救急外来から始まる効果的なケア移行(小坂鎮太郎)
連載
2018.12.10
スマートなケア移行で行こう!
Let's start smart Transition of Care!
医療の分業化と細分化が進み,一人の患者に複数のケア提供者,療養の場がかかわることが一般的になっています。本連載では,ケア移行(Transition of Care)を安全かつ効率的に進めるための工夫を実践的に紹介します。
[第2回]救急外来から始まる効果的なケア移行
今回の執筆者
小坂 鎮太郎(練馬光が丘病院総合診療科,救急・集中治療科)
監修 小坂鎮太郎,松村真司
(前回よりつづく)
CASE
特に既往歴のない80歳男性の発熱,呼吸困難での受診。入院2か月ほど前から100 mくらい歩行すると息切れを感じていたが,医療機関は受診しなかった。3日前から鼻汁,咳嗽が出現したが,軽度であり様子を見ていた。症状が徐々に増悪し,2日前に黄色痰を伴う咳嗽と37.5℃の発熱が出現。受診当日の朝,体温は38.8℃まで上昇したが,悪寒戦慄,腹痛・下痢・嘔吐などの消化器症状,排尿時痛・頻尿などの泌尿器症状,胸背部痛は認めなかった。夜間呼吸困難,起坐呼吸はなかったが,安静時にも呼吸困難が出現し,食事が取れず動けなくなったため妻が救急車を要請した。 【既往歴】医療機関受診に乏しく健康診断も受けていないため不明,結核の既往なし,内服薬なし,アレルギーなし。 【生活社会歴】喫煙中(40本/日×50年間),飲酒は日本酒1合/日,Sick Contactなし,自宅で妻と2人暮らし。ADL・IADL自立。65歳まで市役所勤務。 【身体所見】身長170 cm,体重55 kg,意識清明,体温38.8℃,血圧140/90 mmHg,脈拍100/分,呼吸数28/分,SpO2 86%(室内気)→ 92%(鼻カニュラ,酸素2 L/分)。眼瞼結膜蒼白なし,口腔内衛生良好,咽頭発赤なし,頚静脈怒張なし,胸鎖乳突筋は発達,心血管系に異常なし,肺野全体でGrade 2のWheezesあり,右下肺野で全吸気のCrackles聴取,消化器・泌尿器系に異常なし,下腿浮腫なし,皮疹なし。 |
前回(3297号)はケア移行の概念と重要性を解説しました。今回からは,一人の患者の救急外来受診から入院,退院,在宅療養のプロセスに沿って,ケア移行の質改善のポイントを紹介します。
救急外来の役割とは
救急外来は文字通り「急いで救ってほしい」患者の診療が求められる場です。したがって,さまざまな疾患を有する多数の患者を,限られた時間で安全かつ正確に診療することが必要です1)。トリアージ(重症度評価),蘇生,診断,治療,症状緩和などが主な役割であり,時間と人手を有効活用するために病院前情報を活用し,正確で早期のDisposition(診療方針/転帰先)決定が求められます(図)。
図 救急外来につながるケア移行と各フェーズの役割(文献2,3を参考に筆者作成) |
全体を俯瞰して前後につながるケアの役割を意識した上で,時間短縮や効率性向上を図る。 |
重要なポイントは,バイタルサインの異常,心筋梗塞や脳梗塞を示唆する特異的な症状,高エネルギー外傷,急性出血など緊急介入が必要な状況に対して適切なトリアージを施行し,蘇生に入ることです。酸素投与や輸液など蘇生処置を要する時点で,入院というDispositionの可能性は高まります。蘇生処置後のバイタルサインの記録が少ないという報告があり4),カルテ記載で注意すべき点です。
並行して,診断と初期治療に当たることが求められます。心筋梗塞や脳梗塞ではt-PA投与や血管内治療,敗血症では培養検体採取や抗菌薬治療などは時間との戦いです。素早く動けるよう日頃からの訓練や意識付けをしましょう。鑑別診断を挙げ,最も確からしい診断の根拠を確認した上で,暫定診断を決めていきます。
本症例のように発熱と急性呼吸不全の場合,酸素投与を開始し,所見からCOPD急性増悪,肺炎,急性心不全,肺塞栓症といったCommonな疾患を鑑別しなければなりません。また,疾患ごとの転帰の予測スコアを参考に,帰宅可能か入院か,入院の場合は一般病棟かICUのどちらが良いかというDispositionを決定します。トリアージエラーで一般病棟に入院後,早期に病状が悪化してICU入室となった症例は,適切にICU入室した症例と比べて死亡率が2倍近く高いことが示されており5),適切なDispositionの決定が求められます。
怠りがちなのが痛みや嘔気などの症状緩和です。疾患に注目しすぎず,救急外来を訪れる理由となった症状を早期に緩和することも忘れてはいけません。症状緩和は患者満足度に直結しますが6),対応が遅れがちだと報告されています2)。
救急外来での情報伝達のポイント
救急外来の前後のケア移行の質を高める具体的方法を表に示します。必要な病院前情報の統一化は先人達の尽力により浸透し,一般的には救急隊がSAMPLE(症状,アレルギー,内服薬,既往歴,最終食事摂取,現病歴)の聴取とバイタルサインの確認を行っています。約25%の救急医が診察前の時点で鑑別疾患を想起して初療に当たるとの報告もあり7),病院前情報の正確さと必要情報を早期に入手するという連携は非常に重要です。
表 救急外来におけるケア移行の質を上げる具体的方法(筆者作成)(クリックで拡大) |
カルテ記載の原則は次回以降に詳細を述べますが,限られた時間の中で簡潔かつ正確に,必要な所見と判断根拠を記載します。救急外来での症例プレゼンテーションでは,投薬などのエラーを減らし,働きやすい環境を整えるためにTeamSTEPPSの概念を導入することや,5C(Contact,Communicate,Core question,Collaborate,Close the loop)を意識したコンサルト法が推奨されています。
エラー回避のためのコミュニケーション
Dispositionをできるだけ早く明確にすることで患者,医療者の資源管理を行うことができ,良い結果につながるという研究8)もある一方で,早すぎるDispositionの決定が転帰を悪化させたとの研究9)もあるため,診断・蘇生とDispositionのタイミングのバランスは重要です。手術などの処置のための移動は早期が望ましいですが,一般病棟へは状態安定のめどを付けての移動が求められます。
診断エラーのリスク回避には,System 1にSystem 2を併用するなどの,診療の基本的な方法を考えるとともに,内容や結果についてフィードバックをもらうM & M(Mortality & Morbidity)カンファレンスや振り返りを定期的に行うことが方法の1つだと考えます。
また,結果待ちの検査や画像の読影結果を確認・報告するシステムはまだ十分ではありません。これらの見落としは大きな診断エラーにつながるため,検査や読影結果を確認する専属の医療事務員を置くなどの方策を取ることが今後は望ましいと思われます。
患者と医師の情報伝達に関して,医療訴訟の約80%が患者―医師間の不信(コミュニケーション不足)によると言われています。医師と患者で関心事の一致率は47%にすぎず,また,医師は心しないと平均18秒で患者の話を遮って質問してしまうと示されています10)。患者・家族の訴えをきちんと傾聴して,納得のいく十分な説明を行うことが重要です。
CASEへの対応
バイタルサインから酸素投与による蘇生の必要性があると判断し,この時点で入院適応と考えた。急性呼吸不全の鑑別を軸に精査した結果,COPD急性増悪が最も疑わしいため,重症度評価を行った。抗菌薬投与が必要となったため適切な培養検体を採取し,施設での感受性を考慮してセフトリアキソンの投与を開始。その上で内科入院担当医に連絡を取り,申し送りを直接行った。後日,鑑別診断および対応について,スマートで問題のない連携であったとのフィードバックを病棟の内科医師からもらった。
POINT
●ケア移行の中での救急外来の役割を意識する。 ●Dispositionを踏まえた重症度評価に基づき,蘇生,診断,初期治療,症状緩和を並行する。 ●診断や管理のエラー回避にはコミュニケーションの工夫が必要である。 |
(つづく)
引用文献・URL
1)Wolfson AB, et al. Harwood-Nuss' Clinical Practice of Emergency Medicine. 6th ed. LWW;2014.
2)Ann Emerg Med. 2017[PMID:28131488]
3)Crit Care Med. 2016[PMID:27428118]
4)Hafner JW, et al. Repeat Assessment of Abnormal Vital Signs and Patient Re-Examination in U.S. Emergency Department Patients. Annals of Emergency Medicine. 2006;48(4)66.
5)J Hosp Med. 2013[PMID:23024040]
6)J Emerg Trauma Shock. 2010[PMID:21063553]
7)Ann Emerg Med. 2014[PMID:24882662]
8)Clin Exp Emerg Med. 2016[PMID:27752619]
9)Intern Med J. 2012[PMID:21470357]
10)伴信太郎.基本的臨床能力としての医療面接法再考.日本内科学会雑誌.2014;103(3):729-33.
推薦図書・URL
・志賀隆編.考えるER――サムライ・プラクティス.シービーアール;2014.
・加藤良太朗,他監訳.ワシントンマニュアル――患者安全と医療の質改善.MEDSi;2018.
・TeamSTEPPSについて:週刊医学界新聞3089号.SBARから始める職場の安全風土づくり.2014.
・コンサルテーションの5Cについて:EmergencyPedia. Basic Presentation Skills for Medical Students. 2014.
・System 1とSystem 2について:週刊医学界新聞2965号.直感的診断の可能性.2012.
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