コラーゲンのエビデンス(今村文昭)
連載
2017.10.16
栄養疫学者の視点から
栄養に関する研究の質は玉石混交。情報の渦に巻き込まれないために,栄養疫学を専門とする著者が「食と健康の関係」を考察します。
[第7話]コラーゲンのエビデンス
今村 文昭(英国ケンブリッジ大学 MRC(Medical Research Council)疫学ユニット)
(前回よりつづく)
肉や魚などから摂取するコラーゲン,あるいはサプリメントなどとしてちまたに溢れているコラーゲン。「摂取しても胃で分解されるだけ。意味はない。」と以前の私は考えていました。
しかしそれでは,ペプチドホルモン摂取の懸念(家畜に投与された肥育ホルモンの残留など)や植物性タンパク質の寄与するアレルギーにかかわる議論などを全て否定することになり,理にかないません。また,コラーゲンの研究を支える「仮説」は妥当です。簡単に述べると,コラーゲンには特有とも言えるアミノ酸(水酸化プロリンなど)が含まれており,それを含む化合物の摂取が身体に「コラーゲンが壊れている」と勘違いさせ,その生成を促す(positive feedback)というものです。コラーゲン生成の働きを示す血中の指標については,この仮説と矛盾しない結果が得られています(Am J Clin Nutr. 2017[PMID:27852613])。
ただし,こうした生理学的な知見や小規模の観察だけに基づいて医学的効果を判断すること自体,EBMからずれています。厳密に言えば,コラーゲン摂取の効果には「強いエビデンスはない」と考えるのが良いでしょう。とは言えその効果検証については,複数の臨床試験が実施され良好な効果が報告されており,第5話(第3235号)で紹介したような代替医療と比べると何歩もリードしているように思います。以下は二重盲検ランダム化比較試験の例です。コラーゲン摂取群ではゼラチン,コラーゲン加水分解液あるいは錠剤が,対照群では多糖類のゼリーなどが使用されています。
■米国にて,関節痛を訴えた運動部の学生147人を対象にした半年間の試験(Curr Med Res Opin. 2008[PMID:18416885])。医師による痛みの診断では,多くの項目についてコラーゲン摂取群で有意に改善がみられ,はり治療などの利用も減少。
■米国にて,褥瘡患者89人を対象にした2か月間の多施設試験(Adv Skin Wound Care. 2006[PMID:16557055])。褥瘡治癒判定スケール(PUSH)の改善に有意な差。
■エクアドルにて,変形性膝関節症患者250人を対象にした半年間の多施設試験(Osteoarthritis Cartilage. 2012[PMID:22521757])。膝機能の評価指標の改善に有意な差。
■米国にて,腰椎の骨密度の低い閉経後の女性29人を対象にした3か月の試験(J Food Nutr Disor. 2013[DOI:10.4172/2324-9323.1000102], PubMed未登録)。全身骨密度値の変化で有意な差。
しかし,上記の研究を含め多くの研究では実施,解析,発表の質についてさまざまな問題を抱えており,盤石とは言えません(ランダム化や追跡の著しい失敗など)。また臨床研究として未登録のものも多く,作為的な報告や未発表の研究の疑いも拭えません。さらにコラーゲン製品に関係した利益相反も課題の一つです。上記の研究を含め多くの研究でバイアスの可能性が否定できず,研究領域全体の質の向上が求められます。
それぞれのトピックについてみると臨床研究の数は限られています。既存の問題点やエビデンスの弱さを各疾患で押さえ,今後の研究を推奨するのが妥当でしょう。褥瘡,骨粗しょう症,変形性関節症に関する総説・ガイドラインもそれぞれ同様の論調です(Wound Repair Regen. 2016[PMID:26683529],Osteoporos Int. 2012[PMID:21350895],Osteoarthritis Cartilage. 2012[PMID:22521757])。
コラーゲンは雑誌やテレビなどでも取り上げられ,サプリメントなどは大々的に宣伝されています。しかし,医学的効果に関するエビデンスは弱いため,コラーゲンの研究というと胡散臭さや軽薄さを伴ってしまうのではないかと思います。一方で,コラーゲンやその代謝経路は肺,心筋,肝臓などの線維症や種々の難病,膠原病,関節症などにかかわり医学的には非常に重要です。ペプチドの構成やその有効性の検証,コラーゲン代謝の解明とその制御が多くの患者を救う可能性は否定できません。代替医療,美容に関する内容でも,医学界が情報やエビデンスの在り方を統制し,正当な仮説設定と実証を支援し,しかるべき研究と実践を促進することを願っています。
(つづく)
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