医学界新聞

2019.02.11



Medical Library 書評・新刊案内


ERのクリニカルパール
160の箴言集

岩田 充永 著

《評者》山中 克郎(諏訪中央病院総合内科/院長補佐)

起こりうる最悪の事態を想定し備えよ

 著者の岩田充永先生と藤田医大の救急室で一緒に働いていたことがある。リーダーとして冷静沈着に救急室全体に目を配り,安全かつ迅速に救急処置が行われるよう若手医師に指示をしていたのが印象的である。私自身,何度も助けてもらった。

 覚せい剤常用患者がひどい呼吸苦のため,警察の取調室から救急室に搬送された。発熱,頻脈,発汗があり喘鳴が聞こえる。喘息の治療をしたが一向によくならない。原因が何なのか迷っていたら岩田先生が救急室に現れ,交感神経優位の中毒症状から覚せい剤の多量使用と診断し,ジアゼパムを用いて症状は急速に改善した。

 「意識障害+体温上昇+頻脈」があれば,「熱中症,甲状腺クリーゼ,悪性症候群,セロトニン症候群,薬物中毒(アンフェタミンなど交感神経を刺激する薬剤),敗血症」を鑑別診断として考えるべきである(ミニパール19)ことを私は初めて学んだ。

 後でわかったことだが,アパートの部屋に覚せい剤を保管していることが見つかりそうになり,警察が部屋に踏み込む直前に証拠隠滅のため覚せい剤を飲み込んでしまったらしい。

 ERで頻発する急変パターンを認識し,「起こりうる最悪の事態を想定しておく」訓練が大切だという。急変の実例として心筋梗塞後の心室細動(除細動器を準備),急性心筋梗塞からの徐脈+ショック(経皮ペーシング),下壁梗塞にニトログリセリン投与→血圧低下(補液),くも膜下出血→再破裂による心室細動(除細動器を準備),くも膜下出血→嘔吐+窒息(気道確保),薬剤→アナフィラキシーによる窒息・ショック(アドレナリン筋注),口腔内出血→窒息(気道確保),吐血→ショック(徐脈になってきたら心停止が近い。アトロピン投与と輸血・心肺蘇生の準備)などが重要パールとして示されている(パール13)。

 どれも救急室で起こりそうな事態である。「備えよ常に(be prepared)」はボーイスカウトの標語であるが,このように緊急事態を常に考えながら備えることが重要であろう。

 頻度は低いが致死的ゆえに大切な失神の原因は,急性大動脈解離,肺塞栓症というパール(パール22)も,ERで岩田先生から学んだ大切な教訓だ。失神患者を診察するときはいつも,この言葉を思い出している。

 岩田先生は努力の人である。救急診療を勉強するために,名古屋での診療が終わってから福井まで出掛け,寺澤秀一先生や林寛之先生の夜勤を見学しながら救急診療を勉強したと聞いている。また名古屋の病院での勤務で遭遇した救急患者への治療が妥当であったかどうかを,お二人の先生にメールでアドバイスをもらいながら改善を積み重ねたという。恵まれた環境になくても,努力次第で一流の救急医になることができることを示している。

 この本を通読して大切な箇所に印をつけ,それらをノートに書き出し,何度も読み返すのがよいだろう。救急室での診療をアップグレードしたい,やる気のある指導医と若手医師は必ず読むべき本として強く推薦したい。

B6・頁176 定価:本体2,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03678-8


診断力が高まる
解剖×画像所見×身体診察マスターブック

Sagar Dugani,Jeffrey E. Alfonsi,Anne M. R. Agur,Arthur F. Dalley 編
前田 恵理子 監訳

《評者》皿谷 健(杏林大講師・呼吸器内科学)

統合的アプローチを学べる必読の書

 本書の書評を前田恵理子先生から依頼された際に,軽い気持ちでお受けしたのだが,初めて手にしたとき,その本の中身の濃さと重量感(408ページ!)がどっしりと伝わってきた。いつも多施設が集まる症例検討会では放射線科医としてキレッキレの読影をされる前田先生らが総力を挙げて翻訳された本である。本書は臨床での統合的アプローチ,胸部,腹部,骨盤部,背部,上肢と下肢,頭頸部の合計7つの章に分かれ,各章では解剖学,診察(身体所見),検査所見,画像所見,検査前確率を予測するスコアリング,特殊検査まで網羅しており他書に類を見ない。各章では実際の症例が提示され,どのように多角的に評価すべきかを,定義,疫学,原因,鑑別診断の基本事項に加え,症状,身体所見,検査所見まで含めて解説されている。

 例えば強直性脊椎炎の症例では,典型的な靱帯骨棘形成での特殊検査として変形Schober試験(p.226)やHLA-B27の測定まで記載され,疾患を丸ごととらえようとする意気込みが感じられる本である。特筆すべきは,Clinical Pearlが随所にちりばめられており,その内容は患者のマネジメント,診断,検査結果の解釈にまで及ぶ。例えば,「大腸内視鏡検査は憩室炎の急性期には穿孔のリスクがあるため禁忌である。炎症性腸疾患や悪性腫瘍を除外するため,6週間が経過したあとに行うべきである」という短文で“ずばっと”迫ってくるものや,心囊液貯留患者の心タンポナーデ移行のリスク評価における奇脈の重要性,その所見の取り方の記載がある。一方,ユニークな切り口のPearlも多々あり,例えば,消化管悪性腫瘍の身体診察において人名に由来する5つの医学的徴候が挙げられている(下記)。

1.左鎖骨上リンパ節(Virchow node)の触知,2.左腋窩リンパ節(Irish node)の触知,3.臍に突出する播種結節(Sister Mary Joseph node),4.直腸診で腫瘤を触知する場合,Douglas窩への播種が示唆される(Blumer shelf),5.卵巣転移(Krukenberg腫瘍)

 呼吸器が専門の私にとって,診断スコアは初めて目にするものも多かった。例えば急性膵炎のベッドサイドのリスク分類BISAP(p.114),アルコール性肝炎の患者における副腎皮質ステロイドによる治療効果の予測(p.122),C型肝炎,HIV,慢性アルコール性肝障害のある入院患者の肝硬変の予測に使用するAST to platelet ratio index(APRI)(p.125)など,実践的な内容となっている。

 本書はこれから臨床経験を積む学生,研修医,若手医師のみならず,専門医として各科で活躍中のベテラン医師まで,再度多角的に病態をとらえ,患者を効率よく診断し,マネジメントするために有用な必読書となるだろう。

B5・頁408 定価:本体5,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03627-6


印象から始める歩行分析
エキスパートは何を考え,どこを見ているのか?

盆子原 秀三,山本 澄子 著

《評者》江原 義弘(新潟医療福祉大副学長)

逸脱した動き,主原因,分析がまとまった第4章は圧巻

 この本は著者の盆子原秀三氏がKirsten Götz-Neumann氏の講演に触発され,歩行介入を効果的に実施してほしいと願い,長年にわたる臨床での試行錯誤を凝縮して意欲ある理学療法士たちのために書籍化したものである。

 私は2001年ごろに英国で開催された動作解析装置のソフトウエア講習会でKirsten氏と知り合い,彼女が米国のRancho Los Amigos National Rehabilitation Centerを拠点とする歩行分析講師の会(O.G.I.G.)の会長として講演活動をしていることを知った。彼女に誘われてドイツでの講演会に参加したところ,その講演の内容がぜひとも日本の理学療法士に必要なものであることを確信し,彼女を日本に招待し山本澄子氏らとともに日本各地で「観察による歩行分析セミナー」と称した講演会を開催した。講演は大評判となった。

 この講演に刺激を受けたのが月城慶一氏であり,彼はKirsten氏が出版したばかりのドイツ語の著書『Gehen verstehen――Ganganalyse in der Physiotherapie』をあっという間に和訳した。同様に彼女に大いに刺激を受けたのが盆子原氏である。彼も2003年に東京の両国で彼女の講演会を主催し,Kirsten氏の翻訳書『観察による歩行分析』(医学書院)の訳者にも名を連ねた。

 今回の著書は盆子原氏の思いがぎっしり詰まっている。序文と第1章ではなぜ「印象」を取り上げたかの経緯と,歩行の相を「荷重の受け継ぎ」「単脚支持」「遊脚前進」という機能的課題として認識する重要性が述べられている。この3つが本書の根幹である。歩行では,この3つで動きのパターンは大きく変化するが,この3つの相をまたがって身体はよどみなく進行していく。よどみがあると印象が大きく変化する。この印象を分析の糸口にしようとする試みが本書である。

 第2章は歩行のメカニズムについてのおさらい。よく知られている内容の復習なので平板。

 第3章「分析に必要な観察の視点」は本書のメッセージの導入部なのであるが,「1.観察による歩行分析に関する文献的な考察」,「2.観察による歩行分析に影響を与える要因」,「3.観察しやすい3つの部位」が記載されており,一般論の記載なのか,氏の訴えたいメッセージなのかその意図が不明確。4.でいよいよ「各歩行相における機能的な意義について」記載がある。前述した3つの機能的課題を軸として,各相でのクリティカルイベントとその機能的意義が詳細かつコンパクトにまとめられており,氏の思い入れがうかがえる力作である。ただ「印象」と関連付けようとする意図は感じるが,必ずしも効果的に生きているとは言えない。

 第4章の「1.逸脱...

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