病歴にこだわる神経診察(福武敏夫,佐野正彦)
インタビュー
2017.11.06
【interview】
福武 敏夫氏に聞く
病歴にこだわる神経診察
知識と推理で単純に
福武 敏夫氏(亀田メディカルセンター神経内科部長・内科チェアマン)
佐野 正彦氏(汐田総合病院神経内科)=聞き手
神経学は眼球運動異常などの複雑な項目から始まる網羅的な教科書が多く,人名が冠された症候名や手技名が次々に出てくることから,“Neurophobia(神経学嫌い)”の内科医,総合診療医は少なくない。
神経内科医だけでなく脳神経外科医や総合内科医にまで幅広く好評を博した『神経症状の診かた・考えかた――General Neurologyのすすめ』(医学書院)を著した福武敏夫氏は,まずは日常診療でよく遭遇する症候や病態をとらえ,どう診断に結び付けるかの道筋を知ることが重要だと言う。本紙では,神経内科専門医の佐野正彦氏がインタビュアーとなり,福武氏自身の経験を通じた神経診察のポイントを聞いた。
佐野 私はもともと総合内科系の医師でしたが,家庭医療専門医として往診をする中で神経内科に関心を持ちました。何となく往診しているだけで明確な診断はできていない患者や症状の説明がつかない患者がいて,実際には治療可能な神経疾患だった経験をしたのが神経内科へ転身したきっかけです。当院には平山惠造先生(千葉大名誉教授)が月に1度回診に来ており,これまで自分が神経症状を漠然と診ていたことにあらためて気付かされました。今日は福武先生に,神経診察のポイントを教えていただこうと思います。
神経診察は病歴に始まり病歴に終わる
佐野 そもそも非専門医が神経疾患に苦手意識を持ちやすいのはなぜでしょうか。
福武 神経疾患を診るのが難しい理由には2つのパターンがあります。
1つは医師自身の知識不足。表面的な知識で誤ったキーワード設定をしてしまうと,間違った診断をしてしまったり,一生懸命調べてもいつまで経っても答えにたどり着けなかったりします。患者に余計な検査を行って負担を掛けてしまうこともあります。
もう1つは,患者から必要な情報を聞き出せていないことです。神経診察の肝は病歴聴取にあります。「どのような人が,いつから,どこが,どのように」悪いのか,4W1Hを丁寧に聞くのは診断の基本ですよね。個々の疾患・病態にはそれを起こしやすい患者がいますので,年齢,性別,職業,体型などの基本的背景の把握は最重要です。病歴聴取に簡単で本質的な身体手技を加えれば,神経疾患のほとんどをカバーできます。
佐野 限られた診察時間の中で有効な病歴聴取をするのはかなり難しい技術だと思います。
福武 病歴はオープンに聞くだけでは必要な情報になかなかたどり着けません。「聞く」だけでなく,方向性を決めて「訊く」ことが必要です。
佐野 「こんな症状がありませんか?」と整理して聞き出していくのですね。疾患ごとに病歴聴取の引き出しを作るためにはどうすればよいでしょうか。
福武 まずは,頭痛,めまい,しびれといった外来や救急に最も多い症状について,第一に考慮すべきポイントを押さえることが重要です。
例えば片頭痛は,伝統的に挙げられる片側性や拍動性は診断のポイントではありません。片頭痛は「頭痛+感覚過敏」の症候群なので,「暗い静かな所で横になりたくなる頭痛」と覚えるとよいです。POUND診断が流行しているようですが,誤診を生みやすいので注意すべきです。群発頭痛と片頭痛の鑑別なら,群発性か否かよりも痛みがあるときにどのように過ごしているか。片頭痛は寝込みますが,群発頭痛は耐え難い痛みで動き回ります。このことのほうが流涙云々よりも診断価値が高いです。
佐野 誤診の原因には病気の自然歴を知らないこともありそうです。教科書にはあまり書かれていないし,書いてあっても多数の情報の中で埋もれています。指導医も知らないので総合内科時代は困っていました。
福武 初学者は診断基準やガイドラインを重視しすぎる傾向があります。それらは情報を整理するには有用ですが,実臨床では病歴や患者背景を重視すべきです。そうでないと,どんなに勉強熱心でも的を外してしまう。
例えば,総合内科の指導的立場にある人が,「側頭部の痛み」というキーワードで10歳児の鑑別に側頭動脈炎(巨細胞性動脈炎)を挙げていたことがありました。それは60歳以上の中高年に多い病気です。
佐野 症状に対して仮説演繹的に鑑別診断を並べる方法では,あり得ない鑑別まで挙がってしまうことがあるということですね。
本質的な身体手技を押さえる
佐野 福武先生は実際にどのような手順で診察をしているのですか。
福武 外来では,患者の入室から着席までの動きで歩行を見て,主訴と簡単な日時関係を聞いていきます。歩行と会話に明らかな異常がなければ,診察すべき範囲はかなり狭まります。多くの場合,問診と並行して腱反射を診て方針を決めます。
佐野 なぜ,まず腱反射を診るのでしょうか。
福武 反射の変化は神経機能障害早期の軽微な現れを示しますし,随意的コントロールが難しいため客観的に判定できます。また,診察に協力が得られない場合でも施行できます。問答しながらだと患者の気が反れてより判定しやすくなります。
たかが腱反射と侮ってはいけません。そもそも,きちんと腱反射を診られている人は意外と少ないんです。私は以前3年間ほど専門医試験の面接員をしていましたが,診察手技は腱反射をきちんと診られていれば合格にしていました。腕橈骨筋反射を診るといっても,どれが腕橈骨筋か正確に言えない人はだめですね。機序もわからずに固有名詞ばかり覚えても役に立ちません。神経診察をシンプルに進めるためには,神経系の基本的解剖を理解することが近道です。私の場合,運動系,小脳系,感覚系,自律神経系という系統とそのレベルに分けて神経系の解剖を縦に単純に整理しています。
画像に頼りすぎない
佐野 画像に頼りすぎることにも注意しないといけないと感じています。最近,「足が痙性麻痺で階段の下りが苦手」という所見が明確にあるにもかかわらず,画像に異常がないためにどの病院でも心因性を疑われてきた多発性硬化症の患者がいました。
福武 所見がない場合もそうですが,何か所見あった場合に安易に結論に結び付けることも問題です。「ヘルニアがあるから,それによる痺れだ」とか。
画像診断のピットフォールには,撮像部位選択の誤り,画像手段選択の誤り,読みの不足,短絡的判断,アーチファクトへの理解不足などがあります。例えば,症状から脳幹病変や低髄圧症候群を疑った場合は,初めから造影MRIをすべきですよね。脚に異常があるからと一様に腰から調べ始めたり,下半身の病気だからと胸髄以下で撮ったりというのではなく,神経症候をもとに頸髄のことも考えて検査しないと,病変は見えません。
他の疾患と間違われやすい疾患
福武 他科疾患の患者が神経内科に来た場合,その理由を考えることも勉強になります。例えば,脳梗塞と言われていたけど実際はパーキンソン病だった人。パーキンソン病の運動障害が一側に限られている段階で受診し,頭部MRIでラクナ梗塞などがみられると誤診されやすいです。リウマチや変形性脊椎症と間違えられている人も多いですし,その逆もあります(表1,2)。
表1 パーキンソン病と誤診されやすいパターン1) |
表2 脳卒中と紛らわしい病態1) |
佐野 パーキンソン病として治療しても一向によくならないと思ったら,別の疾患だったということもありますね。
福武 そうした例を共有することでお互いの科の診察レベルが高まります。
特に重要なのは,原因が特定さえできれば治る病気です。例えば,発作性運動起原性ジスキネジアは10歳前後の小児に多く,抗てんかん薬が効果を持ちます。知らないと病気だと気付きにくく,教師などから悪ふざけと誤解されてしまう。脳神経外科や整形外科でも診る可能性があるので,ぜひ知ってほしいです。
佐野 神経内科には心因性を疑われてきた患者も多いですよね。先日は精神科の患者が,歩けなくなったと来院しました。腱反射は正常で,筋トーヌスは高度に低下。抗不安薬の過剰摂取を疑い,調整したところ良くなりました。
福武 神経内科では薬のチェックは最初にすべきことの一つです。外来患者の何割かは,薬を整理したらよくなります。関係ないかもしれなくても,鑑別を始める前に全部,徹底的に調べる。
その他,心因性と間違えられやすい疾患にはパターンがあるので確認してください(表3)。...
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