カルテ記載によるケア移行(佐藤直行)
連載
2019.01.14
スマートなケア移行で行こう!
Let's start smart Transition of Care!
医療の分業化と細分化が進み,一人の患者に複数のケア提供者,療養の場がかかわることが一般的になっています。本連載では,ケア移行(Transition of Care)を安全かつ効率的に進めるための工夫を実践的に紹介します。
[第3回]カルテ記載によるケア移行
今回の執筆者
佐藤 直行(ハートライフ病院総合内科)
監修 小坂鎮太郎,松村真司
(前回よりつづく)
CASE
前回(3301号),救急外来を受診した80歳男性。COPD急性増悪の疑いで救急外来から入院依頼があった(CASEの詳細は前回の記事を参照)。 |
内科当直医のあなたは,病歴の再確認,診断の見直し,治療方針の決定などを行い,入院時診療録を記載することになりました。ケア移行を意識したカルテ記載を行うには,どうすればいいでしょう。
カルテの役割とは
カルテ(診療録)は全ての職種間の情報伝達ツールです。また,法的根拠となる公的な文書,診療報酬請求の根拠となる診療内容の証明書でもあります。近年は患者自身が自己のカルテを参照できるオープンカルテシステムも導入されつつあり,わかりやすい記載が求められます。医師法第24条第1項には医師が診療した際の診療録記載の義務が明示されており,可能な限り遅滞のない記載を心掛ける必要があります。
診療場所や状況によりカルテ記載の仕方はさまざまですが,どのような場面であっても,視認性の担保(特に紙媒体),略語を避けた日本語での記載,論理的でわかりやすい内容,インフォームドコンセントや回診・カンファレンスの内容を即時に記載することなどが基本です。
超高齢社会で見えてきたPOMRの課題
現在の標準的なカルテ記載形式はPOMR(Problem-oriented Medical Record;問題志向型診療録)にのっとったSOAP(Subjective data,Objective data,Assessment,Plan)形式が主流です。POMRは,患者の抱える問題点(プロブレム)を中心に抽出・評価する方法です。症候や検査異常,疾患をプロブレムとして漏れなく抽出して体系立った評価を行うことができるため,急性期診療の評価とカルテ記載の質を高めるために選択されてきました。
POMRは急性期の問題には強い一方で,少子高齢化や格差などに伴う社会的なプロブレムを抽出しにくいことが弱点となっていました。ケア移行の視点からは,この弱点を克服して社会的処方(註)を含めた全人的医療を提供することが重要です。そのために,家族や社会背景を含めた個人の歴史にも焦点を当てた病歴聴取・対応(Life Course Approach)を行い,健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health;SDH)もプロブレムとして挙げて評価する役割が医師には求められると考えられます1)。また,POMRによって医療の質が改善するとのエビデンスはなく,超高齢社会を迎えている現在,これからの社会情勢にマッチしたカルテ記載の在り方をさらに考えていく必要があります。
入院時記録で情報を整理し,ケアの目標を共有する
入院時や初診外来など,何事も最初が肝心です。診療の開始時点で情報収集・管理がうまくできると,医療者全体のサービス提供におけるケア移行がスムーズとなります。最初に全ての情報を収集するのはもちろん難しいため,まずは収集した情報の整理に努めます。
図に本症例の入院時記録と,記載に当たってのポイントを示します。救急科からの引き継ぎ後に再評価を行い,カルテには診断の根拠や今後の診断・治療・予防プランだけでなく,社会的問題,退院目標も明記します。入院時から職種間でケアの目標(Goal of Care)を共有できるとよいでしょう。
図 入院時記録(Assessment and Plan)の例(クリックで拡大) |
カルテ記載の質改善に向けて
オープンカルテシステムを導入している施設はまだ一部ですが,施設間で診療録を参照できる地域連携システムの運用は進んでいます。このため,他施設の医療者が見てもわかる視認性(日本語としての論理性・読みやすさだけでなく,医学的妥当性も含む)の担保がますます重要です。
日本では残念ながらカルテ記載の教育が不十分ですが,米国では医学生・研修医時代からカルテ記載の標準化・質改善が重視されています。米国における改善策の一つが,電子カルテ記載のシミュレーション教育(Sim-EHR)です2, 3)。Sim-EHRを行うことで,プロブレムの拾い上げや見逃しなどが改善されることが示されています。米国では保険の問題もあり,さまざまな段階で外的評価が入ります。Chart Audit(カルテ記載に対する監査)によってカルテ記載の重要性を意識付けられることが日米の違いを生む原因の一つかと思われます。日本でも,指導医による定期的なカルテ記載の確認を通じて,標準化や質改善を図っていくことが望ましいでしょう。
電子カルテの功罪と対策
電子カルテには利便性がある反面,ミスのリスクを高め,直接的な患者ケアを減らすこともあります。研修医が勤務時間の40%を電子カルテ使用に費やし,直接的な患者ケアには12%しか費やさなかったとの報告4)や,病院勤務医の勤務時間のうち患者と直接かかわるのは23%しかなかったとの報告があります5)。カルテ記載に注意を払い過ぎると肝心の患者ケアがおろそかになってしまうこともあります。可能な限り簡潔に記載し,ベッドサイドでの時間を取れるように努めたいところです(迅速かつ簡潔な記載は各職種の業務効率化にもつながります)。
また,コピー&ペーストは電子カルテによる功罪の筆頭です。毎日更新されるようにプロブレム名のみコピー可能とするなど,使い方には慎重になるべきです。これらの問題への注意喚起として,新しいSOAP=「SOAP“2.0”(Succinct and Specific;簡潔で明確に,Original; コピーしない,Accurate;正確に,Problem-oriented;プロブレムベースで)」というカルテ記載方法もうたわれています6)。米国内科学会(ACP)からも声明が出されており7),表に抜粋を示しますのでぜひ全文を参照してください。
表 米国内科学会によるカルテ記載に関する推奨(文献7より抜粋)(クリックで拡大) |
わかりやすいカルテを書く近道はありません。病態生理や診断基準,標準治療などの勉強を継続しつつ,身近にいる優秀な医師のカルテを参照し,上級医や他職種にフィードバックをもらうなど,日々研さんしていくことが大切です。
CASEへの対応
病歴の再確認,診断の見直し,治療方針の決定を速やかに行い,入院依頼の数時間後には入院時記録の記載を完了した。社会的問題や退院目標も明記し,MSWなどの他職種とケアの目標を共有。その結果,合併症・廃用症候群の予防策が早期から行われ,患者の意思を尊重し退院後に必要なケアを意識したスマートな多職種ケア連携が実践できた。
POINT
●カルテ記載の主な目的は他職種とのコミュニケーション強化である。 ●入院時カルテには診断根拠,診断・治療・予防プラン,ケアの目標に加え,社会的問題も可能な限り抽出する。 ●電子カルテの功罪を認識し,患者安全を損なわないようにうまく活用する。 |
(つづく)
註:社会的処方とは,地域のクラブの紹介など「地域とのつながり」を処方することで社会的な支援を行い,問題解決を図るもの。英国やカナダでは制度化されており,General Practitionerがその役割を担っている。
引用文献
1)J Am Board Fam Med. 2007[PMID:17204740]
2)Acad Med. 2014[PMID:24448035]
3)J Grad Med Educ. 2016[PMID:27168894]
4)J Gen Intern Med. 2013[PMID:23595927]
5)J Hosp Med. 2010[PMID:20803675]
6)Healthc Inform. 2014[PMID:24941599]
7)Ann Intern Med. 2015[PMID:25581028]
推薦図書・URL
・佐藤健太.「型」が身につくカルテの書き方.医学書院;2015.
・山城清二,他.Problem solving――臨床現場の問題/課題解決(problem solving)に関する方法論やツールを再考する.日内会誌.2017;106(12).
・社会的処方について:週刊医学界新聞3214号.社会疫学が解明する「健康格差」とその対策.2017.
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