医学界新聞

寄稿

2019.06.24



【寄稿】

医療・看護の質をどう可視化する?
ICUデータベースの構築に看護師がかかわった経験から

田本 光拡(京都大学医学部附属病院 集中治療部)


 私たちが日々入力する電子カルテには膨大な臨床データが詰まっています。この電子カルテのデータを基に,提供する医療の質を可視化(評価)し改善するため,京大病院(1121床)の集中治療部(16床,以下,ICU)では2018年度より,ICUとそこに関与する各診療科の医療や看護の質を測ることを目的にQuality Indicator(QI)委員会が発足しました。QIとは医療や看護の質を数値によって可視化したものです。

 質の改善にはPDSAサイクルを回すことで職員への可視化と周知を図ることが重要となります。ところが当院は,QIの測定に必要なデータの多くが電子カルテに記録されているにもかかわらず,データベースに再度入力をしなければならない非効率な作業が必要でした。そこで,問題の解消に向けて看護師の私が手を挙げ,電子カルテと連携したICUデータベースの構築に取り掛かりました。読者の方の中には,「なぜ看護師が?」と疑問に思う方もいるのではないでしょうか。今回,データベース構築に関与した経験から,看護師がかかわる意義として次の3点があると考えました。

1)診療・看護記録の入力プロセスを知っているため,精度の高いデータ抽出を想起しやすい
2)未加工のデータを実際に見ることで,臨床上の課題に気付く
3)職場のモチベーションの向上や医療・看護の質改善につながる

 そこで本稿では,ICUで働く看護師がデータベースの構築にかかわった経緯と意義,その後どう臨床に還元しているかについて紹介します。

データベースを構築する目的は

 初めに,なぜ私がICUデータベースの構築にかかわったのか,その経緯を述べます。「ベッドサイドで患者に実践している医療者の頑張りを可視化したい,質改善につなげたい」との思いをかねて持っていました。大学院を修了して再度臨床に出てみると,質の維持・改善に多大な労力が費やされているにもかかわらず,それを評価しフィードバックする機会が乏しいことが課題として見えてきました。そこで,QI測定とICUデータベース構築の必要性を師長に伝え,QI委員会発足を契機にデータベース構築に参画しました。

 医学の急速な進歩に伴い,医療者には高度な実践が求められています。一方で,自分たちが提供する医療が果たして「良いのか」「悪いのか」について客観的にフィードバックされる機会は限られているのではないでしょうか。フィードバックを受ければ日々の努力も報われ,改善の余地も見えてきます。「医療や看護の質」に直結するのであれば,なおのことその意義は高いと考えます。

 医療の質には,構造(Structure),過程(Process),結果(Outcome)という「評価」の側面があり,QIはそれぞれを測定します。例えば,米国医療の質改善研究所(Institute for Healthcare Improvement ; IHI)が病院医療のアウトカム変革をめざして展開した「10万人の命を救うキャンペーン」で示された,人工呼吸器関連肺炎(VAP)やカテーテル関連血流感染症(CRBSI)の発生率は「結果としてのQI」であり,ケアバンドルの遵守率は「過程としてのQI」ととらえられます。医療者が提供する医療の良しあしを可視化し,何が充足して何が不足しているかを客観的にフィードバックしてくれるデータは質の改善にはとても重要で,10万人の命を救うキャンペーンでも,例に示したQIを医療者にフィードバックすることが推奨されました1)

 QIを測定し,可視化することで,医療者の頑張りに対しフィードバックをする。フィードバックされた良い頑張りは維持し,足らない部分は改善することで,医療や看護の質の改善につなげていくのが,データベース構築の大きな目的になります。

医療情報企画部との連携で,データベース構築を円滑に実現

 データベースの構築が質改善に役立つと理解できても,現場で何から取り掛かれば良いか,初めは手探りでのスタートでした。当時,電子カルテからのデータの抽出は可能でしたが,電子カルテの特性上,一部のデータしか取り出せず,ICUの質を評価するには乏しい状況でした。だからといって,質を評価する項目をExcelの表に作成し,ICUデータベースとしてデータを入力するのは非効率で現実的ではありません。

 効率的なデータベース構築に向けて道が開けたきっかけは,医師たちが診療科で独自に作成しているデータベースの存在を知ったことでした。それはFileMaker®というアプリケーションを活用したもので,データが見やすく入力も容易です。当院は,FileMaker®が電子カルテのネットワーク上で動作しており,電子カルテと連携させることも可能でした。さらに実際に連携できれば,電子カルテ上のデータを自動的に取り込めることがわかりました。

 そこで私は,電子カルテの運用や構築を担当する医療情報企画部にFileMaker®を活用したICUデータベースの構築を一緒に進めることを提案しました。FileMaker®の簡単な使い方は参考書を読んでできるようになったものの,電子カルテとFileMaker®を連携させる複雑なプログラミングは,専門外。そこは迷わず専門家と共同で進めることにしました。

 医療情報企画部と一緒にICUデータベースの構築に取り組み始めると,看護師が関与する意義が随所に感じられました。日々ベッドサイドで医療を提供する看護師は,診療・看護記録の入力プロセスを熟知しています。どの時点のデータに着目すれば,臨床の実態を反映した精度の高いデータを抽出できるか判断できるため,看護師がデータベース構築にかかわる意義について身をもって感じました。

ポスター掲示でデータを可視化する

 構築したICUデータベースは,全て自動入力とはいきませんが,負担を大幅に軽減できています。当初,QI委員会の看護師で行っていたデータ入力は現在,集中治療医も参画して行っています。データベースを運用すると,未加工のデータを見る機会が増えるため臨床上の課題や問題点の傾向が徐々に明らかになっています。例えば,離床の日数を入力していると,「離床が遅れている患者は長期人工呼吸器装着が多そうだ」など気付くことがあります。臨床上の課題がわかるのは,データベースにかかわる看護師にとっても大きなメリットです。

 その後私は,データベースから皆が注力しているのが明らかになったリハビリテーションに焦点を当て,のポスターを作成しました。幸いにも好評を博し,データの可視化がスタッフのモチベーション向上にもつながる手応えを実感しました。ポスター掲示によってスタッフの意識も少しずつ変化したことから,今年度からは毎月の離床状況をポスターで示していく予定です。

 ICUのデータベースを元に可視化を図ったポスター(筆者作成)(クリックで拡大)
リハビリテーションによる離床状況を図示した。看護師だけでなく,医師や他職種からも「自分たちの頑張りや課題などがわかった」と好評だった。

 今後は,データベース構築の一番の目的である「医療・看護の質改善」が実現できるよう,より効率的なデータベースの構築や可視化を加速させながら適切なフィードバックを実施し,さらには他職種,他部門,他病棟とも協力しながらPDSAサイクルを回して質改善につなげていきたいと思います。

参考文献
1)Institute for Healthcare Improvement. How-to Guide:Prevent Ventilator-Associated Pneumonia.


たもと・みつひろ氏
2011年聖マリア学院大看護学部卒業後,国循ICUに勤務。16年聖マリア学院大大学院看護学研究科修士課程を修了し,同年より現職。今年度より大阪市大大学院医療統計学教室の科目等履修生として医学統計学を学ぶ。関西クリティカルケアコミュニティでもコアメンバーとして活動中。

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