医学界新聞

寄稿

2017.10.30



【寄稿】

「ちょっと盛られた」臨床試験の気付き方
臨床試験にかかわるすべての関係者へ

奥村 泰之(医療経済研究・社会保険福祉協会 医療経済研究機構研究部 主任研究員)


 ランダム化比較試験のエビデンスの質は,最高峰と考えられている。しかし,私たちが臨床試験の研究成果を読むとき,たとえ有名な学術誌に掲載されている場合であっても,その研究成果の主張をうのみにするべきではない。なぜなら,研究者の期待に添わない否定的な研究成果が得られた試験の50%は,肯定的な研究成果が得られたかのように,アブストラクトの結論部を「盛って」報告しているからである1)

 「研究成果の解釈をゆがめ,読者を欺く執筆術」は粉飾(spin)と呼ばれる1~3)。ここで,粉飾とは,①主要評価項目に関して統計的有意性が得られなかった場合に,実験的治療法の有益性を強調する報告戦略,あるいは,②主要評価項目から読者の注意をそらす報告戦略と定義されている。

「ちょっと盛られた」臨床試験

 この問題への理解のために,アブストラクトの結論部が粉飾された臨床試験の事例を紹介しよう。2016年8月,「自閉症に効くオキシトシン,使用量増が症状改善 福井大」(朝日新聞医療サイト「アピタル」)といった記事が,さまざまな媒体で報道された。記事を読むと,ホルモンであるオキシトシンを自閉症患者に点鼻する臨床試験が行われ,その結果,一定量のオキシトシンを点鼻された人は「視線が合う」など,症状が改善したと書かれている。

 さて,記事の元になった論文を確認してみよう。リサーチクエスチョンは,オキシトシンスプレー(高用量/低用量の2条件)による治療を受けた自閉症患者は,経鼻プラセボによる治療を受けた患者と比べて,割り付けから12週時点の症状〔重症度の印象スコア(CGI-S),改善度の印象スコア(CGI-I),かかわり指標スコア(IRSA)〕が優れて改善するか,というものである4)。パイロット試験の結果,3つの主要評価項目ともに,オキシトシン群とプラセボ群との間に,統計的に有意な差は認められなかった。一方で,アドヒアランスが良好な男性というサブグループに着目したところ,改善度の印象スコアに関するプラセボに対する統計的有意性は,高用量オキシトシンでは認められた一方で,低用量オキシトシンでは認められなかった。これらの結果から,アブストラクトにおいて「青年における自閉症に対するオキシトシンの有効性は,オキシトシンの用量と遺伝的個人差の影響を受けることを示唆する」と結論付けている。

これが定番の粉飾法

 筆者が確認する限り,この臨床試験の結論では,定番の粉飾法が活用されている。定番の粉飾法とは,主要評価項目に統計的有意性が得られていない優越性試験において,①統計的有意性が得られた他の結果(サブグループ/副次的評価項目/群内の差)に焦点化すること,②主要評価項目が有意ではない結果から,両群ともに同等の有効性を有すると解釈すること,③主要評価項目が有意ではない結果にもかかわらず,治療の有益性を強調することである2)

 前途の臨床試験において,試験参加者全体では症状改善効果が認められなかった事実に触れずに,症状改善効果が認められたサブグループに焦点化して結論付けたことに科学的妥当性はなかったであろう。粉飾せずに,「自閉症へのオキシトシンは,プラセボに対する症状改善効果の優越性が認められなかった」と結論付けることが望ましかったと思われる。そもそも,サブグループ分析の結果を信用できる状況は限られているため注意が必要である1)

計画は変幻自在

 さらに,この臨床試験について,臨床試験登録を使って,主要評価項目の変遷を確認してみよう。UMIN臨床試験登録システムに,研究計画の変更履歴が公開されている。まず,症例登録の開始段階(2011/3/8)における主要評価項目は,「臨床症状評価尺度各種,MRI検査」など多数の項目が設定されていた。次に,症例登録から2年経過した段階(2013/4/8)における主要評価項目は,「かかわり指標スコア」の1項目に限定されていた。ところが,試験終了から2か月後の段階(2014/5/14)における主要評価項目は,論文と同じ3項目に設定されていた。

 なぜ,主要評価項目が変遷しているか,その理由はわからない。しかし,主要評価項目に変遷がみられる臨床試験では,統計的有意性が得られた副次的評価項目に焦点化するという粉飾法が活用されている可能性が否めないため,注意が必要である。

問題解決に向けて

 結論が粉飾された臨床試験の主張には科学的妥当性がないものの,研究者にとって粉飾の自由が担保されているかのような状況がある。粉飾は,ヘルシンキ宣言第36条に抵触し得る行為とは考えられるが,研究不正や触法行為といった研究者生命を脅かすほどの行為とはみなされていない。編集者への手紙(letter to the editor)による指摘を通して粉飾された臨床試験が論文撤回されるという事例もあるが,粉飾の事実が第3者によって指摘されること自体,希少な事例である1, 5)。つまり,粉飾された臨床試験は,学術誌における査読の関門さえ突破してしまえば,その後,アカデミアによって自浄されることが期待できないのである。粉飾がまん延し得る環境が,十分に整ってしまっている。

 粉飾された臨床試験がまん延しているため,私たちが臨床試験の研究成果を読むときには,①サブグループに焦点化して治療の有益性を強調した結論付けをしているなど,主要評価項目の結果と結論に整合性があるか否か,②主要評価項目など,研究計画に変遷がみられるか否かを確認すべきである。わずかな注意さえあれば,誇大広告と化した臨床試験をたやすく判別できるようになる。

 臨床試験にかかわるすべての関係者は,こうした事実を認識し,粉飾問題対策を行う必要があるだろう()。臨床試験の研究代表者や共同研究者は,出版倫理や臨床疫学の知識向上に努める必要がある。また,編集委員会は,ゲートキーパー機能を強化するため,この問題を査読者などに周知することが求められよう。臨床試験の読者も,粉飾の事実に気付いたときは,編集者への手紙などで注意喚起するなど,出版後の再評価機能を発揮することが期待される。特に,資金提供者やメディア関係者が,再評価機能を発揮できれば,粉飾問題解決の大きな力になるだろう。

 粉飾問題解決に向けた関係者の役割

 まずは,臨床試験にかかわるすべての関係者が「結論がわい曲されたエビデンスで医療が変わると,国民に不利益が生じ得る」と理解することから始まると筆者は信じている。臨床試験の実施に伴う,多くの人の善意と時間と資金を無駄にしないために,粉飾問題の解決に向けた総合的な取り組みが求められる。

参考文献
1)奥村泰之.論説 粉飾された臨床試験の判別法――臨床試験のすべての関係者へ.臨床評価.2017;45(1):25-34.http://cont.o.oo7.jp/45_1/p25-34.pdf
2)JAMA.2010[PMID:20501928]
3)奥村泰之.研究部レポート アクセプトされる失敗した臨床試験の粉飾法――無駄のない研究推進のためのピアレビュー研究.Monthly IHEP.2014;231:23-8.
4)Transl Psychiatry.2016[PMID:27552585]
5)Int J Neuropsychopharmacol.2017[PMID:28199677]


おくむら・やすゆき氏
2009年日大大学院修了,博士(心理学)。05年より,国立保健医療科学院,日医大,国立精神・神経医療研究センターを経て,13年より現職。専門は臨床疫学。『Journal of Epidemiology』,『行動療法研究』,『認知療法研究』の編集委員。改正労働契約法の影響を受け,本年度,任期満了と同時に無職の危機ヽ(ヽ゚ロ゚)ヒイィィィ!!!

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