研究に専念できる環境の構築を(豊田長康,宮川剛)
対談・座談会
2019.09.02
【対談】
研究に専念できる環境の構築を
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豊田 長康氏(鈴鹿医療科学大学学長)
宮川 剛氏(藤田医科大学総合医科学研究所システム医科学教授) |
2015年10月,タイムズ社の世界大学ランキングが発表され,大学や政府関係者のみならず日本中に衝撃が走った。ランキングの上位200校の中に日本の大学が東京大学と京都大学の2校しかランクインしなかったためだ。研究力向上のために十数年にわたって「選択と集中」を繰り返してきたにもかかわらず,なぜこれほどまでに日本の研究力は失速してしまったのか。
国際的なデータと統計学を駆使して日本の研究力を多角的に分析し,研究環境の実態を『科学立国の危機』(東洋経済新報社)にまとめた豊田長康氏と,「研究力低下の原因は研究者を取り巻く不適切な競争に起因する」と訴えてきた宮川剛氏の対談を通じて,再び日本が科学技術立国となるための方策を紐解く。
宮川 タイムズ社の世界大学ランキングで,日本のランキングが急落したと報道されました。この事実は,大学や政府関係者のみならず,多くの国民にも衝撃を与えたはずです。
では,なぜ日本の大学ランキングは急落したのでしょうか。豊富なデータと統計学を駆使して日本の研究力を分析されてきた豊田先生のご意見をお聞かせください。
豊田 日本が順位を落とした最大の要因は,順位決定における指標の中で30%の重みを占める論文被引用数の指標の低下です。もちろん論文被引用数は研究分野によって異なるので,CNCI(Category Normalized Citation Impact)などの分野別に調整した1論文当たりの論文被引用数の世界平均に対する比率で評価されています。
宮川 そもそも研究力を測るにはどのような指標が考慮されるべきなのでしょうか。
豊田 論文の量と質です。量的評価は学術誌の論文数に基づきます。論文データベースの1つであるWeb of Scienceで分析すると,日本は2004年前後から論文数が減少し,特に日本の主要分野である理工系,基礎生命系,臨床医学でこの傾向が顕著でした。この間,諸外国は右肩上がりで増えています。
次に,質的評価にはCNCIなどの1論文当たりの被引用数に関連した指標が用いられ,注目度とも呼ばれます。近年,日本の注目度は低迷し,他国にどんどん追い抜かれています。つまり,量も質も競争力が低下しているのです。
宮川 論文の質と量を掛け合わせた指標でも研究力が評価されていますよね。
豊田 ええ。被引用数が上位10%である論文数(トップ10%論文数),被引用数をもとに付与されるJIF(Journal Impact Factor)の上位4分の1の学術誌に掲載される論文数(Q1)などが「質×量」の指標として評価されます。Q1も2004年前後から減少し,特に臨床医学分野でJIFの高い学術誌への掲載数が激減しました。
また,Clarivate Analytics社は被引用数の多い論文を数多く産生する研究者(Highly Cited Researchers;HCR)を毎年公表しています。このデータを参照すると,2014~18年にかけて,全世界のHCRは約25%増加しました。世界全体の論文数の増加に比例して高注目度論文数も増えるので,HCRも増えて当然なのです。しかし,各国ともHCRを増やす中で,唯一日本だけが34%も減少させています。これは極めて異常ですね(表1,2)。
表1 主要国におけるHCRの国別人数:2014年と2018年の比較(Clarivate Analytics社提供) |
表2 日本のHCRの推移(Clarivate Analytics社提供) |
選択と集中が生む「不適切な競争」
豊田 各種の報道から,日本の研究力の衰退は多くの人が認識していると思います。しかし,その原因を正確に理解している人は少ないと感じています。
最近の財務省の資料では「研究者数も研究費も先進諸国と比べて遜色がないので,日本の研究者の生産性が低い」と結論付けられています。
果たしてこれは日本の研究力に対する正しい評価なのでしょうか。私が日本の人口当たりの研究従事者数(フルタイム換算)や公的研究資金を分析すると,韓国と1.5倍,欧米諸国に至っては2倍以上の差を付けられているという結論が導かれ,上述の財務省の認識とは全く異なります。研究者である宮川先生からは日本の研究力衰退の原因はどう見えているのでしょう。
宮川 私は,研究以外の面で繰り広げられる「不適切な競争」が原因だと考えています。現在,研究者たちは研究費の獲得と人事ポストの確保の両面で日々競争を強いられています。自らの研究環境を保つためには多くの競争に参加し勝つことが必須です。つまり,本業である研究よりも常に競争に関連した作業を優先せざるを得ない状況です。この認識は研究者コミュニティの中でもコンセンサスが取れていると感じますね。
豊田 同感です。そもそも競争原理が機能するためには,機会を均等にして競わせなければなりません。ところが,研究環境に恵まれた大学とそうでない大学が最初から存在し,競争がスタートしています。そのため,成果に基づく「選択と集中」をすると,もともとあった格差が拡大するだけで,研究環境がさらに悪化し十分に力を発揮できていない多くの研究者の芽をますます摘んでしまうことになるのです。
宮川 加えて,「選択と集中」は大学間の人事交流までも崩しています。多くの場合,都市部の研究環境のいい大学で若い時期に研究成果を挙げると,地方の大学でポストを得て研究を続けることになります。しかし,最近は研究環境の悪化により異動先で成果がピタリと出なくなるケースや,研究環境悪化を嫌がって,オファーがあっても断るケースすら起きている状態です。
評価指標の落とし穴
豊田 近年は,各大学内でも研究者を評価し,「選択と集中」をすることが求められています。しかし,この政策も同様に研究環境の格差拡大を助長するだけです。
研究者個人を評価して資金を傾斜配分する場合,研究内容の正確な評価が必須であり,同分野で少し研究内容が離れたぐらいの研究者によるピアレビューが重要です。しかし,ピアレビューを行う側も多忙であり,現実的には困難なのが実情でしょう。
宮川 ましてや大学という特性上,それぞれの研究室が専門性の高い研究を行っていることから,大学内でのピアレビューは不可能と言っても過言ではありません。ですので,研究内容の本質ではない「JIF×論文数」というような単純な定量指標に頼らざるを得ず,結果的にJIFの高い雑誌への掲載歴がないとサバイブできない状況もあるようですね。
豊田 ええ。JIFは論文の注目度とはやや異なるものの,論文数と共に研究環境の良否を反映するものです。そのためJIFや論文数の指標を,研究者をポジティブに評価する場合に使うのはよいですが,資金配分や報酬,あるいは罰則の基準にすると,途端に多くの弊害が生じます。これは各大学の研究力を評価する際にも問題となる点です。
宮川 どのような点が問題となるのでしょうか。
豊田 競争的資金配分の指標となる可能性のある「教員当たりのトップ10%論文数」を例に考えてみましょう。この指標の問題点は,まず資金配分の基準にするには弊害の多い被引用数指標を用いていることです。加えて,教員を分母にしている点です。大学教員には教育や診療,産学連携など,研究以外にもさまざまな業務があります。教員1人当たりという指標は,研究以外の業務が勘案されていないので,この指標で傾斜配分が行われると,教育・診療等の比重が大きいために,研究環境に恵まれない大学ほど不利になります。
宮川 なるほど。一方で,科研費の採択の場面でも同様にピアレビューの問題が起こっていますよね。
豊田 おっしゃる通り。科研費の場合,海外の同様の制度と比べ
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