診断エラーの予防:患者協働①(綿貫聡,徳田安春)
連載
2019.06.17
ケースでわかる診断エラー学
「適切に診断できなかったのは,医師の知識不足が原因だ」――果たしてそうだろうか。うまく診断できなかった事例を分析する「診断エラー学」の視点から,診断に影響を及ぼす要因を知り,診断力を向上させる対策を紹介する。
[第6回]診断エラーの予防:患者協働①
綿貫 聡(東京都立多摩総合医療センター救急・総合診療センター医長)
徳田 安春(群星沖縄臨床研修センター長)
(前回よりつづく)
ある日の診療
冬場の救急外来に腹痛を主訴に来院した23歳女性。来院当初,心窩部痛と嘔吐が主訴であった。軟便が1回あったが明確な下痢ではなく,救急外来でアセトアミノフェンを投与され症状は軽快した。救急外来の担当だった私は,「胃腸炎の可能性があります。腹痛が良くならないようならまた医療機関を受診してください」と説明し,患者は帰宅しようとしていた。
そこに指導医が通り掛かり,「あの患者さん,帰ろうとしているけど,どう説明したの?」と私に声を掛けた。「胃腸炎の可能性があることと,痛みが良くならなかったら再来してくださいって伝えました」と答えると,
「そうかあ。胃腸炎って確定診断なの? 良くならなかったら来てくださいって,何日様子を見てほしいのか具体的に伝えたのかな?」
「いえ,胃腸炎はあくまで暫定診断です。具体的には伝えませんでしたが,1日程度経過を見ても腹痛が改善しないなら,もう一度来てもらったほうがいいと思っています」
「それなら患者さんにそのことを具体的に伝えたほうがいいよ。もしかしたら患者さんは違う認識をしているかもしれない」。
第3回(第3314号)に,主な介入策として3つ,認知バイアスへの介入,システムへの介入,患者との協働関係の構築を紹介した。今回はこの中で患者との協働関係の構築について紹介する。
Patient Engagement(患者協働)という概念がある。これは,患者にとってより適した医療が受けられるように,患者自らが医療者と協働することである。Institute of Medicine(全米医学アカデミー)による診断エラーの定義が「健康問題について,正確かつ適時に解釈や説明がなされない」1)となっているように,診断エラーにおいても,適時の診断を目的として正確な病歴を得ることや,患者側の気付きを医療者が適切に認識するための患者とのコミュニケーション,患者との協働関係は大きなテーマである。
患者の意思決定に向けて,患者と医療者が協働する時代へ
医療者と患者の間には健康や医学知識におけるリテラシーの差がある。例えば病状説明一つをとっても,以前は“ムンテラ”と呼ばれる医療者から患者への一方的な説明があるのみで,内容についての理解を十分に促せない状況があった。この次にInformed Consentという概念が登場し,医療者は患者に対して説明を丁寧に行うようになった。しかし現実には,治療方針決定について患者・患者家族側で判断を行うのは難しい状況があり,医療者の意見は価値判断の中で大きな影響を与え,ともするとパターナリズム的な状況になりがちである。
その歴史を経て,医療者が患者と共に意思決定するというShared Decision Makingという概念が普及しつつある。このように意思決定を達成するためには,患者自身の医療に対する深い理解と主体的な参加が必要になってくる。
上記のようなリテラシーの乖離や医療者との関連性により,図1のようなことを患者や患者家族は感じる可能性がある2)。これらを患者・患者家族が感じると,患者が情報提供を十分に行えなかったり,診断プロセスに問題点を発見したときに医療者に伝えるのをためらったりしてしまうだろう。
図1 診断過程において,患者・患者家族が問題と感じたり違和感を持ったりする可能性のある内容(文献2をもとに作成)(クリックで拡大) |
患者協働を進めるための概念
協働関係の構築が難しい状況を改善するために,「Patient as a partner」という理解のもと,診断プロセスのチームワークの中心には患者と患者家族があり,その周囲に診断医,医療専門職がかかわりチームを形成することが提唱されている(図2)。このような関係性の中で患者と患者家族に,迅速かつ正確な診断を行う上で有益な情報を提供してもらうことは“診断精度”の向上につながる。それだけでなく,ケアプロセスにおけるShared Decision Makingの改善は,患者の嗜好やニーズ,価値を尊重したケアの提供につながり,患者中心性の向上につながるとされる3)。
図2 診断プロセスにおける診断チームの構成(文献1をもとに作成) |
診断チームの中心に患者と患者家族を据え,その周りに診断医,他の医療専門職がかかわり,チームとしての役割を果たすことが提案されている。 |
診断プロセスにおける患者協働の具体的な方法としては下記の3つの方略が有効である4)。
・患者や患者家族に対し,診断プロセスに関する理解を促す
・患者が協働しやすい診療環境づくり ・患者と患者家族に,組織の医療の質改善に参画してもらう |
では,具体的に医療者側からのアプローチとして,どのような作業が必要になるのかを考えてみよう。
◆診断の不確実性を共有する
医療者が暫定的な診断として伝えた内容であっても,病名が告げられた瞬間,患者や患者家族があたかも最終診断であるかのようにとらえてしまうことが間々ある。暫定診断が不確実なものであり,最終診断が変わる可能性は明確に伝えられるべきである。
◆患者のヘルスリテラシーを考慮した対応を行う
同じ病名であっても医療者と患者の間のリテラシーには異なりがある。低いヘルスリテラシーは患者中心性を損ないやすいという研究結果5)もある。
医療者は信頼できる一次・二次資料などを用いて情報を収集する傾向がある一方で,患者はどのような資料を見て情報収集をしているだろうか? もしかしたら,同じ病名を聞いても医療者と患者の理解は全く異なるのかもしれない。暫定診断の具体的なclinical courseや,経時的な観察の必要性,暫定診断のclinical courseから外れたときには再来してもらう必要があることも,併せて伝えたい内容である。
次回は,病状説明における工夫に加えて,患者側が診断プロセスに主体的にかかわるための医療者ができる手法について考える。
診療その後
指導医に「一緒に行ってみよう」と声を掛けられ,帰宅しようとしている患者を呼び止めた。患者に対して,先程の説明をどのように理解しているか確認したところ,胃腸炎が確定的な診断だと考え,良くならなかったとしても3日くらいは様子を見たほうが良いと解釈していたとわかった。説明を改めて行い,胃腸炎はあくまで暫定診断であり,診断が変わる可能性があること,1日程度の経過観察で改善がない場合には再来してほしいと伝え,帰宅となった。その後,症状が改善しないことから患者は救急外来に再来した。虫垂炎と最終診断され入院となった。
今回の学び
・医療者と患者の間には健康や医学知識におけるリテラシーの差があり,この差からくる認識のズレにより,診断の遅れが生じる可能性がある。 ・医療者が診断を下す場合,それがあくまで暫定的な診断で不確実なものなのか,確定診断なのかを具体的に伝える必要がある。 ・症状の不確実性を補うために,適切な経過観察は一つの診断の方略になり得る。しかしながら,再診察のタイミングや,改善しない場合の再来のタイミングなどについては医療者が患者に具体的に伝える必要がある。 |
(つづく)
参考文献
1)Balogh EP, et al. Improving Diagnosis in Health Care. National Academies Press. 2015.
2)BMJ Qual Saf. 2013[PMID:23893394]
3)AHRQ.The CAHPS Ambulatory Care Improvement Guide.2017.
4)柏木秀行.Patient Engagementと患者安全.医療の質・安全会誌.2018;13(1):49-52.
5)PLoS One. 2017[PMID:28886146]
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