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医学界新聞

2019.01.07



2019年
新春随想


「治すがん医療」から「治し,支えるがん医療」へ

山口 建(がん対策推進協議会会長/静岡がんセンター総長)


 超高齢社会を迎えた日本には,一生のどこかで2人に1人ががんと診断される「がんの時代」が到来した。

 日本政府は,がんが死因第1位になった1981年以降,対がん10か年総合戦略など,がん研究に力を入れ,21世紀に入ると,全国でがんの拠点病院づくりを開始した。2006年にはがん対策基本法が成立,2007年には第1期がん対策推進基本計画を策定し,さらなるがん対策の強化に乗り出した。

 そして,その10年後となる2016年以降は,改正がん対策基本法,第3期がん対策推進基本計画,がん診療連携拠点病院等の整備に関する指針などの策定を進め,国民がどこに居住していても,最善の医療と手厚い患者・家族支援を受けられることを目標として施策を展開してきた。主要な3つの戦略を,「がんの予防と検診」,全国的な「がん診療体制の強化」,「がんとの共生」として,がん患者が安心して暮らせる社会の構築をめざしている。

 第3期がん対策推進基本計画では,近未来のがん対策の方向性を示唆するいくつかの重要な項目が提示された。その第一はゲノム医療の充実である。現状まだパワー不足であるが,いずれ,因果関係の研究が進む肺がんと喫煙,胃がんとピロリ菌感染,肝細胞がんと肝炎ウイルス感染,子宮頸がんとヒトパピローマウイルス感染などのように,がんに遺伝的にかかりやすい集団を特定することで「がん罹患のリスク評価」という新しい分野を確立し,がん医療に大きな変貌をもたらすことを望みたい。

 第二に,新たな項目として取り上げられた支持療法が重要である。各診療科スタッフが中心となって,がんに由来する症状やがん治療に伴う副作用,合併症,後遺症を積極的に緩和し,進行期,終末期の緩和ケアとも協働し,がん患者のQOLのいっそうの向上が図られる。

 第三に,患者・家族支援は,全てのがん患者に恩恵をもたらす高度先進医療として位置付けることができる。患者・家族の少なくとも半数は,初診時点で支援が必要な悩みや負担をすでに抱え,その数は治療が進むにつれてさらに増加する。これらの患者への積極的な支援により,患者・家族が安心して闘病できる環境が実現する。

 こうした新たな取り組みによって,近い将来,がんの予防や検診がより充実し,また,がん医療が,「治す医療」から「治し,支える医療」へと進化を遂げていくことを期待してやまない。


女性医師が当たり前に輝ける社会へ

林 由起子(東京医科大学学長)


 昨年10月より東京医大学長を務めることになりました。入学試験における女性受験生の差別がわかった直後の就任という背景はありますが,本学「初めての女性学長」ということが大いに報じられました。わが国では女性が表に出ることが,やはりまだ特別視されると実感しているところです。

 今回の不適切な入学試験の陰には,妊娠・出産・育児や介護などのライフイベントで時間的制約を受けやすい女性医師の苦しい立場,さらには医師の過酷な労働環境があると言われております。近年,保育施設の整備やさまざまなサポート体制の充実などにより,以前より働きやすくなってきたとはいえ,ニーズに十分に応えられていないのが現状です。

 一方で,現在も輝いている多くの女性医師がいます。それは本人の努力と,支えてくださる多くの方がいてこそのチームワークの結晶だと思います。

 2018年3月に小学校を卒業した子どもを対象としたアンケートでは,将来就きたい職業の女子の第1位が初めて医師となりました。海外では女性医師が半数以上を占める国もすでに多くあり,また女性医師は男性医師と遜色ない能力があると示す海外の研究結果もあります。今後,わが国でも女性医師の増加は必至であり,いかにその活躍の場を整え,広げていくかが急務となります。

 ライフイベントとは,人が生まれ,育ち,そして逝く時の,大切な時間の共有だと思います。ライフイベントを特別なことだととらえず,人生の大切なひと時に誰もがきちんと向き合える社会にしていくことが必要です。一人ひとりが輝ける社会に向けて何ができるのか,本当に豊かな社会とは何か,おのおのがしっかりと考えていく時期に来ています。


2019年に求められる地域包括ケアシステムとは

田中 滋(埼玉県立大学理事長/慶應義塾大学名誉教授)


 地域包括ケアシステムは,最初は「医療ニーズと介護ニーズを併せ持つ要介護者が,施設・在宅・居住系を問わず,日常生活圏域において切れ目のない連続的かつ包括的な医療・介護による支援を受けるにはどうしたら良いか」から検討が始まった。今では要介護者・要支援者に対し,医療・介護連携だけでなく,リハビリテーション・栄養ケア・口腔ケアなども含め,多職種協働を推進させる必要性が理解されるに至った。併せて,病院を含む多機関連携も重要である。また要介護者に対する尊厳ある自立の支援だけではなく,看取り(Quality of Death;QOD)も重視されるように変わりつつある。

 2019年の地域包括ケアシステムの視野はさらに広く,予防はもとより,多世代共生を上位目的として,多様な人々が地域で暮らすための仕掛けも含まれるようになった。その根底として,高齢者・障がい者・児童,その家族の自己肯定感を強める支援が欠かせない。

 以上を踏まえた地域包括ケアシステムの2019年版概念を記載すると以下のようになる。「日常生活圏域を単位として,活動と参加について何らかの支援を必要としている人々,例えば児童や幼児,虚弱ないし要介護の高齢者や認知症の人,障がい者,その家族,その他の理由で疎外されている人などが,望むなら住み慣れた圏域のすみかにおいて,必要ならさまざまな支援(一時的な入院や入所を含む)を得つつ,できる限り自立し,安心して最期の時まで暮らし続けられる多世代共生の仕組み」。

 病院・診療所も介護事業者も,一人ひとりの患者・利用者に適切なサービスを提供するだけでは地域包括ケアシステムの一員としての十分条件を満たしたことにはならない。患者・利用者が暮らす地域の課題に目を向け,住民や自治体と構想を共にし,新たなまちづくりに協力する在り方が求められている。医療関係者に対しては,こうした時代趨勢の未来を切り開く要の存在としての期待がかかっている。


産婦人科学の新たな分野「女性スポーツ医学」

能瀬 さやか(東京大学医学部附属病院女性診療科・産科)


 従来,産婦人科学とスポーツ医学は無縁と考えられてきた。スポーツに参加する女性の健康問題が表面化する中,産婦人科医による女性の健康問題についての調査研究や支援の動きが広まりつつある。スポーツは,思春期から性成熟期,妊娠期・産褥期,さらに更年期,老年期の女性における身体機能の維持,増進に大きく貢献し,予防医学の観点からも,医療や社会の生産性に大きな役割を担うと考えられる。

 女性選手特有の問題として,利用可能エネルギー不足,無月経や骨粗鬆症,摂食障害が挙げられる。女性選手特有の問題に取り組むにつれ,これらの問題はアスリートという極端な例だけでなく,スポーツに参加していない女性の健康にもつながる問題であると感じている。

 今後の課題は,学校現場での「月経異常に関するスクリーニング体制の構築」と「医療機関での他職種連携」である。前者については,スポーツに参加する女性のみならず,思春期女性の痩せや無月経の問題を含め,中学校や高校で異常を早期発見できる体制を構築しなければならない。われわれの研究では,低体重や10代で1年以上無月経を経験したアスリートの多くが,20歳以上で低骨量/骨粗鬆症と診断されていることが明らかとなった。10代への適切な医学的介入が,女性の生涯にわたる健康につながるであろう。医療機関では他職種との連携が課題であり,産婦人科医と公認スポーツ栄養士や,スポーツに精通している精神科医,整形外科医等が連携しチーム医療を行うことが求められる。

 私は,産婦人科医として研修後,スポーツ医学の世界に足を踏み入れ,「産婦人科を辞めちゃったの?」と聞かれることが多かった。産婦人科医として医療機関で勤務していたら出会わなかったさまざまなスポーツ関係の職種や団体の方と一緒に仕事をする機会を頂き,スポーツを通じていろいろな人との出会いや機会を与えられたことに感謝している。現在は産婦人科と女性スポーツ医学を両立できる環境を頂いた。「過度なスポーツによる女性の健康障害」や「スポーツを通じた女性の健康増進」について,今後も産婦人科医の立場からスポーツにかかわっていくとともに,女性スポーツ医学が産婦人科学の新しい分野として発展することを期待している。


AED使用のハードルを下げるアイデア募集!

三田村 秀雄(立川病院院長/日本AED財団理事長)


 救命。究極の医療であり,医師の腕の見せどころでもある。

 しかし街中で人が突然心停止,となると話が違ってくる。肝心の医師は現場にいない。急いで119番通報しても,救急隊を待つだけでは1割も助からない。病院の外で倒れたら「運がなかった,残念でした」と諦めるしかなかった。

 ところが,である。AEDという機器の登場で,そんな固定観念が一気に崩れた。目の前で突然倒れた心停止の人に,その場で,そこに居合わせた他人がAEDで電気ショックを加えれば半分以上が助かる時代になった。いや驚くなかれ。東京マラソンではこれまで12回の大会で11人のランナーが心停止で倒れたが,その11人全てが助かっている。これは半端じゃない。

 と言って浮かれてばかりもいられない。絶大な威力のあるAEDによる電気ショックであるが,目の前で倒れた心停止例に対して施されたのはいまだ5%にも満たない。なぜか?

 そばにAEDがなかった。それはあり得る。でももっと重大な問題を見落としていないか。世の中,そうお人よしばかりじゃない,という現実である。目の前で人が倒れた,「誰かー」というときに,「自分はちょっと」と逃げてしまう人が少なくない。こんなユーザーフレンドリーな優れものがあるというのに。

 私自身,AEDの啓発に2000年から取り組んでいるが,どうもそこをうまく口説けない。ハードルがなかなか低くならない。なぜなんだろう。

 家内に言わせると,「それはあなたに市民感覚が足りないからよ」となる。上から目線なのがいけないらしい。

 親しい友人からも「医者は市民感覚がわかってないねー」と小突かれる。「だって“電気ショック”なんて言われたら,誰だって怖いと思うでしょ。そんな怖い言葉を使うからいけない」。ごもっとも。じゃあ何と言えばいいのか。せいぜい,「勇気を奮ってAEDを使いましょう,とキャンペーンをするくらいかなー」と謙虚に言うと,「ダメダメ。その『勇気を奮って』というのがダメなんだよ。そんなこと言われたら,『えー,勇気を出さないとできないわけ? だったら自分は無理。そんな勇気ないから』となっちゃうのがオチ」。そうか,勇気がない人でもできます,やってみましょう,という流れを作らないといけないのか。いやー,まだまだ修行が足りません。誰かいいアイデア,ありませんか?


AYAがんの医療と支援のさらなる飛躍をめざして

堀部 敬三(国立病院機構名古屋医療センター臨床研究センター長/AYAがんの医療と支援のあり方研究会理事長)


 昨年は,わが国のAYA世代のがん対策元年であった。3月に策定された第3期がん対策推進基本計画に初めてAYA世代のがん対策が記載され,がん診療連携拠点病院の指定要件にもAYA世代のがんに対する取り組みが加わった。これらにより,多くのがん関連学会でAYA世代をテーマに企画が組まれたり,マスコミで繰り返し取り上げられたりするなど,医療者および一般の人の認知度が高まっている。

 AYA世代とは思春期・若年成人(Adolescent and Young Adult)を意味し,15歳から39歳の世代を指す。がん対策基本法に基づき2007年にがん対策推進基本計画が策定され,国民目線のがん対策,全国のがん診療連携拠点病院の医療の質確保の整備が図られた。これらは主に成人がんの対策であり,対策型がん検診,がん統計,介護保険などの対象は40歳以上である。2012年に策定された第2期がん対策推進基本計画では,小児がん対策として小児がん拠点病院や小児がん中央機関が整備され,AYA世代は取り残された世代になっていた。

 第3期がん対策基本計画では,分野別施策の「がん医療の充実」において「AYA世代のがん」の診療体制の検討と支援体制の一定の集約化の充実がうたわれ

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