医学界新聞

一歩進んだ臨床判断

連載 谷崎 隆太郎

2019.09.23



一歩進んだ臨床判断

外来・病棟などあらゆる場面で遭遇する機会の多い感染症を中心に,明日からの診療とケアに使える実践的な思考回路とスキルを磨きましょう。

[第3回]高齢患者が転倒した!その時アナタはどうする!?

谷崎 隆太郎(市立伊勢総合病院内科・総合診療科副部長)


前回よりつづく

こんな時どう考える?

 今日は久しぶりに落ち着いた夜勤。ふと病室の前を通り掛かると,ベッド脇で座り込んでいるOさん(84歳男性)の姿が飛び込んできた。呼び掛けには応答し,意識は清明。すぐにバイタルサインを確認すると,血圧や脈拍は普段と同程度,呼吸数も15回/分と増加はない。明らかな麻痺もなく,今までの様子と大きく変わりない。「ちょっと尻もちをついただけだから大丈夫だよ,ありがとう」と話すOさん。さて,今日の当直医にどう報告すれば良いのだろうか……?

 人間は高齢になると転倒が増えます。転倒に伴う有害事象といえば骨折や打撲などの外傷ですが,頭部外傷や胸部外傷など,打ち所によっては死に直結するような転倒もあるため,高齢者を転倒させないための予防策はそれだけで一大テーマです。そんな恐ろしい転倒を防ごうと,看護師の皆さんは日々チェックシートなどを活用しながら奮闘されているものの,皆さんがどれだけ頑張って予防策を講じても,転倒を完全にゼロにすることは難しい現実がありますよね……。未然に防いだ99回の努力よりも,たった1回の転倒という結果を非難されてゲンナリした,という経験は誰しもあるのではないのでしょうか。総合診療医として予防医学を日々実践する私も,予防って,ものすごく大きな効果をもたらす割には地味で目立たない,評価されにくい仕事の一つだと感じています(泣)。

 実際,転倒のほとんどが軽症で,大抵は様子見で大丈夫なわけですが,中には要注意な転倒もあります。医師にコールした結果「じゃあ様子見で」と電話口だけの指示のみで終わることも多いかと思いますが,「いえ,これは一度医師の診察が必要な状態だと思います」と説得力を持って伝えられることも重要です。この回では,に示した転倒の受傷機転に沿って一歩進んだ臨床判断を身につけていきましょう!

 高齢者の転倒で考えるべき疾患とその臨床徴候(筆者作成)

高齢者の転倒で考えるべき疾患とその臨床徴候

a)頭を打った

 頭部打撲時には,見た目の損傷だけでなく,頭蓋内の損傷,つまりは脳出血や脳挫傷についての評価が必要です。要は,頭部CT検査が必要かどうかの判断です。頭部打撲全例に頭部CT検査を行うと,検査の手間やコスト,不要な放射線被ばくの増加など,さまざまな不利益が生じますので,頭部CT検査の適応は適切に判断する必要があります(医師は頭部外傷の患者の診察時にはそのようなことを考えています)。頭部CT検査が必要な頭部打撲の条件についてはこれまでにもさまざまな研究がなされており,中でも60~65歳以上の高齢者というだけで適応となる場合が多いことは知っておいて良いと思います。その他,強い頭痛,嘔吐,片麻痺などの巣症状,陥没骨折,抗凝固薬内服中,なども頭部CT検査の適応になります1)

 もし医師に相談した結果,「頭部CT検査を行わずに経過観察」との指示が出ても,頭部打撲後の高齢者は普段よりも密な経過観察が必要です。なぜなら,高齢者はもともと脳萎縮があるためごく軽度の脳出血や脳挫傷では脳があまり圧迫されず初期に症状が出にくいからです。それゆえに,経過観察中に出血や挫傷後の浮腫が増大してから急速に意識状態が悪化することがあり得るのです2)。よって,他の外傷よりも,頭部外傷に関しては慎重に経過観察をしましょう。

■備えておきたい思考回路
 頭部打撲後は,いつもより慎重な経過観察が必要!

b)尻もちをついた

 この受傷機転では,脊椎圧迫骨折や大腿骨近位部骨折,恥骨・坐骨骨折を考えます。脊椎圧迫骨折は胸腰椎移行部に多く,基本的には骨折した脊椎に圧痛や叩打痛を認めますので,痛がっている箇所がないか,脊椎を一つずつ順に触って確認します。痛みで仰臥位になれないとの訴えも脊椎圧迫骨折を疑う所見の一つになります3)。一方で,初期には所見がハッキリせず遅発性に骨折が見つかることもあるので,脊椎圧迫骨折のアセスメントは時に難しいことがあります。

 大腿骨近位部骨折では,骨折部位である股関節付近の圧痛や,患側肢(骨折した側)の外旋位,下肢長短縮などが見られます。恥骨に聴診器を置いて,左右の膝蓋骨を指でタップする聴性打診も有効とされています。骨折している側の骨伝導が落ちますので,音の左右差があれば骨折を疑います4)

■備えておきたい思考回路
 「尻もちをついた」場合,大腿骨や脊椎が折れることがある。

c)手のひらをついた,肘・肩を打った

 この受傷機転では橈骨遠位端骨折,上腕骨近位部骨折などを疑います。橈骨遠位端骨折の場合,典型的にはフォークのように手関節周囲が変形します。上腕骨近位部骨折の場合,肩関節の脱臼を合併することもあります。いずれの骨折にせよ,受傷部位の疼痛と,痛みによる関節可動域制限が見られますので,それらがないかどうか確認して医師に報告しましょう。

d)胸を打った

 頻度としては少ないかもしれませんが,転倒してベッド柵などで胸部を打撲することもあるかと思います。よくあるのは肋骨骨折です。肋骨骨折は適切な疼痛コントロールがなされないと排痰不全で呼吸不全になったり,肺炎を起こしたりしますので,肋骨骨折をきちんと見つけ,対処することは結構大切です。特に痛がる肋骨がないか,1本1本触ってチェックしましょう。また,胸部打撲時には血胸・気胸や心損傷など重篤な合併症を起こす可能性もありますが,その際は何らかのバイタルサインの異常が出ることが多いため,やはりバイタルサインのチェックが不可欠です。

 では,打撲部位が上記a)~d)のように明らかでない場合はどうすればよいでしょう。その場合,全身を触って触って触りまくります! 高齢者は自覚症状に乏しいことがあり,触ってみることで初めて痛みを訴える場合があります。念入りに全身を触りましょう。

■備えておきたい思考回路
 受傷機転がわかれば,どの部位の外傷かある程度想定できる!

そもそも転倒した理由は?なぜ転倒したのか?

 高齢者で転倒する理由の多くは事故や環境要因です。しかし中には,めまいや失神などが先行して転倒することもあります5)。特に失神すると受け身を取れずに無防備に転倒しますので,激しく転倒します。そして,見た目の外傷が派手であればあるほどそちらの処置に目を奪われがちですが,そこをグッと堪えて転倒した原因にも思いをはせてみましょう。

 特に注意したいのが感染症によるふらつきや心原性失神(不整脈など)による転倒です。こんな時に頼れるのは……そう,やはりバイタルサインです! 体温を測定して発熱はないか,脈を測ってみて不整脈はないか(あれば心電図検査を行いましょう),バイタルサインをはじめとした状況の確認を落ち着いて行いましょう。

 さて,冒頭の患者さんは「大丈夫だよ」と言いましたが,歩行は不可能で,ベッドに寝かせると左下肢の外旋位を認めました。左股関節の圧痛もあり,大腿骨近位部骨折の可能性が考えられたため医師に報告しました。大腿骨X線検査で新規の大腿骨頸部骨折が見つかり,整形外科医にコンサルテーションされました。

今日のまとめメモ

 転倒では,「ちょっとした尻もち」などの受傷機転が,思わぬ重傷を招いていることがあります。また,転倒による重篤な合併症や,転倒を招いた疾患も背景に隠れている可能性があるため,やはりバイタルサインの確認が欠かせません。バイタルサインの異常を伴う転倒は,その旨を必ず医師に伝え,診察の必要性を訴え掛けましょう。

つづく

参考文献
1)Ann Emerg Med. 2008[PMID:19027497]
2)刈部博,他.高齢者頭部外傷の特徴と問題点.脳神外ジャーナル.2014;23(12):965-72.
3)Ann R Coll Surg Engl. 2010[PMID:19995486]
4)Int Orthop. 2018[PMID:30019126]
5)Clin Geriatr Med. 2002[PMID:12180240]

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