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第3306号 2019年1月21日


ケースでわかる診断エラー学

「適切に診断できなかったのは,医師の知識不足が原因だ」――果たしてそうだろうか。うまく診断できなかった事例を分析する「診断エラー学」の視点から,診断に影響を及ぼす要因を知り,診断力を向上させる対策を紹介する。

[第1回]診断エラーとは何か

綿貫 聡(東京都立多摩総合医療センター救急・総合診療センター医長)
徳田 安春(群星沖縄臨床研修センター長)


ある日の診療

 1月△日(土曜日)。準夜帯の混雑した救急外来は,診察待ちの患者で溢れかえっていた。隣の部屋では酩酊後に階段から転落した若年男性が騒いでいる。その隣の部屋では化学療法後の高齢女性が発熱で来院し診察を待っている。外には診察待ちの救急車が3台並んでいる。受診希望の電話も鳴り止まず,救急外来はやや殺伐とした雰囲気であった。

 間の悪いことに,当直の医師は前日からやや風邪気味で,体調が悪いことを自覚していた。当直を代わってもらうこともかなわず,そのまま勤務に入ることになった。

 未治療の高血圧と糖尿病を持つ70歳の男性が,「胸が痛い」と言って救急外来に歩いてやってきた。この患者さんは過去に,さまざまな訴えで救急外来を頻回に受診していた。そのたびに違う医師が診察し,身体的には問題がないとのことで帰宅判断になることが多かった。△日までの1週間で,4回目の来院であった。

 バイタルサインはJCS 0,呼吸18回/分,脈拍80回/分・整,血圧130/70 mmHg,体温36.4℃,SpO2 95%(room air)。全身状態は良好で,一般身体所見上は頭頸部,胸部,腹部と異常を認めなかった。受診歴をひもとくと,前日にも「胸が痛い」との訴えで来院していた。心電図と採血では問題を認めず,帰宅判断となっていた。忙しい診察の中で,「昨日は同じ症状で問題なかったし,今日もおそらく身体的な問題はないだろう」と判断し,説明もそこそこに,帰宅判断とした。


 この連載をご覧になる医師の中で,今まで診断についてトラブルが生じたことがない,という方はおそらく一人もいないだろう。日常,現場で働く臨床医の皆さんは,自らの判断によって診断に関するトラブルが生じたり,いつもの自分の能力なら問題なかったはずなのに,なぜか診断をうまく付けることができなかったりと,腑に落ちない悔しい思いをされた経験があるのではないだろうか。

 また,診断についてトラブルが生じたときに,自らの能力不足・知識不足を過剰に恥じ,ともすると自分の能力や知識,注意の不足だけがエラーの要因だと解釈してはいないだろうか。さらに,自分の周りで診断に関するトラブルが生じた際に,「トラブルを起こした個人の資質や努力不足に問題がある」と決めつけてしまったことはないだろうか。実は,私(綿貫,以下同)も以前にそうしてしまったことが何回もあった。しかしながら,必ずしも能力や知識の不足だけが原因ではないという研究が海外で発表されており,啓発活動や対策の立案が進んでいる。

診断トラブルの原因と対策を正しく理解するために

 個々の医師が,診断についての能力を向上させるために努力することは当然の責務と私は考えている。学習方法の1つとして,疾患スクリプトと呼ばれる疾患ごとの来院時の典型的な経過を覚えたり,見逃しがちな非典型的な来院経過を学んだりすることは確かに有効な戦略である。そういった書籍や症例報告は近年,日本語でも多く出版されている。

 しかしながら,あらゆる知識を習得することは現実的には不可能である。さらに,医師が努力しているにもかかわらず,診断にトラブルが生じてしまったという,振り返りきれない事象がある。知識としては持っているはずなのに,なぜか診断できなかったというトラブルに,私は常々悩まされていた。

 そんな中で,私は診断エラー(diagnostic error)という概念を知った。米国で開催されている国際診断エラー学会(Diagnostic Error in Medicine International Conference)に2014年から参加し1),診断エラーという概念を継続的に学習している。診断に関するトラブルが生じたときに,どのような点に問題があったのか,また,どのような対策が必要かを理解する言葉や概念,知識を得ることができた。理解が深まるにつれて,自分の中でうまく振り返りもできるようになった。

「診断エラー」の定義

 「診断エラー」について,米国医学研究所は,次のように定義している2,3)

患者の健康問題について正確で適時な解釈がなされないこと,もしくは,その説明が患者になされないこと

 特筆すべきは,診断を下すという決断の中に,「患者への説明」が含まれていることである。説明には患者の理解が含まれ,診断エラーがあったかどうかについては医療者側が単独で決定するものではないと示されている。

 患者と家族に,患者の健康問題について説明し,コミュニケーションを図り,患者のケアに関する意思決定を協働して行う(shared decision making)必要がある。

 また,国際診断エラー学会のpresidentであったMark Graberは診断エラーに関して3分類を示している4)

①診断の見逃し(missed diagnosis):本当はAという疾患に罹患しているが,罹患していないと診断した

②診断の間違い(wrong diagnosis):Aという疾患をBという別の疾患であると診断した

③診断の遅れ(delayed diagnosis):Aという疾患の診断が適切なタイミングで行われず,遅れてしまった

 3つの分類には重なりがあり,診断エラー全体を満たすように設定されている。実際の診断エラーの事例ではどれか1つに当てはめることは不可能なこともあり,3つの要素のうち複数を満たす事例も多く存在する。

 私がこの中で特に難しいと思うのは,③の「診断の遅れ」である。日本でも「後医は名医」との格言があるように,診断における重要な手掛かり(diagnostic clue)が診断過程の初期の段階ではそろわず,後からそろってくることは一般的である。診断の見逃しや診断の間違いについても同様の状況にある。

 わかりやすい例としては,忙しい救急外来やプライマリ・ケアの現場で付けられた暫定診断(working diagnosis)は,高次な医療機関に所属する経験豊かな専門家の側から,時系列でより後に,「誤りがあった」と指摘されやすい。

 その一方で,「後出しジャンケン」になりやすい状況の中で,暫定診断に診断エラーが存在したかどうかを正確に定量化するのは非常に困難な作業である。診断エラーの定量化については現在も試行錯誤が続いている。

良くない転帰に至った原因と,現実的な対策に向けて

 さて,冒頭に紹介した救急外来患者さんである。帰宅判断とした医師の決断を,あなたはどのように思っただろうか?

 前日の受診時にそうであったように,今回の受診も患者さんは身体的には何も問題がなかったかもしれない。そして後日,違う訴えで救急外来にまた来院するかもしれない。しかし,今回の判断の結末が,急性心筋梗塞による胸痛であったと後日判明するかもしれない。

 「胸が痛い」と訴える患者を診たときに,急性心筋梗塞を鑑別診断に挙げない医師はおそらくいないだろう。また,急性心筋梗塞を適切に診断できなかった場合,どのような望ましくない事態が起こるか理解していない医師も少ないだろう。しかしながら,現実には「胸が痛い」と言って来院した患者の診察で,急性心筋梗塞を除外する作業をスキップする判断が行われ,一定の割合で良くない転帰が生じる可能性がある。

 では,良くない転帰が生じた場合に,問題はどこにあるのだろうか? その場で判断した医師のみに責任があるのだろうか? さまざまな背景の存在を考慮する必要はないだろうか? さまざまな制約がある医療現場で現実的な解法を得るには,どのように対策するのが良いのであろうか?

 そこで,この連載を通じて,読者の皆さんと一緒に診断エラーについて考えていきたいと思う。私が学習した「診断エラー学」を皆さんと共有することで,読者が下記の3点を達成することを目標としたい。

連載の目標

・なぜ診断についてトラブルが生じてしまうのか,その理由を知る
・診断についてトラブルが生じた事例に対して,適切に振り返れる
・診断についてトラブルが起こりやすい状況を改善するために,どのような工夫が効果的か知る

つづく

参考文献
1)綿貫聡,徳田安春.診断エラーを減らすために,我々は何ができるか?――「Diagnostic Error in Medicine 7th International Conference」に参加して.総合診療.2015;25(3):300-1.
2)Balogh EP, et al. Improving Diagnosis in Health Care. National Academies Press;2015.
3)綿貫聡.診断エラーとは何か?.医療の質・安全学会誌.2018;13(1):38-41.
4)Arch Intern Med. 2005[PMID:16009864]


わたぬき・さとし氏
2006年慈恵医大卒。都立府中病院にて初期・後期研修。12年より都立多摩総合医療センターにて,救急診療科,総合内科,リウマチ膠原病科を兼務。16年より現職。うまく診断できなかった事例「診断エラー」の理解を啓発する講演多数。共著に『魁!! 診断塾――東京GIMカンファレンス激闘編』(医学書院)がある。

とくだ・やすはる氏
1988年琉球大医学部卒。沖縄県立中部病院,聖路加国際病院,筑波大病院水戸地域医療教育センター,地域医療機能推進機構研修センター長などを経て,17年より現職。米国で研究が進む「診断エラー学」にいち早く着目し,日本への紹介に尽力している。『症候別“見逃してはならない疾患”の除外ポイント――The 診断エラー学』(医学書院)を編集。

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