医学界新聞

連載

2018.05.07

 高齢者の「風邪」の診かた
実際どうする?どこまでやる?高齢者感染症の落としどころ

風邪様症状は最もよくある主訴だ。しかし高齢者の場合,風邪の判断が難しく,風邪にまぎれた風邪ではない疾患の判断も簡単ではない。本連載では高齢者の特徴を踏まえた「風邪」の診かたを解説する。

[第五回]高齢者の急性の発熱・炎症所見チェックリスト

岸田 直樹(総合診療医・感染症医/北海道科学大学薬学部客員教授)


前回よりつづく

 前回(第3267号)は,咳症状メイン型を高齢者に当てはめる場合の考え方を確認しました。高齢者では抗菌薬が必要な気管支炎や肺炎が健常成人よりも多く,抗菌薬投与の効果は非高齢者の数倍ありそうです。また肺に明確な基礎疾患がないにもかかわらず肺炎や細菌性の気管支炎などを起こす理由として,“慢性肺臓病”という疾患概念があるとしっくりくることを提示しました。今回は,風邪症状のメインともいえる発熱について,チェックリストのかたちで診療のアプローチを考えてみます。

“高齢者”の定義を再考する

 まずはチェックリストを適用する高齢者の定義を確認したいと思います。高齢者はWHO定義で65歳以上を指しますが,その年齢を超えてもADL・認知機能ともに健常成人と変わらない人は現在ではたくさんいます。高齢者の定義を見直す意見は国内でも出ています1)。実臨床でも65歳以上を高齢者とする定義に違和感を抱く場面は少なくありません。例えば,『サザエさん』の波平さんは見た目はおじいちゃんですが,54歳という設定です。『サザエさん』の原作は第二次世界大戦直後の1946年に連載が始まりました。その当時は55歳定年制度が主流で(この定年制は高度経済成長期まで続きました),まさに退職間際の姿といえました。今は,あのような風貌の方は何歳くらいのイメージでしょうか? 75歳というのは妥当なラインと感じます。戦後の社会変化,特に高度経済成長期にかけて幼少期から若年成人期の栄養状態が急速に改善されたこともあり,高齢者の栄養状態・認知機能ともに大きく改善しています。ただし,当然個人差がありますので,高齢者を年齢で定義しなくなる日もそう遠くはないかもしれません。年齢のみで「高齢者」とするのではなく,加齢による解剖学的・機能的変化を踏まえながら,多様性を考慮して病態を丁寧にひもとけるようになったときこそ,日本の高齢者診療は成熟期を迎えるでしょう。

 ということで,症例定義は「75歳以上かつADL低下や認知症がある患者が,急性の経過で体温37℃以上もしくはベースラインから1℃上昇した場合」とします(発熱の定義は前回をご参照ください)。自分から訴えができないADL全介助の寝たきりの高齢者までイメージしてもよいでしょう。また,発熱とせずに血液検査での炎症所見としてもよいでしょう。さまざまな意見はありますが,CRPは高齢者に限らず精神疾患患者など訴えの乏しい患者で何らかの炎症が起こっていることの“気づき”の一つと考えると有用な検査だと日々感じます(あくまでも“気づき”であり,抗菌薬開始の判断ではありません)2)

チェックリストは医療者・介護者皆で指差し確認!

 これまで解説してきた通り,高齢者の風邪は訴えが乏しく,「Atypical is typical(非典型こそ典型)」です。実際,最終診断が肺炎や尿路感染症でも,主訴は「様子がおかしい」とか「動けない」がほとんどです。バイタルサインを取ってみると37℃以上の発熱やわずかな低酸素血症といった異常があることは多いですが,それに準じる訴えは本人からないことが多いでしょう。よってチェックリストによるアプローチが重要で,看護師,薬剤師など全ての医療者・介護者が活用し複数人で確認するのが有用です。

 ではどのような疾患群をどのような切り口で考えたらよいでしょうか? 総合診療医として日々高齢者を診療しているとのようなものが現実的かつ実践的と感じます。それぞれ熱く語りたいですが,チェックリストなのでシンプルに解説します。

 高齢者の急性の発熱・炎症所見チェックリスト(筆者作成)(クリックで拡大)

 高齢者の急な発熱・炎症の頻度(筆者作成)(クリックで拡大)

 高齢者の細菌感染症Big 3は,肺炎・尿路感染症・胆道系感染症です。米国のデータでは蜂窩織炎が入っていますが3),日本人は病的肥満の高齢者が米国ほど多くはないので,日本の実臨床ではこの3つだと感じます。

 そして高齢者の感染症の大きな特徴に人工物感染症があります。人工物には菌がバイオフィルムを形成しやすく感染症としても難治性です。また,菌量が多くなくても感染が成立するため,局所症状・所見に乏しいのが特徴です。ただでさえ訴えが乏しい高齢者ですので,すぐに検査し診断することは過剰診療にもなりやすく難しいですが,その後の経過で迅速に軌道修正できるように,“チェック病変”として日々変化がないかを確認することは極めて重要です。また,加齢性変化の大きい部位にも菌は付きやすいです。感染症の側面では「加齢性変化部位=人工物」と考えてもよいです。

今回のまとめ

■高齢者の風邪は訴えが“非典型が典型”。医療者皆でチェックリストを確認!
■細菌感染症Big 3は常に確認! その他熱源は耳下腺,子宮,股関節の3つを忘れがち。
■「加齢性変化部位=人工物」と考えよ! 疑いの目で日々確認!

つづく

参考文献
1)Geriatr Gerontol Int.2017[PMID:28670849]
2)Clin Infect Dis.2004[PMID:15307030]
3)J Am Geriatr Soc. 2016[PMID:26696501]