症例共有と臨床教育のための症例プレゼンテーション(本田優希)
連載
2019.03.11
スマートなケア移行で行こう!
Let's start smart Transition of Care!
医療の分業化と細分化が進み,一人の患者に複数のケア提供者,療養の場がかかわることが一般的になっています。本連載では,ケア移行(Transition of Care)を安全かつ効率的に進めるための工夫を実践的に紹介します。
[第5回]症例共有と臨床教育のための症例プレゼンテーション
今回の執筆者
本田 優希(獨協医科大学病院総合診療科)
監修 小坂鎮太郎,松村真司
(前回よりつづく)
CASECOPD急性増悪で入院となった80歳男性(詳細は第2回・3301号参照)。 |
入院時のカルテ記載(第3回・3305号),指示簿の記載(第4回・3309号)を終えると,次はカンファレンスで診療科のスタッフと情報を共有することが必要です。プレゼンテーションにはどのような工夫をすべきでしょうか。
プレゼンはケア移行のキモ
症例プレゼンテーション(以下,プレゼン)は,入院担当チーム内でのカンファレンスや病棟回診,担当や勤務の引き継ぎ時の申し送り,コンサルテーションなど,日常の病棟診療におけるケア移行で頻繁に行われる,症例共有の必須技能です。医師―医師,看護師―医師間を中心に,多職種連携の技能としても重要です。
また,プレゼンは臨床教育のツールとしても重要な役割を果たしています。プレゼンターはプレゼン準備を通じて学習の機会となり,指導医はプレゼンによる研修医評価を通じて自己の指導の振り返りにもなるのです1)。
米国では,内科臨床実習(Bed Side Learning;BSL)において指導医が最も重視する能力がプレゼン能力です2)。本邦でも,2020年度から開始される臨床実習後OSCE(Post-CC OSCE)の課題にプレゼンが組み込まれ,卒前教育においても重視されています。しかしながら本邦ではその教育や評価の手法は確立されておらず,学習の機会がなかなかないのが現状です。
良いプレゼンのための「伝え方」と「内容」
プレゼンを構成する要素は,伝え方(デリバリー)と内容(コンテンツ)の2つです。
伝え方において意識するのは,速度,声調・声量,間合い,視線・表情,姿勢・身振り,時間の6つです。いかに論理的で明快な内容であっても,小声・早口で視線を合わせず話しては聞き手には伝わりません。
内容は,①一文サマリー,②病歴(Subjective data),③身体・検査所見(Objective data),④アセスメント(Assessment),⑤プラン(Plan)の5つに分類できます。
次に,本症例でのプレゼン例と,その要点を解説します。
①一文サマリー
【例】病院受診歴のない重喫煙者の80歳男性で,3日前から出現し徐々に増悪する発熱,咳嗽,膿性痰,呼吸困難を主訴に救急搬送されました。 |
【解説】一文サマリーとは,プレゼンの冒頭で患者ID(Identifying Data:年齢や性別といった基本情報),主訴とその持続期間,関連する既往歴などをまとめて述べる導入部分のこと。この部分はプレゼンを決定的に方向付けます。本症例では,肺炎,COPD急性増悪の診断につながるよう,COPDに関連する重喫煙歴を盛り込みます。
②病歴(S),③身体・検査所見(O)
【例】来院2か月前から100 m程度の歩行で息切れが出現するようになっていました。3日前から咳嗽が出現し,2日前から発熱と黄色痰を伴うようになり,今朝から呼吸困難も加わったため救急搬送されました。悪寒戦慄や夜間呼吸困難,起坐呼吸,浮腫はありませんでした。医療機関受診歴や健診受診のない方で,既往歴や常用薬は特にありません。喫煙者で,40本/日,50年間の重喫煙歴があります。
バイタルサインは,体温38.8℃,血圧140/90 mmHg,脈拍100/分,呼吸数28/分,SpO2は鼻カニュラ2 L/分の酸素投与で92%です。頚静脈怒張はなく,気管の短縮があります。呼吸様式は口すぼめ呼吸で呼気が延長しています。両肺野全体でGrade 2のWheezesを聴取し,右下肺野では全吸気でのCracklesを聴取します。心音に異常はなく下腿浮腫もありません。 血液検査でWBC 16,000/μL,CRP 16.2 mg/dLと炎症反応の上昇を認め,動脈血液ガスは酸素2 L/分投与下でPaCO2 40.5 mmHg,PaO2 86.0 mmHgでした。喀痰グラム染色では貪食像を伴うグラム陰性桿菌を多数認めました。胸部X線では右下肺野の浸潤影と両肺の過膨張を認めました。 |
【解説】要点は,プロブレムの診断や治療方針にかかわる情報(下線で示した部分)に絞り,陰性所見も意識して盛り込むことです。陽性所見(例えば肺炎における発熱や聴診でのCrackles)の漏れは少ない一方で,陰性所見は意識しないと抜けやすいと言われています。例えば,鑑別診断としてうっ血性心不全が挙がるのであればIII音や下腿浮腫がないことは必須の情報ですが,心不全を想定していなければ漏れてしまう可能性があります。
①での「関連する既往歴」や,②,③での「関連する陽性・陰性所見」は,症例のプロブレムや鑑別診断に関連するのはどの情報なのかがわからなければ,適切に述べることはできません。すなわち,良いプレゼンのためには「臨床推論能力」が必要であり,逆にプレゼンを聞くことでプレゼンターの臨床推論能力を評価することができます。
④アセスメント(A),⑤プラン(P)
【例】プロブレムリストとして,#呼吸不全,#市中肺炎,#COPD急性増悪を挙げます。 呼吸不全に関しては,発熱,右下肺野のCrackles,胸部X線での浸潤影から肺炎と診断しました。また,重喫煙歴と慢性的な労作時息切れの病歴,口すぼめ呼吸や呼気延長,気管の短縮,両肺のWheezes,X線での肺過膨張所見から,未診断のCOPDが背景にあり,肺炎を契機に急性増悪した可能性が高いと考えます。鑑別診断として喘鳴を伴う呼吸不全を来す気管支喘息発作や心不全が挙がります。 肺炎に関してはA-DROP 1点と軽症です。市中肺炎でCOPDが背景にあるものと考えており,グラム染色から原因菌としてインフルエンザ桿菌を疑い,セフトリアキソン1 g,24時間ごとの点滴投与で治療を開始します。 COPD急性増悪に関しては,サルブタモールの吸入を1日4回,プレドニゾロン40 mg/日で治療を開始します。 |
【解説】アセスメントでは,プロブレムリストを挙げ,鑑別診断を述べます。鑑別診断は最も疑われる疾患とその根拠を述べるとともに,除外すべき他の疾患を数個挙げることを意識します。肺炎,COPDに関しては分類や重症度に言及します。プランの要点は,具体的に述べ,日時や薬剤の用法・用量などを曖昧にしないことです。
プレゼンの型を状況に応じて使い分ける
表に示すように,目的と状況に応じてプレゼンの型を使い分けるのが良いと考えられます。
表 状況・目的に応じたプレゼンテーションの型(クリックで拡大) |
医療パフォーマンスと患者安全を高めるためのチーム戦略の枠組みとして,TeamSTEPPS(Team Strategies and Tools to Enhance Performance and Patient Safety)があります6, 7)。
その基本原理のコミュニケーション法としてSBAR(Situation,Background, Assessment,Recommendation)があり,本邦でも普及してきています。患者の状況,背景,報告者の評価,報告者からの提案・要求という枠組みに従ったプレゼンに統一することで,患者観察の視点や伝達方法を共有でき,プレゼンター個々の能力に依存しない,わかりやすい情報伝達が可能になります。コミュニケーションエラーを防ぎ,患者安全につながることも期待できます。
POINT
●プレゼンの目的は症例の共有と臨床教育である。 ●良いプレゼンのためには,構成を意識し,各構成要素の要点を押さえることが重要である。 ●状況に応じてプレゼンの型を適切に使い分ける。 |
(つづく)
引用文献・URL
1)Med Teach. 1987[PMID:3683140]
2)Kaohsiung J Med Sci. 2008[PMID:18805750]
3)Am J Med. 1997[PMID:9217672]
4)Yurchak PM. A guide to medical case presentations. Resident Staff Physician. 1981;27:109-15.
5)Arch Pediatr Adolesc Med. 1999[PMID:9988240]
6)AHRQ. TeamSTEPPS.
7)TeamSTEPPS Japan Alliance.
推薦図書・URL
・齋藤中哉.臨床医のための症例プレゼンテーション A to Z.医学書院;2008.
・Billings JA, et al. The Clinical Encounter:A Guide to the Medical Interview and Case Presentation. 2nd ed. Mosby;1999.
・米カリフォルニア大サンディエゴ校(UCSD)の医学部生向けウェブサイト:UCSD's Practical Guide to Clinical Medicine. Overview and General Information about Oral Presentation.
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