医学界新聞


論文の山を登ることで眺望が広がる

寄稿 福田 恵一,大久保 祐輔,下畑 享良,岡田 正人,長谷川 耕平,松本 正俊

2020.04.20



【寄稿特集】

My Favorite Papers
論文の山を登ることで眺望が広がる

 膨大な論文を読み進めて一つの山を登り切ったかと思えば,また次の山が見えてくるー。世界中から時々刻々と発表される論文を追いかけることは,果てしない道のりのように感じられるかもしれません。しかし,英知が結集されたいくつもの論文の中から,知的興奮を覚える運命的な一編との出合いを果たしたとき,それはきっと,まだ見ぬ世界へ一歩踏み出す原動力になるはずです。

 今回は,これまでの医師・研究者としてのキャリアの中で出合った「印象深い論文」を紹介していただきました。読者の皆さんもぜひあなただけの「眺め」をめざしてみてください。

福田 恵一
岡田 正人
大久保 祐輔
長谷川 耕平
下畑 享良
松本 正俊


福田 恵一(慶應義塾大学医学部循環器内科 教授)


①Prockop DJ. Marrow stromal cells as stem cells for nonhematopoietic tissues. Science. 1997;276(5309):71-4.[PMID:9082988]

②Takahashi K, et al. Induction of pluripotent stem cells from mouse embryonic and adult fibroblast cultures by defined factors.Cell. 2006;126(4):663-76.[PMID:16904174]

③Cao Y, et al. Transplantation of chondrocytes utilizing a polymer-cell construct to produce tissue-engineered cartilage in the shape of a human ear. Plast Reconstr Surg. 1997;100(2):297-302.[PMID:9252594]

 私は難治性重症心不全の新たな治療法開発を目的として,再生医療の具現化に永らく取り組んできた。HLA haplotype homoの同種iPS細胞を用いた心室筋特異的心筋細胞の開発は順調に進み,近い将来に再生心筋細胞移植の臨床研究・治験が開始されようとしており,心不全治療は大きく変貌することが期待されている。ここに紹介する論文は私にそのきっかけを作ってくれたものである。

 ①の論文は,再生医療という言葉がまだ生まれていない段階でまとめられた骨髄の幹細胞に関する総説である。骨髄には造血幹細胞をヒエラルキーの頂点とした造血系の細胞が大量に存在するが,これ以外にも骨髄間質細胞と呼ばれる非造血系の幹細胞が存在する。この骨髄間質細胞の一部は骨芽細胞,軟骨芽細胞,脂肪細胞,骨格筋細胞などに分化する能力を有している。当時は骨髄間葉系幹細胞という言葉はまだ使われておらず,骨髄間質細胞と呼ばれていた。この幹細胞は中胚葉系のさまざまな細胞に分化する可能性があり,これらを用いることにより,新たな医療が展開できるとしている。本論文が発表された当時,われわれはちょうど同細胞を用いて心筋細胞を作製しようとしていた時期であり,同じことを考えている研究者が世界にいることを知って大いに勇気付けられた。

 ②の論文は山中伸弥教授が皮膚の細胞に山中4因子と呼ばれる因子を遺伝子導入することで,ES細胞類似の多能性幹細胞を作出できると世界に初めて報告した論文である。ES細胞を再生医療に応用した際には免疫拒絶反応が生じるため,何か良い方法はないかと模索していた時期にこの論文を読み,感動したことを良く覚えている。

 ES細胞に発現する特異的転写因子は無数にあるが,そのうちのどの因子が重要であるかを特定した方法は非常に秀逸であり,感銘を受けた。また,この細胞の応用範囲の広さと将来の医療を大きく変貌させる可能性を想像し,興奮したものである。この論文を契機にわれわれはヒトES細胞からヒトiPS細胞を用いた再生医療の具現化に舵を切った。そして現在の臨床応用につながる道を切り拓くことができた点で私が最も感謝している論文である。

 ③はtissue engineering(組織工学)の創始者の一人,Vacantiらの論文である。現代の科学では細胞を作製できるが,細胞だけでは再生したい組織の形状を保つことはできない。この論文でVacantiらは生体内融解性高分子化合物に細胞を播種して移植することにより,形態を保つ組織再生を世界で初めて提唱した。この論文ではポリグルコール酸のメッシュにポリ乳酸を浸して3歳の子どもの耳介の形状をした鋳型を作製し,これにウシ軟骨より採取した軟骨芽細胞を播種することにより,耳介軟骨様の3次元形状物を作製した。この後,彼らはこれをヌードマウスの背中の皮下に移植してマウスの背中においてヒトの耳介軟骨の再生のモデルを提唱し,一躍世界を驚かせることになった。

 今までの医学研究は癌の病巣切除に代表されるように,生体内の不要な組織をどう上手に切除するか,いかに大きな外科的侵襲を加えても生命を生存させることができるかなどを競ってきた。しかし,これらの3本の論文は従来の常識を覆す形で再生医療の概念を唱え,新たな医療の形を提起したという点で大きな意味を持つものである。すなわち,目的の細胞をいかに作り出すか,免疫拒絶をどうくぐり抜けるか,目的細胞の作製だけでなく形状を持った組織をいかに再生するかなどを解決することで,切除する医療から臓器・組織を再生する医療へと道筋を付けたことになる。


大久保 祐輔(カリフォルニア大学ロサンゼルス校 公衆衛生大学院・疫学部)


①Concato J, et al. Randomized, controlled trials, observational studies, and the hierarchy of research designs. N Engl J Med. 2000;342(25):1887-92.[PMID:10861325]

②Daniel RM, et al. Methods for dealing with time-dependent confounding. Stat Med. 2013;32(9):1584-618.[PMID:23208861]

③Greenland S. An introduction to instrumental variables for epidemiologists. Int J Epidemiol. 2000;29(4):722-9.[PMID:10922351]

 エビデンスピラミッドは,システマティックレビューとメタ解析を頂点として,ランダム化比較試験(RCT),コホート研究,症例対照研究……,とエビデンスの格付けをしています。質の高いRCTが多数行われ,その結果が統合されたメタ解析結果は,一般的に「強いエビデンスがある」と考えてよいでしょう。このピラミッドは,エビデンスレベルを伝えるツールとして役立ってきました。しかし,近年は,この極端な単純化が弊害となり,RCTが過剰評価され,観察研究が過小評価される現象が生じています。

 質の高い複数のRCTから導き出された結果は重く扱われるべきですが,中には質の低いRCTも多数あります。例えば,サンプル数が不十分,ランダム化の失敗(randomization failure),追跡不能による選択バイアス(selection bias),不十分な盲検化による情報バイアス(information bias)などが挙げられます。このため,「RCTだから信頼できる結果」とは言えないこともあります。その一方で,観察研究は交絡(confounding)による影響を受けやすい性質があり,「質が低い」「因果の立証とはならない」と軽視される傾向があるようです。確かに,観察研究は「ランダム化」が行われておらず,交絡によるバイアスが混入してしまい,統計学的な手法を用いても対処しきれないことがあります。しかし,よくデザインされた観察研究は,RCTの結果と一致する例も多数あります。

 2000年にConcatoらが発表した①の論文では,実際にRCTと観察研究がどのくらい一致あるいは乖離しているかを検討しています。例えば,BCGワクチンの結核に対する予防効果に関して,13のRCT(参加者36万人)で行われた予防効果の推定値(RR, 0.49[0.34-0.70])と,10の症例対照研究[参加者6511人]の推定値(OR,0.50[0.39-0.65])が,非常に似通っていました。もちろん,観察研究の結果が質の高いRCTを上回るとまで言うつもりはありません。しかし,正しくデザインされ可能な限りバイアスに対処した観察研究の結果は,理想的なRCTの結果に近づけることが可能な場合もあります。その後もさまざまな分野で,「RCT vs.観察研究」の論争は定期的に生じており(JAMA. 2014[PMID:25005647],Soc Sci Med. 2018[PMID:29331519],Am J Epidemiol. 2019[PMID:30299451]),観察研究が中心の疫学において,①は非常に重要な論文であったと思います。

 多くのRCTや観察研究では,ある1つの時点での治療がアウトカムに与える影響をみています。近年,傾向スコア(propensity score:PS)を使用した観察研究の論文が急増しており,多くの臨床系のジャーナルでも見掛ける機会が増えています。一方で実臨床では治療や交絡因子が時間とともに刻々と変化することがあります。このような場合はg-methodという疫学手法が使用されています。G-methodには,逆確率重み付け法(Inverse probability of treatment weighting),g-computation algorithm,g-推定法(g-estimation)の3つがあります。②の論文はsimulation用の解析コード(Stata®)付きで,それぞれの手法を解説した貴重な文献です。

 ③は経済学などでもともと使用されていた操作変数法(Instrumental variable method)の手法が,疫学で使用される契機になった文献です。観察研究では「未計測の交絡因子があるから質が疑わしい」という議論がなされがちです。しかし,未計測の交絡因子があろうとも理想的な操作変数をみつけることで治療効果をバイアスなく推定できます。最も有名な操作変数はメンデ

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