医学界新聞

連載

2018.07.02

 高齢者の「風邪」の診かた
実際どうする?どこまでやる?高齢者感染症の落としどころ

風邪様症状は最もよくある主訴だ。しかし高齢者の場合,風邪の判断が難しく,風邪にまぎれた風邪ではない疾患の判断も簡単ではない。本連載では高齢者の特徴を踏まえた「風邪」の診かたを解説する。

[第七回]高齢者の感染症ではEscalation therapyも抗菌薬適正使用への道

岸田 直樹(総合診療医・感染症医/北海道科学大学薬学部客員教授)


前回よりつづく

 前回(第3275号)は,高齢者診療で診断学の原則を当てはめる際の修正点を確認しました。さらに,「“正確な診断”は必ずしも高齢者診療のGoalではない」というピットフォールがありました。高齢者では「正確な診断,高度な医療こそが患者の求めているもの」ではないことが多々あります。そのため,時には疾患を治療しないという方針があり得ます。しかし,この方針をとる上で,感染症では注意が必要な疾患がいくつかあります。その一つが結核です。“伝播による感染拡大”という社会的損失を生じるからです。「積極的な治療はしない方針=何もしない」とすると,また別の大きなピットフォールになります。例えば肺に結節影を認めたとき,すぐにがんと見立ててよいのでしょうか。高齢者結核が増えているので,排菌のチェックをきちんと行う必要があります。

“De-escalation”はcommon diseaseほど難しい

 今回は「高齢者の感染症ではEscalation therapyも抗菌薬適正使用への道」を紹介したいと思います。高齢者の感染症診療が持つ「きれいごとでは済まない理想と現実」の落としどころが見えてきます。

 高齢者診療に限らず感染症診療の重要な原則にDe-escalationがあります。エンピリック治療では原因菌をターゲットから外さないために抗菌スペクトルが広めの抗菌薬を選択し,培養結果が出たら狭域抗菌薬に絞り込む手法です。抗菌薬適正使用の手法として,もはや知らない人はいない重要な原則です1)

 ところが,実際の臨床での実践は簡単でありません。日々の感染症診療で,皆さんはどのくらいDe-escalationできていますか? 「培養結果など見ずに,症状が良くなったら何となく狭域の抗菌薬にしている」というのはカウントしないでくださいね。ダメとは言いませんが,それは一般化しにくい“盲目的De-escalation”です。きちんと一般化できる方法でDe-escalationできている症例は意外に少ないのではないでしょうか。感覚的には,5割もDe-escalationできていたら素晴らしいです。

 なんとこのDe-escalationは,common diseaseほど難しいのです。感染性心内膜炎や髄膜炎,カテーテル関連血流感染症などは適切なアプローチをすれば培養陽性となることが多く,起因菌がわかります。そうなればDe-escalationは難しくはありません。ところが,高齢者の細菌感染症Big 3の肺炎,尿路感染症(UTI),胆管炎,そして蜂窩織炎は,意外にもDe-escalationに苦戦します。これらの感染症は非高齢者でも起こりますが,高齢者診療ではより苦戦します。この理由を丁寧に考えてみましょう。

培養で出てきた微生物≠起因菌全体

 感染症診療が難しいと感じる理由に,培養結果の解釈の難しさがあります。「培養で出てきた微生物=起因菌の全て」だとわかりやすいですが,そうでない感染症が多いのです。特にcommon diseaseで多い傾向があります。

 例えば,無菌検体ではない喀痰培養は,培養された微生物全てが起因菌でないことは理解しやすいでしょう。ところが,分類上は無菌検体である尿培養でも,高齢者では無症候性細菌尿が存在します。高齢男性で25%程度,高齢女性では多いと50%の頻度というデータがあります2)。UTIでなくても高齢者では尿培養が陽性になり,出てきた微生物の全てが起因菌とは限らないのです。肺と尿路は,培養で出てきた微生物の全滅という治療戦略がとれません。

 適切な培養提出ができず,抗菌薬の適正使用に困る感染症もあります。高齢者では,喀痰がうまく出せなかったり,尿培養もバルーンからとらないといけなかったりします。他にも胆管炎では,抗菌薬投与前にとれる検体は基本的には血液のみで,胆汁がとれるのは抗菌薬投与後がほとんどです。緊急でのドレナージが必要ではない症例も多く,そうなるとERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影)をするとしても数日後になります。また,胆道系感染症の病態は基本的にはpolymicrobialなので,血液培養で出てきた微生物が起因菌の一つであることは間違いないのですが,その菌のみをターゲットにするのは理論的には“盲目的De-escalation”となります。蜂窩織炎も血液培養陽性率は極めて低いです3)。局所の培養もまずとれません。発赤のmarginに生理食塩水を注入して回収・培養する方法もありますが,局所の培養を提出するための苦痛や回収率を考えると現実的ではありません。

 微生物の臓器への得意不得意から,感染症への関与を予測することはできます。例えば,喀痰や尿培養でカンジダやCNS(コアグラーゼ陰性ブドウ球菌),コリネバクテリウムがpolymicrobialの一つとして出てきた場合は,自信を持ってそれらの菌を無視できるでしょう。しかし,抗菌薬適正使用の難敵である薬剤耐性菌の多くについて,その関与の有無があいまいなため,「臨床経過と合わせた総合的な判断」となります。

高齢者は薬剤耐性菌のすみか 薬剤耐性菌の真の関与は?

 高齢者の感染症でDe-escalationが容易でないもう一つの理由として,高齢者は薬剤耐性菌を持つケースが多いことが挙げられます。例えば,セッティングにもよりますが,真のMRSA肺炎は,1割未満かと思います。しかし,1割ということは,10人に1人はいるかもしれないわけです。その他,SPACE(セラチア,緑膿菌,アシネトバクター,シトロバクター,エンテロバクター)など薬剤耐性の強いグラム陰性桿菌がpolymicrobialの一つの場合も,培養結果のみでは感染症に関与していないとクリアカットに判断はできません。

 ではどうしたら,これら薬剤耐性菌が関与していないと判断できるでしょうか。それは「これらの薬剤耐性菌を標的としない抗菌薬の投与で症状が良くなった」という時間軸を使った経過でしかわかりません。喀痰のグラム染色での貪食像の有無も参考にはしてよいでしょう。しかし,「貪食していない=起因菌ではない」も,「貪食している=起因菌」も,自信を持って判断できるものではないでしょう。つまり,抗菌スペクトルの広い抗菌薬を用いて治療した場合,培養の結果出てきた微生物が感染症に関与していないかの判断ができないため,治療対象のままとするしかないのです。「高齢者なので,重症化リスクを回避するために,抗菌スペクトルの広い,バンコマイシン+カルバペネム系抗菌薬を処方しました」というアセスメントをよく聞きますが,そうすると薬剤耐性菌が出てきた場合にDe-escalationすることができなくなってしまいます。

エンピリックはややnarrowに攻め,EscalationとDe-escalationを組み合わせる

 このような高齢者の感染症診療の特徴や,抗菌薬適正使用が重要な時代という背景から,感染症のエンピリック治療の考え方がパラダイムシフトしています。そして,そうした新たなエンピリック治療についての臨床研究も増えています4)。前述のようにDe-escalationが難しい感染症が意外に多いため,エンピリック治療から可能な限りnarrow(狭域抗菌薬)で攻めて,改善が乏しい場合にEscalationする方針です()。特に薬剤耐性菌のすみかとなりやすい高齢者では,培養するといろいろな薬剤耐性菌が出てきます。時間軸を使ったアプローチをすることで,「それが真に感染症に関与しているか?」を丁寧に考えられます。“耐性菌を無視する勇気”とも言えますね。

 これからの感染症治療(クリックで拡大)
広域抗菌薬からDe-escalationしていくだけでなく,エンピリックはややnarrowな抗菌薬を選定する。培養結果や抗菌薬の効果に鑑みて,De-escalationとEscalationを組み合わせることで治療を進めていくことが望ましい。

 注意したいのは,「日本古来のEscalation治療が良く,De-escalationは間違い」という話なのではなく,どちらも重要で,上手に使い分ける必要があるということです。繰り返しますが,De-escalationは重要です。できるなら必ずやる。しかし,「De-escalationするから」という表現は,ときに「エンピリックはbroadでもいいよね」の言い訳に使われていると感じます。「抗菌薬を開始するときは,今後De-escalationできる状況かを考え,ときにnarrowに攻める」という心得が重要です。

今回のまとめ

■De-escalationは意外にしにくい
 ―真の無菌検体ではないものが多い(喀痰・尿・褥瘡など)
 ―適切な培養提出ができていない(つば痰・尿バルーンの培養・抗菌薬投与後胆汁培養)
 ―耐性菌関与の判断は,抗菌スペクトラム上治療している場合難しい
■新しい感染症の治療戦略! エンピリックからややnarrowに攻める
■EscalationとDe-escalationを上手に組み合わせる

つづく

参考文献
1)Lancet Infect Dis. 2016[PMID:26947617]
2)Clin Infect Dis. 2005[PMID:15714408]
3)J Infect. 2012[PMID:22101078]
4)N Engl J Med.2015 [PMID:25830421]

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