医学界新聞

連載

2018.09.03

 高齢者の「風邪」の診かた
実際どうする?どこまでやる?高齢者感染症の落としどころ

風邪様症状は最もよくある主訴だ。しかし高齢者の場合,風邪の判断が難しく,風邪にまぎれた風邪ではない疾患の判断も簡単ではない。本連載では高齢者の特徴を踏まえた「風邪」の診かたを解説する。

[第九回]長期内服治療,長期在宅治療戦略 狙いを定め,escalation治療も駆使して抑え込む

岸田 直樹(総合診療医・感染症医/北海道科学大学薬学部客員教授)


前回よりつづく

 前回(第3284号)は「早期内服治療,早期帰宅の戦略」の考え方とその場合に注意する病態を確認しました。カナダ感染症学会は「内服薬を服用でき,吸収が問題ない患者さんでバイオアベイラビリティの良い内服抗菌薬がある場合に,ルーチンで点滴投与としない」をChoosing wiselyの一項目1)としており興味深いです。これは,点滴とすることでカテーテル関連血流感染症(以下,カテ感染)などが起こる懸念からきます。前回紹介した高齢者の尿路感染症治療の文献2)でも,入院点滴治療群が最も生存率が低いという衝撃的な結果でした。入院点滴治療という積極的な治療介入は,高齢者では医療関連感染症などの合併症で,結果的に死期を早めるのかもしれません。

 さて,今回は長期点滴治療が必要な感染症の抗菌薬治療戦略を考えます。

CASE

心筋梗塞でPCI(経皮的冠動脈形成術)を施行した高血圧,糖尿病の80歳男性。5年前にASO(閉塞性動脈硬化症)に対し左右の大腿にF-Pバイパス手術を施行するも徐々にADLが低下。認知症は強くない。1週間前からの発熱で受診。血液培養でMSSAを検出,精査したところCTで左右のF-Pバイパス周囲にlow density areaあり,人工血管感染と診断。手術による人工血管抜去のリスクを踏まえ,患者・家族との話し合いで抗菌薬治療により抑え込む方針となった。

高齢者の長期抗菌薬治療が必要な感染症

 感染症には長期の抗菌薬治療が必要なものがあり,そのような感染症は高齢者で頻度が高い傾向です。その場合に標準治療として長期の点滴治療・感染巣への侵襲的介入を行うと,高齢者ではADLや認知機能が低下することを多々経験します。「もとの生活を早くからすることが何よりのリハビリ」と感じますが,これを踏まえた感染症の治療戦略は簡単ではありません。

 このような長期治療が必要な感染症にはどのようなものがあるでしょうか? 以下の感染症はどれも1か月以上の長期治療が必要です。最終的には感染巣を外科的に除去しなければ抗菌薬で抑え込めない可能性のある感染症も含みます(特に人工物感染症)。

・感染性心内膜炎
 特に人工弁,TAVIの場合や転移性病巣がある場合
・骨髄炎
 例)ビスホスホネート関連顎骨壊死
・感染性大動脈瘤
・人工物感染症
 例)人工関節感染症,骨折後プレート感染,骨折後ボルト感染,ペースメーカーリード感染,人工血管感染(大血管,バイパスなど),カテ感染で合併症がある場合
・膿瘍性病変(膿胸,肺膿瘍,肝膿瘍,脳膿瘍,腸腰筋膿瘍,硬膜外膿瘍,子宮留膿腫なども)
 特にドレナージ不可能,または不十分の場合
・糖尿病足感染症(壊死を伴う)
・<56CA>胞感染(腎,肝,肺)
・抗酸菌症
・特殊な微生物による感染症
 例)放線菌症,ノカルジア症,アスペルギルス症など

 「抗菌薬を開始するときはやめるときも考える」との青木眞先生(感染症コンサルタント)の名言にあるように,これらの感染症を治療する場合には治療期間に加えて内服治療に今後変更できるか,副作用の場合に代替薬があるかを考え,微生物を特定することが重要です。微生物の特定ができない場合にも,escalation治療として最初はnarrowな抗菌薬でいけないか注意深く診る方針が抗菌薬適正使用上重要なアプローチです(第7回・第3279号参照)。

 例えば,人工関節の感染症は二期的な治療が理想とされます3)。人工物を抜去し,抗菌薬を6週間投与,その後に培養陰性を4週確認してから人工物を入れ換えると再発率は数%と,再発が一番少なくなります4)。しかし高齢者では,この方針で再度人工関節を入れても長期臥床入院による筋力低下から回復できず,歩けるようにならないでしょう。そこで一期的治療(抜去直後に再挿入)もしくは人工物を残したままの長期治療となりますが,その治療を担保する質の高い研究はありません。

長期内服治療の選択肢となる抗菌薬

 では,どのような治療方法があるかですが,それを明確に示した指針はほぼありません。エビデンスが十分でなくエキスパートオピニオンであることを明記しつつ記載があるものに,米国感染症学会の人工関節感染症のガイドラインがあり3),参考になります。

 の抗菌薬は人工関節感染症を一期的に治療する場合の内服抗菌薬一覧をもとに筆者が改変(投与量など国内で使用しやすい形へ調整)しました。これは他の長期治療感染症,特に人工物感染を治療する場合にも基本的には変わりません。バイオアベイラビリティの優れた抗菌薬が並んでいますが,臓器移行性は考慮されていません。しかし,中枢神経・前立腺・眼球以外に臓器移行性を最初から考慮する必要のある感染症は多くありません。骨や嚢胞などへの移行を考慮するとキノロンなどのスペクトルが広い抗菌薬を使うことになるため,長期使用による薬剤耐性菌出現やクロストリジウム感染症が懸念されます。骨髄炎や嚢胞感染も臓器移行性を考慮したくなりますが,まずは起因菌による第一選択を心掛け,改善傾向がない場合や再燃時に再考しましょう。

 長期内服治療の選択肢となる抗菌薬(文献3より改変)(クリックで拡大)

慢性抑制療法は原則行わない

 黄色ブドウ球菌などの人工物感染症では,人工物を抜去せずには治療できない可能性があります。その際に慢性抑制療法として,抗菌薬はpermanentに使わないと良くならないと思いがちです。しかし,自身の経験でも抗菌薬を生涯にわたって飲み続けなくてはいけない人は意外にいません。例えば,黄色ブドウ球菌の人工関節感染や人工血管感染,ペースメーカー感染でも半年から1年くらい抗菌薬を継続し,一度中止して再燃しないか注意深く診るようにしています(中止トライ)。

 抗菌薬のやめどきに「副作用発現時」もあります。患者・家族に「答えのない感染症治療をしています。半年から1年くらいの都合の良いときに抗菌薬を中止してみましょう。副作用が出たときもやめてみるタイミングになります」と説明しておくとスムーズです。

 繰り返しになりますが,抗菌薬を長期使用するからこそ副作用時の代替薬や薬剤耐性菌出現を気にしましょう。そのためにも起因菌が捕まっていることが重要です。そうでなくてもescalation治療で徐々に広げていく手法が有効です。

CASEへの対応

人工血管周囲に明らかに膿瘍を形成しており,セファゾリン1回2 g,1日3回での点滴治療を可能な限り長く(理想的にはCT画像でlow density area消失まで)し,その後内服抗菌薬使用の方針とした。点滴治療により解熱,血液培養も早期に陰性化した。しかし,治療3週目で長期入院に伴う認知機能の増悪,うつ症状を認めた。家族と相談し,治療失敗の可能性も説明した上で内服セファレキシン1回500 mg,1日4回に変更し,外来治療とした。治療8か月目にセファレキシンによる血球減少を認めたため,クリンダマイシンへ変更。治療開始1年でCT撮像したところlow density areaがほぼ消失していた。大きな行事(親族の結婚式や旅行など)もないとのことで,内服治療を中止してみることとした。中止後半年たつが,再燃は認めていない。

今回のまとめ

■長期内服治療とするためにも微生物を特定し,狭域抗菌薬を選択する
■副作用時に代替内服薬がない場合は,中止してみるタイミングになることを事前に説明する
■慢性抑制療法と判断する前に,半年から1年前後での抗菌薬中止トライを注意深く検討する

つづく

参考文献・URL
1)Choosing Wisely Canada.Infectious Disease.
2)J Am Geriatr Soc. 2015[PMID:26613981]
3)Clin Infect Dis. 2013[PMID:23223583]
4)J Bone Joint Surg Am. 2000[PMID:11097443]