診断エラーが起こる背景(綿貫聡,徳田安春)
連載
2019.02.18
ケースでわかる診断エラー学
「適切に診断できなかったのは,医師の知識不足が原因だ」――果たしてそうだろうか。うまく診断できなかった事例を分析する「診断エラー学」の視点から,診断に影響を及ぼす要因を知り,診断力を向上させる対策を紹介する。
[第2回]診断エラーが起こる背景
綿貫 聡(東京都立多摩総合医療センター救急・総合診療センター医長)
徳田 安春(群星沖縄臨床研修センター長)
(前回よりつづく)
診断の見逃し,間違い,遅れなど,診断についてトラブルが生じたとき,背景にどのような原因があるだろうか。私たちの経験では,「医師個人の資質の問題(知識不足・技術不足)が大きい」ととらえられてしまう場合が多いと思われる。しかし,果たしてそうだろうか。今回は診断エラーが起こる背景をひもときたい。
知識不足・技術不足が原因の診断エラーはごくわずか
日本の三次医療機関に当たる,米国のtertiary care centerでの後ろ向き臨床研究1)で,100事例の診断エラーにおける592件の要因が分析されている。論文によると,エラーの内訳は図1の通りであった。
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図1 診断エラーの内訳(文献1より作成) |
診断エラーのうち,個人の知識不足・技術不足によるものは全体のわずか1.9%(11件)であった。診療医の経験や医療機関の状況などにより比率は異なるであろうが,診断エラーの発生には知識不足・技術不足以外,つまり認知バイアスやシステムの問題が大きく影響する可能性を示した画期的な研究である。この研究結果からは,知識不足・技術不足が解消された,熟練した医師であっても診断エラーを回避できないという厳しい事実が見えてくる。
「エラーを犯した人は,結果的にエラーに直面させられただけの不幸な人かもしれない」。そのようにとらえて診断エラー事象を眺めてみると,診断エラーの裏に隠れている複数の要因がよく見えてくるだろう。
なぜ,診断エラーが起こるのか
さて,診断エラーが起こる理由に話を移したい。大きく分けて3つの原因がある。
1)診断プロセスの複雑性
診断プロセスとは診断を考える過程である。正しい診断から適切なマネジメントにつなげる上で非常に重要となる。図2に示すように,健康問題発生から結果まで多くのステップがある。
図2 診断プロセスの流れ(文献2より作成) (クリックで拡大) |
特に情報収集,情報統合・解釈,暫定診断の3つの過程が重要な部分を占める。この段階は認知バイアスやシステムの影響を受けやすい。そのため,正確に診断を行うのは難しいと言われている。
また,健康問題が発生してから受療行動までの段階で問題が生じた場合,影響が後ろの行程に引き継がれ,結果として大きな事象につながる恐れがある。例えば,患者が最初に受診した医療機関で医療者と関係をうまく構築できず,医療者に強い陰性感情を抱いた状態で次の診察を行うことになった場合,情報収集や情報統合の段階に悪い影響を与える可能性がある。一方で,それぞれの行程で前段階の評価が見直されることにより,状況が改善する可能性もある。
しかしながら,認知バイアスやシステムの影響などが相まって,それぞれの行程で確認されるべき問題点が運悪くすり抜けていった場合,最終的に診断エラーが生じることとなる。小さな問題点が重なり,大きな問題につながっていくスイスチーズモデルのような状況が生じてしまうのである。
2)認知バイアスの影響
ノーベル経済学賞を受賞した米国の行動経済学者,ダニエル・カーネマンが書いた『Thinking, Fast and Slow』(邦訳『ファスト&スロー』,早川書房)では,人間の心理学的な特性が述べられている。直観的に働くSystem 1と,分析的に働くSystem 2の2つを駆使し,人間は日々の決断を行っている。
表に示す通り,System 1の利点は決断が早いことである。System 2は正確性が高いとされるが,決断までに時間がかかる。日常生活や臨床現場の多くの場合で私たちはSystem 1を無意識的に活用しており,恩恵にあずかっている。System 1を活用した直観的な判断を「ヒューリスティック」と呼ぶ。
表 System 1とSystem 2の特徴 |
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ヒューリスティックの典型は,高血圧で肥満の50代男性が30分前から続く胸部絞扼感で救急外来を受診したとき,診断に急性心筋梗塞がひらめくようなものである。しかしながら,ヒューリスティックは万能ではなく,非典型な症例に弱い。例えば,胃腸炎が非常にはやっている冬場の混雑した救急外来で,80代の女性が嘔吐で受診した場合がそうだ。下痢の訴えがなくても,状況から急性胃腸炎と診断し,帰宅と判断を下してしまうことがあるかもしれない。のちに症状が悪化して再来,急性心筋...
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