事例で学ぶくすりの落とし穴
[第5回] 注射薬における配合変化の影響
連載 椎木 ありさ,池田 龍二
2020.11.23
事例で学ぶ
くすりの落とし穴
与薬の実践者である看護師は「患者さんを守る最後の砦」です。臨床現場で安全かつ有効な薬物治療を行うために必要な与薬の知識を,一緒に考えていきましょう。
[第5回]注射薬における配合変化の影響
今回の執筆者
椎木 ありさ,池田 龍二(宮崎大学医学部附属病院薬剤部)
監修 柳田 俊彦
(前回よりつづく)
臨床現場では,2種類以上の注射薬を混合して投与する場合が多々あります。その際に注意しなければならないのが「配合変化」です。今回も事例を通して考えてみましょう。
この変色は注射薬の混合によって引き起こされたものです。変色はなぜ起きたのでしょうか。具体的に解説していきます。
押さえておきたい基礎知識
配合変化とは,2種類以上の注射薬を混合することで生じる物理的化学的反応です1)。注射薬は,単独で安定性が維持できるように製剤設計されているため,混合すると着色,混濁,沈殿,結晶析出といった外観変化や含量低下などが生じる場合があります。含量が低下すると,期待している注射薬の効果を十分に発揮できなくなり患者に不利益をもたらします。また,フィルタやルート閉塞が起こり,医療器具が使用不可能になることもあるのです。そうしたリスクがある一方,臨床現場では穿刺による苦痛の軽減などを理由に混合して投与される場合が多いのもまた事実です。
では,「配合変化が起き得る組み合わせを覚えておけば対応できるのでは?」と考える方もいるでしょう。けれども,その組み合わせは膨大であり,全てを覚えておくことは現実的ではありません。そこで今回は,配合変化のポイントを押さえられるよう,代表的な4つの事例を通してパターンを確認しましょう。
◆pHの移動による配合変化
冒頭で提示した事例です。オメプラゾールナトリウム水和物はpH 9.5~11.0を示す,アルカリ性側で安定した注射薬です。こうしたアルカリ性注射薬に,フィジオ®35輸液(pH 4.7~5.3)のような酸性側の輸液を混合すると,アルカリ性注射薬の安定性,溶解性の低下が起こり,配合直後に無色透明から微褐色透明へと変色し,含量が低下してしまいます。アルカリ性注射薬のpHが酸性側へと移動してしまうからです。そのため本事例において側管から投与する場合は,他の注射薬の投与は中断し,投与前後に生理食塩液または5%ブドウ糖注射液でのフラッシュが必要となります。
配合変化が起きるパターンの多くはpHの移動によって起こるものです。酸性側やアルカリ性側に傾いた注射薬はpHの移動による配合変化を起こしやすいため,表1,2に示した注射薬を投与する際は,配合薬に注意しましょう。
◆配合変化による難溶性塩の生成
セフトリアキソンナトリウム水和物は,カルシウムを含有する注射薬または輸液と混合すると,難溶性塩を生成します。海外では,同一経路から投与したことで肺や腎臓などに生じたセフトリアキソンを成分とする結晶により新生児が死に至った例も報告されています2)。現場でよく使用される細胞外液補充液のリンゲル液にもカルシウムは含まれますので,投与時には溶解,希釈液だけでなく,側管から投与する場合には主管の輸液も確認しましょう。
ロセフィン®静注用1 g,ロセフィン®点滴静注用1 gバッグ
◆難水溶性の薬物による配合変化
てんかん様重積状態におけるけいれんの抑制で使用されるジアゼパムは水にほとんど溶けない性質を持っており,プロピレングリコールや無水エタノール,ベンジルアルコールを添加し,可溶化することで安定性を保っています。それゆえ,この安定性を壊してしまうような輸液などを混合すると白濁や沈殿が起こる3)ために,他の注射薬と混合または希釈してのジアゼパムの使用はできません。ジアゼパムと同様に有機溶剤を用いて可溶化している製剤としては,フェニトインナトリウムやフェノバルビタールなどが挙げられます。
セルシン®注射液5 mg,ホリゾン®注射液10 mg
フェニトインナトリウム
アレビアチン®注250 mg
フェノバルビタール
フェノバール®注射液100 mg
◆コロイド製剤による配合変化
コロイドとは,ある物質が他の物質に混じる時に直径1~100 nm程度の大きさの粒子となって均一に分散する状態を指します。身近な例を挙げるならば牛乳です。牛乳は水の中にタンパク質や脂肪が細かい粒子となって分散しています。
鉄欠乏性貧血で使用される含糖酸化鉄は,アルカリ性の鉄剤であり,ショ糖を用いて水酸化第二鉄をコロイド化しています。そのため,例えば電解質が含まれる生理食塩液を混合すると,コロイド粒子が不安定になり,沈殿が生じてしまうのです。こうした反応を防ぐには,10~20%のブドウ糖注射液での5~10倍希釈における使用が求められています4)。この方法以外の製剤で希釈すると,pHの変化や電解質,酸化還元を促進する物質などの影響により,コロイド状態が不安定となってしまい,遊離した鉄イオンが多量に生じる可能性があります。遊離した鉄イオンは生体組織に直接作用し,発熱,悪心,嘔吐の原因となり得ます。取り扱いには注意しましょう。
フェジン®静注40 mg
こんなところに落とし穴
配合変化によって変色,沈殿物が生じると,細菌や真菌,微粒子を濾過し静脈への空気の混入を防ぐフィルタの詰まりや,ルート閉塞の原因になります。フィルタを使用する場合には,定期的な確認が必要で,詰まりが認められた場合には,直ちに新しい製品と交換しましょう。
フィルタは通常0.2 μmの孔径が使用されています。注射薬によってはフィルタを通過できない場合(例:脂肪乳剤等のエマルション系注射薬や血液製剤,註)や,フィルタを通過させなければならない注射薬(例:インフリキシマブ)もあります。注射薬を投与する際はフィルタを通過できるかどうかの確認も必要です。
今回のまとめ
注射薬の配合変化が起こると,変色・沈殿などの外観変化や,外観変化がなくとも含量が低下する場合があります。そのため配合変化を事前に予測し未然に防ぐことが重要です。特に新規注射薬が追加になった際には,配合変化を起こす薬剤の組み合わせではないかどうか,確認を怠らないようにしましょう。
(つづく)
註:脂肪乳剤は専用の1.2 μmフィルタであれば使用が可能です。
◆参考文献・URL
1)近藤匡慶,他.臨床現場における薬剤師の役割――注射薬配合変化回避に向けた情報提供.日医大医会誌.2020;16(3):144-54.
2)医薬品インタビューフォーム.ロセフィン®静注用0.5 g,ロセフィン®静注用1 g,ロセフィン®点滴静注用1 gバッグ,ROCEPHIN®.2018.
3)東海林徹,他(監).注射薬配合変化Q&A(第2版).じほう.2013.
4)日医工.フェジン®静注40 mgを安全にご使用いただくために.2011.
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