診断エラーとは何か(綿貫聡,徳田安春)
連載
2019.01.21
ケースでわかる診断エラー学
「適切に診断できなかったのは,医師の知識不足が原因だ」――果たしてそうだろうか。うまく診断できなかった事例を分析する「診断エラー学」の視点から,診断に影響を及ぼす要因を知り,診断力を向上させる対策を紹介する。
[第1回]診断エラーとは何か
綿貫 聡(東京都立多摩総合医療センター救急・総合診療センター医長)
徳田 安春(群星沖縄臨床研修センター長)
ある日の診療
1月△日(土曜日)。準夜帯の混雑した救急外来は,診察待ちの患者で溢れかえっていた。隣の部屋では酩酊後に階段から転落した若年男性が騒いでいる。その隣の部屋では化学療法後の高齢女性が発熱で来院し診察を待っている。外には診察待ちの救急車が3台並んでいる。受診希望の電話も鳴り止まず,救急外来はやや殺伐とした雰囲気であった。
間の悪いことに,当直の医師は前日からやや風邪気味で,体調が悪いことを自覚していた。当直を代わってもらうこともかなわず,そのまま勤務に入ることになった。
*
未治療の高血圧と糖尿病を持つ70歳の男性が,「胸が痛い」と言って救急外来に歩いてやってきた。この患者さんは過去に,さまざまな訴えで救急外来を頻回に受診していた。そのたびに違う医師が診察し,身体的には問題がないとのことで帰宅判断になることが多かった。△日までの1週間で,4回目の来院であった。
バイタルサインはJCS 0,呼吸18回/分,脈拍80回/分・整,血圧130/70 mmHg,体温36.4℃,SpO2 95%(room air)。全身状態は良好で,一般身体所見上は頭頸部,胸部,腹部と異常を認めなかった。受診歴をひもとくと,前日にも「胸が痛い」との訴えで来院していた。心電図と採血では問題を認めず,帰宅判断となっていた。忙しい診察の中で,「昨日は同じ症状で問題なかったし,今日もおそらく身体的な問題はないだろう」と判断し,説明もそこそこに,帰宅判断とした。
この連載をご覧になる医師の中で,今まで診断についてトラブルが生じたことがない,という方はおそらく一人もいないだろう。日常,現場で働く臨床医の皆さんは,自らの判断によって診断に関するトラブルが生じたり,いつもの自分の能力なら問題なかったはずなのに,なぜか診断をうまく付けることができなかったりと,腑に落ちない悔しい思いをされた経験があるのではないだろうか。
また,診断についてトラブルが生じたときに,自らの能力不足・知識不足を過剰に恥じ,ともすると自分の能力や知識,注意の不足だけがエラーの要因だと解釈してはいないだろうか。さらに,自分の周りで診断に関するトラブルが生じた際に,「トラブルを起こした個人の資質や努力不足に問題がある」と決めつけてしまったことはないだろうか。実は,私(綿貫,以下同)も以前にそうしてしまったことが何回もあった。しかしながら,必ずしも能力や知識の不足だけが原因ではないという研究が海外で発表されており,啓発活動や対策の立案が進んでいる。
診断トラブルの原因と対策を正しく理解するために
個々の医師が,診断についての能力を向上させるために努力することは当然の責務と私は考えている。学習方法の1つとして,疾患スクリプトと呼ばれる疾患ごとの来院時の典型的な経過を覚えたり,見逃しがちな非典型的な来院経過を学んだりすることは確かに有効な戦略である。そういった書籍や症例報告は近年,日本語でも多く出版されている。
しかしながら,あらゆる知識を習得することは現実的には不可能である。さらに,医師が努力しているにもかかわらず,診断にトラブルが生じてしまったという,振り返りきれない事象がある。知識としては持っているはずなのに,なぜか診断できなかったというトラブルに,私は常々悩まされていた。
そんな中で,私は診断エラー(diagnostic error)という概念を知った。米国で開催されている国際診断エラー学会(Diagnostic Error in Medicine International Conference)に2014年から参加し1),診断エラーという概念を継続的に学習している。診断に関するトラブルが生じたときに,どのような点に問題があったのか,また,どのような対策が必要かを理解する言葉や概念,知識を得ることができた。理解が深まるにつれて,自分の中でうまく振り返りもできるようになった。 ...
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