慢性心不全によるサルコペニア(野田さおり)
連載
2018.08.27
今日から始めるリハ栄養
入院したときよりも機能やADLが低下して退院する患者さんはいませんか? その原因は,活動量や栄養のバランスが崩れたことによる「サルコペニア」かもしれません。基本的な看護の一部である「リハビリテーション栄養」をリレー形式で解説します。[第7回]慢性心不全によるサルコペニア
今回の執筆者
野田さおり(KKR高松病院看護師長/NST専門療法士)
監修 若林秀隆・荒木暁子・森みさ子
(前回よりつづく)
症例
80代女性。2年前に僧帽弁閉鎖不全症と診断され大学病院で僧帽弁置換術(生体弁)を施行後,自宅退院。当院で定期フォローしていたが,10か月前に慢性心不全急性増悪で3週間の入院。1か月前に親戚の集まりがあり,昼・夕食時に「いつもの倍くらい飲食した」翌日より全身の倦怠感を自覚,必要最小限しか活動できなかった。ここ2週間で下肢浮腫著明,体動時の呼吸困難の悪化を自覚して予約外受診,慢性心不全急性増悪のため緊急入院となる。認知症はない。重度の変形性膝関節症があり数年前より杖使用。独居,介護認定は要支援2。
【入院時所見】身長153.1 cm,体重51.5 kg,BMI 22 kg/m2,Alb 2.9 g/dL, リンパ球数941/mm3,CRP 0.25 mg/dL,Hb 13 g/dL,BNP 311.8 pg/mL。下腿周囲長29 cm(浮腫あり),握力は左右とも14 kg,歩行速度は測定できず。心エコー上EF 55%(HFpEF),術後弁トラブルなし。顔面と下肢に著明な浮腫あり。下肢浮腫の影響で杖歩行時に転倒,以後,立ち上がり困難で軽介助を要し移動は車いすとなる。通常体重は43~44 kg(BMI 18.3 kg/m2)。SpO2 88%(Room air),胸水貯留。術後より食は細くなっていた。1か月前よりますます食欲低下,入院数日前より水分以外はほとんど摂取できず。入院後は減塩食を提供するものの,食欲低下が続いている。
適切な運動療法が重要な心不全のリハ栄養
入院加療を要する心不全患者の過半数に心臓悪液質を認めます1)。また,高齢心不全患者の19.5%には筋肉量低下を認め2),心不全患者はサルコペニアのリスク状態にあると言えます。これに不適切な安静指示,不適切な栄養管理が重なると医原性サルコペニアを引き起こします。
このため,入院時から早期にリハ栄養の介入をすることが重要です。運動強度は低負荷・高頻度から開始し,全身状態の改善に合わせて漸増します。その際の指標としては自覚的運動強度(Borgスケール)が有用です。心血管疾患患者ではBorgスケールが11~13程度の強度(ややきつい)になるよう負荷を増減します3)。
リハ栄養ケアプロセスで,どう進める?
心不全とそのリスクの進展ステージを示した図によると,無症候でも高リスク群は早期治療介入が推奨されています。Stage Cになると,急性増悪で入院するたびに,改善しても入院前の状態には戻りきらず,入院を繰り返すごとに身体機能は衰えます。この患者もStage Cであり,ADLや筋力は低下しています。サルコペニアであることを念頭に,リハ栄養ケアプロセスに基づいた展開が必要です。
図 心血管疾患患者の臨床経過のイメージ(厚労省「脳卒中,心臓病その他の循環器病に係る診療提供体制の在り方について」より作成)(クリックで拡大) |
❶リハ栄養アセスメント・診断推論,❷リハ栄養診断
【栄養障害】侵襲と飢餓があり,身体所見と血液検査から栄養障害ありと判断
【サルコペニア】①筋肉量の低下(下腿周囲長29 cm),②筋力の低下(握力14 kg) ③身体機能の低下(歩行速度計測できず)がありサルコペニアを認める。また,悪液質診断基準のうち,BMI<20 kg/m2,筋力低下・全身倦怠感,食欲不振,Alb<3.2 g/dLを認めており,心臓悪液質を認める
【栄養素摂取の過不足】食事摂取量は平均5割(600~1000 kcal/日)でエネルギー充足率は50%。エネルギー,タンパク質,ビタミン類全てが不足している状態
以上より,本症例はサルコペニアであり,早急に適切な栄養およびリハ介入の必要があると言えました。
❸リハ栄養ゴール設定,❹リハ栄養介入
息子夫婦が近所に居住しているため,食事や買い物などのサポートは可能で,患者からは「早く家に帰って元の生活をしたい」と希望がありました。入院前は,LawtonのIADL尺度6点で,自宅清掃サービスや給食宅配サービスを利用しながら独居。入院前同様の自己管理ができれば独居は可能と判断し,ゴールを設定しました。
【短期目標(2週間)】必要量の80%以上を経口摂取し,杖歩行でトイレに行くことができる
【長期目標(1か月)】水分制限の必要性を理解し自己管理することができる,室内歩行自立できる
❺リハ栄養モニタリング
利尿薬などの処方内容と,水分出納や体重推移,栄養指標データをモニタリングします。主に握力や身体機能の推移,ADL自立度のリハ内容を把握し,ベッドサイドでの再発予防行動の指導に活用しましょう。
看護診断と看護の実際
自宅での食事内容を聴取すると,調理した副食に醤油をかけるなど,味付けの濃いものを好んで摂取し,水分摂取量も過多でした。
#1 栄養摂取消費バランス異常:必要量以下
【診断指標】食事摂取量不足(入院1か月前より食欲低下)
【関連因子】易疲労性,呼吸困難感,慢性心不全急性増悪
◆目標 ・間食も含め,1200 kcal/日以上を摂取できる(80%以上) ◆介入内容 ・食事摂取が進むまで塩分制限を解除(NSTから管理栄養士,主治医と相談) ・バイタルサイン,浮腫の有無と程度,血液検査,心電図モニター波形の確認 ・水分出納,体重の推移,内服状況の確認 ・摂取量の観察,嗜好品の確認を行いながら食事摂取や間食を促す ・リハ内容の確認と食事提供量との検討をNSTやリハカンファレンスで行う ・退院指導内容(水分・塩分制限,日常生活活動)の検討 |
#2 活動耐性低下
【診断指標】倦怠感の訴え,労作時の呼吸困難
【関連因子】症状安静(浮腫による),呼吸機能,活動量低下
◆目標
・安静度の拡大に伴い,室内トイレまでの自立した排泄行動が可能になる ◆介入内容 ・ポータブルトイレへの移動時の動作確認(下肢の支持性やバランス)をしながら不安定時には一部介助する ・バイタルサイン,浮腫の有無と程度,SpO2値を観察する ・日常生活行動を利用し,リハ以外の活動性向上をめざす ・活動後の疲労感・呼吸状態の確認 ・リハ内容に見合った日常生活行動がとれるよう援助 |
リハスタッフと情報共有しながら,低強度の運動として,起き上がり,立ち上がり,座位などのADL訓練を実施。循環動態および呼吸状態をモニタリングしながら生活強度を漸増し,食種変更して食べやすい食事を提供しました。
介入後の経過
減塩食の摂取量は5割で,塩分摂取は3 g/日程度でした。そのため塩分制限を外し,全体量を少なくしたハーフ食(一般食の半分量程度+おやつ:塩7~8 g/日)の提供に変更。「おいしい」と話し,食事摂取量は徐々に増加し,8割以上摂取可能となりました。8病日には下肢浮腫が軽減したことで,体重44 kg(BMI 18.8 kg/m2),下腿周囲長は25.5 cmと筋肉量低下が明らかになりました。平行棒内歩行リハとなっても一人で活動することに自信がなく,臥床気味でした。理学療法士と協働し,ベッドサイドでのADL拡大をめざしたことにより,「自信が出てきた」と話し活動性が高まりました。活動量増加に伴う総エネルギー消費量をNSTで再検討し目標量を1700 kcal/日に増加,リハ後の間食(BCAA含有)を取り入れました。28病日目,IADL6点で自宅退院となりました。
今日からこれを始める!●慢性心不全急性増悪の患者には低栄養,サルコペニア,心臓悪液質の有無と原因をきちんと評価・診断した上で,早期にリハ栄養の介入をしましょう。
|
(つづく)
参考文献・URL
1)日本循環器学会/日本心不全学会.急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版).2018.
2)Eur Heart J. 2013[PMID:23178647]
3)日本循環器学会.心血管疾患におけるリハビリテーションに関するガイドライン(2012年改訂版).2012.
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