持って研究に取り組む。その結果,患者さんや世の中のためになるものとして形に残すことができたら,医師,研究者としてそれ以上の喜びはないと思う。


岡田 正人(聖路加国際病院Immuno-Rheumatology Centerセンター長)


①Drumm B, et al. Association of Campylobacter pylori on the gastric mucosa with antral gastritis in children. N Engl J Med. 1987;316(25):1557-61. [PMID:3587289]

②Chastre J, et al. Comparison of 8 vs 15 days of antibiotic therapy for ventilator-associated pneumonia in adults:A randomized trial. JAMA. 2003;290(19):2588-98. [PMID:14625336]

③Nakamura FF, et al. Complete heart block in infants and children. N Engl J Med. 1964;270(24):1261-8. [PMID:14133663]

 医学部4年生の冬に,5年生からのポリクリに備えて臨床の勉強をしようと思い立ち,病理の本にたまたま宣伝の出ていたNew England Journal of Medicine(NEJM)という雑誌を定期購読することにした。まだインターネットもなく田舎の情報弱者だった私は学生割引につられてこの見知らぬ雑誌を選んだが,最初に4冊一度に送られてきて週刊雑誌だということを知って驚いた。まずは4冊をほぼ徹夜で読み切り,その後からは常に雑誌をズボンの後ろポケットにいれてスーパーのレジ待ち,部活後の飲み会のビール待ち,病院でのエレベーター待ちと常に読み続けた。論文と読んでいた場面が連結したので何年何月のNEJMの論文によると……,とポリクリで答える厄介な医学生になった。初めての海外旅行のために元カノ(いま妻)と一緒にパスポートを取りに行った待合でももちろん読んでいた。

 まだ結婚前で旧姓のキャンピロバクターと呼ばれていたピロリ菌は,上部消化管の炎症の結果か原因が議論されていたが,①の論文では消化管炎症の原因の少ない小児において明らかな2次性,健康小児,明らかな要因のない患児を解析して,ピロリ菌が原因であることを見事に示した。当時の酸と粘液バランスで潰瘍の病態を習っていた私には衝撃の論文で,高校の生物ぐらいしか知識のない元カノに,これすごいよと言って熱く説明したのを覚えている。

 米国での研修の後に,仏国に移りパリで8年ほど臨床医をした。仏国は60進法の国なので70はSoixante-dix,つまり60-10だ。電話番号は01-46-70-25-15のように二桁で区切るので電話でメモを取っていると01-46-60-10-25-15,あれ2桁多いみたいになる。さらに1週間を8 joursというので,8日以内(dans 8 jours)に提出と言われて8日目に行くと期限切れで受け付けてもらえない。ちなみに2週間は15日だ。

 ②の論文は人工呼吸器関連肺炎での抗菌薬を8日と15日で比較して8日で問題ないという素晴らしい論文だが,実はフランス語の1週間と2週間を直訳している。1日目に気管支鏡をして培養を取ってから抗菌薬を始めて,8日目にやめる群と15日目にやめる群,つまり投与自体は7日間と14日間だ。ということで,パリで8日(1週間)パスの乗車券を買って8日目に乗らないように気をつけないといけない。

 時間は戻るが,マンハッタンでの内科研修を終えて1994年に米イェール大に移り,とうとう念願の全身性エリテマトーデス(SLE)の後期研修を開始した。イェール大の医学図書館と全学のCushing図書館は笑えるほど何でもあった。今ではPDFで簡単に手に入るNEJMもその頃は地下の棚に初版から所蔵されていた。そういえばと思いついたのは,自分の誕生日のNEJM。7分の1の確率ながら,私の誕生日もNEJMの発行日も木曜日で当たっていた。

 さて,誕生日号の最初の論文である③の論文だが,乳児の完全房室ブロックと書かれていた。抗Ro/SS-A抗体との関連が指摘されるまでは20年以上掛かるが,bestlupusdoctoreverをめざして米国で膠原病研修を始めた20代の医師には,とても運命を感じさせる瞬間だった。

 本当は,とてもお世話になったJaneway先生の主要組織適合遺伝子複合体(MHC)のNatureの論文などを選びたかったのだが,イェール大で基礎研究もしていた時代に十分に理解できたか確信の持てないような難しい論文は格好つけずに除いた。週遅れで送られてくるNEJMを楽しみにする学生時代から,毎週木曜日の朝に届くNEJMを持って病院に行った米国の研修医時代,Lancetを先に読むようになったパリ時代,そして毎週木曜日にNEJM Podcastを聞きながら地下鉄に乗る現在と,時代は変わっていくが,これからどんな論文に出合えるのか,あと10年の医師生活が楽しみで仕方ない。でも,10年後にスパッと医師を辞めたあとのほうがずっと楽しみでもある。


長谷川 耕平(ハーバード大学医学部准教授/マサチューセッツ総合病院救急部)


①Rubin DB. Estimating causal effects of treatments in randomized and nonrandomized studies. J Educ Psychol. 1974;66(5):688-701.

②Pearl J. Causal diagrams for empirical research. Biometrika. 1995;82(4):669-88.

③Shimizu S, et al. A linear non-Gaussian acyclic model for causal discovery. JMLR. 2006;7:2003-30.

 私は大規模コホート研究における臨床・オミクス(例:ジェノミクス,トランスクリプトミクス,メタボロミクスなど)データを統合しながら,小児の細気管支炎および喘息発症のメカニズムを研究しています。少なくとも米国の医学研究者の間では,これら医療「ビッグデータ」にAI・機械学習を適応すれば,多くの問題が解決されるという期待感があります。

 しかしながら,メカニズムの研究(およびその知見の臨床応用)には特有のリサーチクエスチョンがあります。それらは記述もしくは予測に関するものではなく,因果関係の推論に関するものです。そのため,医療ビッグデータ,機械学習,そして因果推論を統合することの重要性は自明に思われます。ここでは,統計的因果推論における論文を紹介します。

 ①は米ハーバード大統計学科のDonald Rubinによる因果推論の古典的な論文です。データから因果関係を推論するには体系的なアプローチが必要となります。そのアプローチの代表的なものとして,本論文で提唱されたいわゆる「Rubin因果モデル」があります。このモデルは,1923年にJerzy Neymanがその修士論文で初めて提唱した概念で,疫学のcounterfactual outcomesとほぼ同義である潜在アウトカム(potential outcomes)というフレームワークに基づいています。Rubinは因果推論とは潜在アウトカムの欠損値問題であると捉え,ランダム化比較試験だけではなく観察研究からのデータからも因果推論を行う体系的アプローチを示しました。

 ②はベイジアンネットワークのパイオニアであるコンピューターサイエンティスト,Judea Pearlによる古典的論文です。この論文では,非巡回有向グラフ(directed acyclic graph:DAG)もしくは因果ダイアグラム(causal diagram)を利用することにより因果関係が識別可能であることが示されました。このアプローチは疫学における因果推論に影響を与えてきました。因果ダイアグラムは,例えばわれわれの持つ質的知識と因果構造における仮定を明確にし,研究者間のコミニケーションを助けるとともに複雑な方法論の基礎となっています。もし興味があればハーバード公衆衛生大学院のJames RobinsおよびMiguel Hernanの論文・教科書も読んでみることを薦めます。また,メカニズムの研究者には,同学のTyler VanderWeeleによる媒介分析の論文・教科書も有用です。

 ③は日本人データサイエンティストによる統計的因果構造探索(causal discovery)分野の革新的な論文です。オミクス研究などの高次元データを利用する分野では,そもそも先述した因果ダイアグラム(因果構造)が不明なことが多々あります。そのように事前研究が不足していたり,データの助けが欲しかったりなどといった理由で,データから因果構造を探索・同定する分野が注目を浴びるとともに目覚ましく発展しています。因果構造の探索・同定はより正確な仮説の形成を可能にするだけでなく,利用できるデータに因果推論を適用することを可能にします。医療データが(超)高次元になる近年,この分野の重要度は増していくはずです。

 これらの論文は,臨床医の皆さんに対しては直接的には役に立たないかもしれません。しかし,真実を追究する著者たちの真摯な想いは伝わるはずです。そして,長いキャリアのうちの1~2年だけでも(研究指導経験の豊富なメンターについて)研究に没頭してみることを勧めます。論文を読むことと自ら研究を行って筆頭著者として論文を書くことには大きな違いがあり,後者にはさらなる学びがあります。さらに,好奇心に突き動かされて,または臨床や医療政策へのインパクトをめざして真実を求めることは贅沢な経験です。

 そして,研究者の皆さんには自分の領域を超えた分野に対して意識的に興味を持つことを勧めます。イノベーションとは「無」から「有」を生み出すものではなく,多岐にわたる知識・アイデアといった「既存の有」から「新たな有」を創造するものだからです。実際にCharles Darwinの進化論も,ビーグル号航海によって得られたデータだけではなく,彼が(気晴らしに)読んでいたThomas Malthusの政治哲学・経済学の著作『人口論』なしには生まれなかったはずです。誰にでもできる研究をしていては意味がありません。自分だけのビジョンとアイデアで,イノベーティブな研究をしてみませんか。


松本 正俊(広島大学大学院医系科学研究科地域医療システム学寄附講座 教授)


①Kobayashi Y, et al. Geographic distribution of physicians in Japan. Lancet. 1992;340(8832):1391-3.[PMID:1360099]

②Rabinowitz HK. Recruitment, retention, and follow-up of graduates of a program to increase the number of family physicians in rural and underserved areas. N Engl J Med. 1993;328(13):934-9.[PMID:8446141]

③Worley P, et al. Cohort study of examination performance of undergraduate medical students learning in community settings. BMJ. 2004;328(7433):207-9.[PMID:14739189]

 自分の研究に少なからぬ影響を与えた3つの論文である。ちなみに私は医師の地理的偏在に関する政策研究や,へき地医療教育に関する研究を専門としている。

 ①は国レベルでの医師数の急速な増加が必ずしも医師の都市部偏在を是正しないという事実を初めて明らかにした論文である。わが国では1970年代に行われた,いわゆる「一県一医大政策(無医大県解消政策)」の効果により,1980年から1990年の10年間に医師の養成数は2倍に増え,対人口比での医師数も30%増加した。にもかかわらず,市町村間での対人口比医師数のギャップはむしろやや悪化していることがこの論文により明らかになった。医療経済学的にいえば,医師数の増加は医師の都市での需給を飽和させ,非都市部に医師を拡散させる効果を持つことが予想されるが,現実にはそうはならないことが日本のデータによって実証されたことになる。私は2010年頃から医師偏在に関する研究を続けているが,その理論的基盤はこのKobayashi論文に依るところが極めて大きい。

 ②は米Jefferson Medical Collegeの地域枠に相当するPhysician Shortage Area Program(PSAP)の長期アウトカムを示したコホート研究である。PSAPは1974年創設で,日本の自治医大とほぼ同時期,地域枠よりも35年早く始まった老舗プログラムであり,へき地のプライマリ・ケア医に特化した医師養成システムとしては世界初のものの一つである。PSAP卒業生は同じ医学校の非PSAP卒業生に比べて家庭医になる者の割合が4倍,へき地で就業する者も3.5倍高く,卒後5~13年目の時点で85%の卒業生がプライマリ・ケア領域あるいは医師不足地域に従事していることが示された。PSAPは日本の地域枠とは異なり卒後の従事要件を伴う奨学金がセットになっていないことを考慮すると,この結果は注目に値する。私は自治医大卒業生の長期コホート研究,全国の地域枠出身医師のコホート研究を行い,これら日本固有のへき地医師養成プログラムのアウトカム評価を行ってきたが,そのお手本となったのはこのPSAPに関する論文である。

 ③は豪州のフリンダース大学医学部におけるへき地医療教育のアウトカムを報告した論文である。へき地の小規模医療機関において3年次(日本の5年次に相当)臨床実習を行った群は,大学病院で臨床実習を行った群よりも一年後の臨床科目筆記試験およびOSCEの成績が有意に高いことが示された。この2群は実習前の成績には差がなく,へき地で実習した群の成績の伸びが著しかったということである。この論文は臨床教育における大学病院の正統性に疑問を投げ掛け,地域でのプライマリ・ケア教育の重要性に根拠を与えた。そして現在の「大学から地域へ」という医学教育の大きな潮流の呼び水になった。現在,私が担う地域医療教育の科学的根拠はここにあると言える。

 これらの論文はいずれも「時代の常識を覆した」と言う意味で画期的かつ不朽の名作であり,私自身一研究者として常に目標としている作品でもある。名作に憧れ,それに一歩でも近づこうと努力や工夫をすることが研究者の成長には不可欠である。また後進の研究者たちが名作を乗り越えようとすることで学問は発展する。私はこれらの論文との出合いを通してそのことを知った。

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