医学界新聞


成功を生かせる医療安全管理の視点とは

寄稿 荒井 有美

2020.01.27



【寄稿】

インシデント報告によるナレッジマネジメント
成功を生かせる医療安全管理の視点とは

荒井 有美(北里大学病院医療の質・安全推進室 副室長/医療安全管理者)


 厚労省が,2001年を「患者安全推進年」と位置付けて以来,国レベルでの医療安全対策が推進されてきた。約20年の間に,医療安全にかかわる環境整備が進み,安全管理活動の推進が医療者の間で図られてきた。一方,近年の医療の高度化・複雑化などを背景に,医療機関における医療事故が相次いでおり,安全管理体制の確保は重要性を一層増している。

 筆者は,大学病院で薬剤師・看護師それぞれの実務経験を経て,現在は医療安全管理者として医療安全のための管理業務に当たっている。本稿では,医療機関における医療安全対策の取り組みとして,知識や経験を共有するインシデント報告の目的と,集積した知識を活用するナレッジマネジメント(Knowledge Management)の意義について考察する。

自主的に報告できる組織風土をいかに作るか

 厚労省が2007年3月に取りまとめた「医療安全管理者の業務指針および養成のための研修プログラム作成指針」によると,医療安全管理者の業務は,①安全管理体制の構築,②医療安全に関する職員への教育・研修の実施,③医療事故を防止するための情報収集,分析,対策立案,フィードバック,評価,④医療事故への対応,⑤安全文化の醸成の5つが定められている。

 ①~④の業務内容はイメージしやすいだろう。では,⑤の「安全文化の醸成」はどうか。筆者はこの表現が抽象的だと感じた。そこで,安全文化の醸成についてヒントを得るため文献を調べていく中で,『組織事故――起こるべくして起こる事故からの脱出』に出合った1)。ヒューマンエラー研究の第一人者である著者のジェームズ・リーズン氏は,「安全文化の4つの構成要素」を次の通り挙げている。

●報告する文化(Reporting culture)
●正義の(公正な)文化 (Just culture)
●柔軟な文化 (Flexible culture)
●学習する文化 (Learning culture)

 医療安全管理者が最も積極的に取り組むべき内容が凝縮されている。特に筆者が注目したのが「報告する文化」である。医療安全管理者は,自施設に必要な医療安全対策を施すために,医療現場で発生しているさまざまな情報を収集し分析する。その情報を得るために有効なのが,医療現場の生の声が寄せられるインシデント報告であり,顕在化された問題のみならず,潜在的な問題も含め安全管理体制を検証するために有用で貴重な情報源となる。

 一方,インシデント報告を書く側が「始末書」などとネガティブにとらえてしまうことも,いまだ少なくない。医療現場でインシデントに遭遇した職員が,遠慮なく自主的に報告できる組織風土,すなわち「報告する文化」を醸成するにはどうすればよいだろうか。

成功体験を集積し活用するナレッジマネジメントの考え

 当院の医療の質・安全推進室は,インシデント報告から浮かび上がる状況を医療安全管理に活用するため,まずインシデント報告に対する意識調査に取り掛かった。筆者が自施設の全職員を対象に2007年に実施したアンケート調査「インシデントレポートに対する意識調査からレポート提出への影響要因を考察する」では,「インシデント報告をしない理由」として以下のような回答があった。

 報告すべき事例ではない/報告することが面倒/報告する時間が無い/恥ずかしい/インシデントをよく起こすと思われたくない/報告する方法を知らない/報告してもフィードバックが無い/せっかく報告しても何も変わらない/他の人も報告していない/評価が下がると思う/責任を追及される/自分には非がないと思う

 これらの意見を基に,インシデント報告を行う意義や,報告者は責任を問われないことを周知し,報告入力画面に匿名報告の入り口を作成した。さらに,全職員が携帯する「北里大学病院医療安全ハンドブック」に次の文面を記載した。

●インシデント報告は「個人の気づき(経験)」を職員全員で「共有する」ことが目的です。反省文でも始末書でもありません。
●インシデント報告は,医療の仕組みや医療の質評価の資料にもなります。
●インシデント報告が個人の評価に使われることはありません。
●インシデント報告は,匿名でも可能です。

 インシデント報告システムをより身近に感じてもらうため,インシデント報告の愛称公募も2017年に院内で行った。選考の結果,「I(私):自分を振り返る」,「Eye(目):気づき」,「愛:患者への医療」の3つのアイの意味が込められた「あいれぽ」に決定し,現在も使われている。

 これらの取り組みからインシデント報告に対する理解が浸透し,筆者が医療安全管理部門所属となった2006年時点に比べ,当院の報告件数は約2.5倍の年間1万件を超えるようになった。

 エラーが集積されていく中,現場に報告されなくてもエラー防止に成功した例もあるのではないかと,ある時気が付いた。さらに,事故やインシデントからだけでなく日常業務においてどのように物事がうまく行われているのか,変化と制約の中で意図したアウトカム(成功)がどう生み出されているのかに着眼した,医師で医療の質・安全が専門の中島和江氏(阪大)がリードする「レジリエンス・エンジニアリング」理論2...

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