食に関する報道のゆがみ(今村文昭)
連載
2018.07.02
栄養疫学者の視点から
栄養に関する研究の質は玉石混交。情報の渦に巻き込まれないために,栄養疫学を専門とする著者が「食と健康の関係」を考察します。
[第16話]食に関する報道のゆがみ
今村 文昭(英国ケンブリッジ大学 MRC(Medical Research Council)疫学ユニット)
(前回よりつづく)
栄養疫学に限らず,正確さを損なわずに誰にでも理解しやすい情報を発信することは難しいものです。さらに情報過多のこの時代,受け取る側も溢れる情報のかけらを消化しながら,ますます混沌としています。
前回(3275号)紹介した玄米と白米とを比較した研究(J Nutr. 2011[PMID:21795429])について,ハーバード大学からも広報記事が出ています(註1)。白米の群でLDLコレステロールが下がった他,糖尿病患者に限った解析でのみ玄米の群では拡張期血圧が下がり,HDLコレステロールが上がることも副次的に確認されています(p<0.1)。しかし興味深いことに記事ではLDLについては触れられず,HDLと拡張期血圧についてのみ良い結果として紹介されています。さらに臨床試験の登録上では第II,III相とされた研究ながら(註2),記事ではパイロット研究の扱いです。実際の論文は無難な内容にもかかわらず,一般向けの記事では明らかに印象が異なります。
こうした論文と広報との内容の相違は医学界にて長らく問題視されており,そのエビデンスも蓄積しています。科学に関するプレスリリース462報とその基となった論文との内容の違いを分析した研究では,実に約3分の1のプレスリリースに何らかの誇張があると判断されました(BMJ. 2014[PMID:25498121])。こうした事態は,科学の社会への貢献を重要視した昨今の風潮の副産物といえるでしょう。
では対応策として何が挙げられるでしょうか。英国では学術雑誌の編集部が報道前にScience Media Centre(SMC)という科学報道の専門機関に論文を送り,SMCが複数の専門家から研究に関する意見を収集した後,BBCなどの報道機関に発信しています。そして報道の際には論文著者の主張とは関係しない客観的な意見も同時に発表されます。メディアと科学界との相互の協力がこの仕組みを支えています。
しかしこれでは根本となる科学情報が難解であったり誤っていたりすると万全とはいきません。例えばメタ解析の結果などはよく報道のネタとなるものの,栄養疫学領域ではその科学としての粗悪さが認識されています(JAMA. 2017[PMID:28975260])。くしくも私が籍を置くケンブリッジ大学のグループの研究が,世間を混乱させた悪例として扱われています(Ann Intern Med. 2014[PMID:24723079])。
そして栄養疫学では同じ題材についても複数のメタ解析があり(第1話・3218号,第15話・3275号),幅広い読者層を想定すれば複数のアウトカムを考慮する必要も生じます。例えば前回(3275号)触れたように,お米や穀物の話となると糖尿病のリスクが着目されがちと思います。しかし,(なんでもそうですが)そこだけに焦点を当てることの怖さは拭えません。それはお米の摂取が高いほど死亡率が低いという傾向に加え,日本では糖尿病にかかっていない人の死亡率は糖尿病の罹患率よりも高いと考えられるからです(図)。一つの研究成果や疾患・食品にとらわれない慎重な解釈が必須であることがわかります。
図 糖尿病を患っていない人の糖尿病罹患率,および死亡率の推定値(クリックで拡大) |
母集団が研究により異なるので単純な比較には要注意。BMI:body-mass index |
食に関する報道では栄養疫学研究や系統的レビューの実績に基づく論説などはなかなか得られません。そして客観性の疑わしい私見のアピールや誤解に基づいた不適切な情報が世に放たれます。食の科学はそもそも一つの科学領域としてくくれないものです(Nutrition is an agenda.[註3])。したがって食の情報の伝達には,学会がガイドラインを策定する際のように多方面の専門家が互いに意見を交わすことが必須です。そして人々や社会がより健やかであるようにという栄養学の本来あるべき理念を,情報を伝える側・受け取る側が共に尊重していけばと思います。
(つづく)
註1:https://www.hsph.harvard.edu/news/features/gnet-brown-rice-diabetes/
註2:臨床試験実施前に登録された内容より(NCT01022411)。
註3:栄養学の権威,故Jean Mayerの言葉。
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