医学界新聞

連載

2018.06.04

 高齢者の「風邪」の診かた
実際どうする?どこまでやる?高齢者感染症の落としどころ

風邪様症状は最もよくある主訴だ。しかし高齢者の場合,風邪の判断が難しく,風邪にまぎれた風邪ではない疾患の判断も簡単ではない。本連載では高齢者の特徴を踏まえた「風邪」の診かたを解説する。

[第六回]受診のきっかけUTI 高齢者の発熱・炎症所見の原因を「一元的に考えない」

岸田 直樹(総合診療医・感染症医/北海道科学大学薬学部客員教授)


前回よりつづく

 前回(第3271号)は高齢者の急性の発熱・炎症所見チェックリストをご紹介しました。高齢者診療では「Atypical is typical(非典型こそ典型)」が日常です。高齢者の急性の発熱・炎症所見はチェックリストとして医療者皆で指差し確認することが重要です。チェック項目を見てもわかるように,大切なことは具体的な症状というよりはベースラインからの変化ですので,原因に最もよく気が付くのは医師ではなく普段接している医療者や介護者,家族です。発熱の原因を介護者に教えてもらうことは多々あります。この視点から,皆で高齢者の変化に気が付くことが重要です。さて,そんな高齢者診療ですが,臨床ではまだまだきれいごとでは許されないもやっとした難しさがあります。しかしそれにも論理的に説明可能なコツがある印象です。これらを理解すると臨床の幅がとても広くなると感じます。

診断学の原則を高齢者診療に当てはめる際の注意点

 診断学の世界では多くの原則・格言があります。「dual processes model(診断は直感的思考と分析的思考の2つの要素から成る)」1, 2),「Sutton’s law」,「Tissue is the issue」など,どれも正確な診断に至るためには重要です。しかし,これらを高齢者診療へ当てはめるにはいくつか修正が必要そうです。

 これら原則の中でも特に高齢者診療での修正が必要なものとして「Unifying diagnosis(一元的に考える)」があります。簡単に説明すると,患者さんに起こっている病態をうまく説明できない場合,どうしても2つ以上の別な病態が同時に起こったと考えたくなりますが,ぐっとこらえて「1つの病態で説明できる病態を探そう」という原則です。

 ところが高齢者ではこの原則がうまく当てはまらないことをよく経験します。ティアニー先生(カリフォルニア大サンフランシスコ校)の「Under 50 years old one disease, older than 50 years old multiple diseases」という名言を知っている人は多いでしょう。実はこの名言,元はあの『ハリソン内科学』のハリソン先生(1900~78年)のものです3)。「若い人の診断過程では一元的な説明を心掛け,高齢者は多元的であることが多いことを心掛けよ」というものですが,ここを丁寧に考えてみたいと思います。ひとまず,この素晴らしい格言は,「高齢者は何でもありだよね」という臨床での思考停止をサポートするものではありません(自戒の念を込めて)。また,「高齢者の検査では異常所見がたくさん見つかるよね」というものでもありません。高齢者で見つかった異常所見は,今回の病態を説明するものか偶発的に見つかったものかを丁寧に考える努力を忘れないようにしましょう。

 さてこの格言ですが,まず年齢を変えましょう。前回のサザエさんの話にもあったように,解剖学的・機能的な変化が起きる年齢も昔と大きく変わりました。そのため,「Under 75 years old one disease, older than 75 years old multiple diseases」が今は妥当なラインと感じます。ここで大切なのは,「この格言が実臨床でどう役立つか?」です。どのような事例が多いでしょうか。Caseを元に考えてみましょう。

CASE

脳梗塞でベッド上寝たきりの87歳女性。施設入所中。1週間前から食欲が低下し,いつもより活気がなかった。数日前から37.2℃の微熱を認めていたが,それ以外のバイタルは変わりなかった。本日けいれん様の動作あり。熱を測ったところ38.2℃あったため往診医に連絡したところ,救急要請となった。SpO2 92%(RA)で来院時のX線撮影で両下肺に軽度浸潤影を認めた。食事の際のむせこみもあり,誤嚥性肺炎の診断で入院となり,セフトリアキソン(CTRX)が投与開始となった。

「高齢者,受診のきっかけUTI」

 Caseはよくある高齢者診療です。往診医からのキラーパスがよくあるということではありません。けいれん疑いが悪寒戦慄だったことが「あるある」ということでもありません。本症例は「一元的ではない典型症例あるある」です。どこらへんが? と思われた方もいるかもしれません。本症例は入院後やや解熱傾向を認めましたが,血液培養からESBL産生大腸菌が検出されました。喀痰培養は良質な痰ではありませんでしたが,常在菌のみで大腸菌は検出されませんでした。このCaseは大腸菌肺炎でしょうか? 肺炎があることは明確ですが,血液培養が陽性となるグラム陰性桿菌の肺炎にしては,浸潤影は軽度で呼吸状態もそれほど悪くはありません。Fever workupで検査した尿からは,血液培養と同じ感受性の大腸菌が105 CFU/mL検出されました。そうなのです。血液培養の大腸菌は尿路感染症(UTI)の起因菌です。これは最もよく出会う形で「高齢者,受診のきっかけUTI」と研修医には指導しています。Caseの病態をもう少し丁寧に説明しますと,1週間前から誤嚥による化学性肺臓炎4)を発症していましたが,感染が成立し誤嚥性肺炎となり,微熱とともに食思不振もあり脱水傾向となり,尿流が停滞し尿路感染症となりました。その悪寒戦慄と高熱が受診の一番のきっかけになったのです()。このような「受診のきっかけUTI」はよく見かけます。「亜急性~慢性疾患+急性疾患」の組み合わせで,診療の際には急性疾患に目を奪われがちです。受診のきっかけUTIでは「誤嚥性肺炎+UTI」以外にも,「○○+UTI」としてのようなものがよく出会う印象です。

 一元的に考えてはいけない高齢者診療

 受診のきっかけUTIの背後にある頻度の高い疾患(筆者作成)

 受診のきっかけシリーズもまだいくつかある印象です。「受診のきっかけ頸部骨折(大腿骨)」は言うまでもなく,「受診のきっかけ偽痛風(動けない)」も時々出会います。感染症で脱水となり偽痛風が誘発されます。特に高齢者の偽痛風は多関節炎となる場合があり,「動けなくなり救急搬送」となります。偽痛風の背後に感染症(誤嚥性肺炎や胆のう炎など)や,薬剤によるものも含めて脱水を来す病態がないかを確認しましょう。

「暫定病名誤嚥性肺炎±UTI」は現実的な方針

 上記理由からも高齢者診療では病態を一元的に説明しにくい場合は多々あります。また,X線撮影での浸潤影が微妙だったり,無症候性細菌尿かもしれないとはわかっていながらも尿検査での膿尿・細菌尿くらいしかなく,誤嚥性肺炎疑い/UTI疑いという方針にしたくなることも多いでしょう。これは臨床能力不足ではなく,極めて現実的な方針と感じます。ここで大切なことは,迅速な軌道修正です。急な悪寒戦慄で尿路感染症疑いで入院。尿培養から大腸菌が優位に検出されたが,血液培養から黄色ブドウ球菌が検出された……,という具合に治療方針と培養結果に乖離(かいり)があれば軌道修正しましょう。黄色ブドウ球菌なので,検索すると深部に膿瘍を伴う褥瘡感染が見つかった,腸腰筋膿瘍だった,人工物感染だった,という場合も,最初のアセスメント不足というのはどうかと思います。褥瘡感染症はいったんかなり減少しましたが,近年再度増加傾向です。これは高齢化のスピードに介護の現場が追い付いていない現状によるものだと日々の臨床で感じます。

“正確な診断”は必ずしも高齢者診療のGoalではない

 医療者の多くは,「正確な診断,高度な医療こそが患者の求めているもの」と考えがちです。特に急性期病院がその役割を担っていることは間違いありません。「急性期病院に運ばれてきたんだから」とつい言いたくもなりますが,高齢者診療はその限りではありません。急激な高齢化に医療システムが追い付いていないことが原因のひとつであることは間違いありません。しかし現場の変化が落ち着くのは,人口学の側面からもまだ10年以上はかかると感じます。診断学の原則を高齢者診療に当てはめる際の最も忘れがちな注意点は,実はここにあるのかもしれません。

今回のまとめ

■「一元的に考えない」にもパターンあり
■「受診のきっかけUTI」の背後にある頻度の高い疾患を意識する
■「暫定病名誤嚥性肺炎±UTI」は現実的な方針。培養結果で迅速な軌道修正を!
■診断学の原則・格言を高齢者に当てはめる際には修正が必要

つづく

参考文献
1)LT Kohn, et al. To Err Is Human : Building a Safer Health System. National Academies Press;2000.
2)志水太郎.診断戦略――診断力向上のためのアートとサイエンス.医学書院;2014.
3)ローレンス・ティアニー,他.ティアニー先生の診断入門 第2版.医学書院;2011.
4)岸田直樹.誤嚥性肺炎の抗菌薬・嫌気性菌カバーの考え方.medicina.2009;46(10):1582-5.

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