医学界新聞

対談・座談会

2017.10.16



【座談会】

2016WHO分類から考えるこれからの脳腫瘍病理

廣瀬 隆則氏(神戸大学医学部 地域連携病理学特命教授)
新井 一氏(順天堂大学学長)=司会
若林 俊彦氏(名古屋大学医学部 脳神経外科教授)


 2016年5月,『WHO中枢神経系腫瘍分類 第4版改訂版』(以下,2016WHO分類)が公表された。9年ぶりとなる今回の改訂では新たに分子遺伝学的な分類が導入され,今までの組織学中心の分類とは考え方の枠組み自体が異なる,大幅な変更となった。

 本紙では,日本脳神経外科学会で用語委員を務める新井一氏を司会に,病理の立場からは今回のWHO分類改訂にかかわった廣瀬隆則氏に,臨床の立場からは日本脳腫瘍病理学会理事長の若林俊彦氏にお話しいただいた。


新井 新井 2016WHO分類のポイント,改訂により脳腫瘍診断がどう変わったのか,そして将来展望。この3つにテーマを絞って話をしたいと思います。

分子遺伝学的な分類の導入

新井 今回の改訂にかかわった廣瀬先生,なぜこのような改訂がなされたのかをご紹介ください。

廣瀬 今までの脳腫瘍は形態,特に組織所見に基づいて分類されていましたが,今回の改訂で分子分類が導入されました。その背景には,脳腫瘍の分子遺伝学的な解析がこの20年間で急速に進んだことがあります。重要な遺伝子異常,染色体異常が次々と発見されました。しかもそれが,患者さんの年齢,発生部位,さらには治療反応性,予後とも相関することが明らかになりました。加えて,分子遺伝学的解析により診断精度を高めることが可能になります。それを分類に反映することで,脳腫瘍の診療に貢献させることが大きな目的です。

新井 改訂のポイントを挙げていただけますか。

廣瀬 主な変更点は,のとおりです。Diffuse glioma(びまん性膠腫)は,IDH変異の有無と1p/19q共欠失の有無により分類されることになります。Embryonal tumors(胎児性腫瘍)の代表であるmedulloblastoma(髄芽腫)は,従来の組織亜型による分類に,遺伝子発現の違いなどによる分子分類が併記されました。Medulloblastoma以外のembryonal tumorsでは,embryonal tumor with multilayered rosettes(多層ロゼット性胎児性腫瘍)という新しい腫瘍概念が導入されています。以前はembryonal tumor with abundant neuropil and true rosettes(ETANTR),ependymoblastoma(上衣芽腫),medulloepithelioma(髄上皮腫)などと言われていたまれな腫瘍を包含した概念です。Ependymoma,RELA fusion-positive(上衣腫,RELA融合陽性)という,特定の遺伝子異常で定義された新しい腫瘍型も分類に含められています。

 2016WHO脳腫瘍分類の主要な変更点

 また,従来は成人と小児の腫瘍,特にgliomaは区分されていなかったのですが,成人と小児で分子異常が全く異なるため,今回の改訂ではなるべく分けることになりました。

分類の明確化が治療反応性や予後予測,治療戦略検討に貢献

新井 若林先生,このような変更は治療を担当する脳神経外科医にとってどのような意味を持ちますか。

若林 これまで付帯条件の中でしか記されていなかった分子情報が診断名に導入されたことは画期的で,診断や治療の方向性が変わると感じています。

 例えば,diffuse midline glioma,H 3 K 27 M-mutant(びまん性正中膠腫,H 3 K 27 M変異)は,ヒストン3のK 27変異が起きているという分子異常を統一概念として新たに提唱された腫瘍群です。以前は,視床glioma,脳幹glioma,上部頸髄gliomaというように別個の概念とされていましたが,該当する腫瘍の画像と予後等をあらためて検証すると,確かに同じような変化を起こしていました。

 また,以前は境界領域が不明瞭だったり分類が確定できなかったりした腫瘍が,分子遺伝学的な解析によってクリアに分けられるようになりました。各グループの治療反応性,予後には明確な差があることが示されています。脳腫瘍の治療バリエーションはまだあまりないのですが,治療反応性や予後が診断時にある程度予測できることは,治療戦略を考えるに当たって福音と言えます。臨床で使いやすい分類になったのではないでしょうか。

 分類の中に治療の新たなターゲットになるものが見えてきたため,創薬にも結び付いてくると思います。

新井 Medulloblastomaは,WNTあるいはSHH活性化の有無により大きく3タイプに分けられました。これにより治療法が変わる可能性はあるでしょうか。

若林 小児の脳腫瘍は症例数が少ないため,現状では大きなスタディがされておらず,スタンダードな治療法が確立していません。分子遺伝学的に分類されたことで,症例数が少ない中でも現状の治療に対する反応性,注意点等が抽出しやすくなり,治療法の検討が進むと思います。

新井 われわれ脳神経外科医にとって最も大きな課題であるglioblastoma(膠芽腫)の治療に関してはいかがですか。

若林 前回の分類まではprimaryとsecondaryに分けられていましたが,今回はIDH-mutantとIDH-wildtypeに分けられました。IDH1の変異がglioblastoma発生の初期段階のトリガーであることが明確になり,IDH1に対する分子標的薬が注目を集めています。既存の治療では治し得ない,予後の悪いglioblastomaはIDH-wildtypeが多いです。次の一手を探すための分子遺伝学的な解析が求められます。

消えたPNET

新井 新たな概念導入の一方で,非常に未熟な小型円形細胞からなる小児の腫瘍群をまとめた概念であったPNET(primitive neuroectodermal tumors;原始神経外胚葉腫瘍)は診断名から消えてしまいました。これをどう理解すればよいか,なくなった経緯をお話しいただけますか。

廣瀬 PNETと診断されていた腫瘍群を分子遺伝学的に解析すると,実は雑多な遺伝子型の腫瘍が含まれていることが明らかになったためです。大部分が既知の腫瘍群に分類可能で,新たな遺伝子異常で定義される群もいくつかわかってきています。遺伝子型で分類ができない残りの腫瘍は,embryonal tumors, NOSと呼ぶことになりました。NOS(not otherwise specified)とは,「未確定」という意味です。

 今回の改訂の基本コンセプトは,腫瘍概念をできるだけ狭く定義すること,分子異常が明確な腫瘍型はその分子異常で定義するということでした。われわれがPNETと呼んできたものは,われわれの認識が及ばなかったがためにPNETとされていたのです。より正確に診断できるのであれば,分子異常に応じた腫瘍概念に分類すべきと考えられます。

新井 しかし,われわれ臨床家はこれまでPNETと診断し,症例や治療成績を蓄積してきました。それがいきなりなくなると,何をよりどころに次の治療を考えていいのか戸惑います。

若林 PNETという概念でまとめて治療成績や予後の調査をしてきたグループもあり,PNETという名称を使う医師はまだたくさんいます。診断名がなくなったからといって現場からも一気に消えるのではなく,むしろこれまでPNETとして調査してきたデータを分子遺伝学的な解析で細分化することで,今後の治療法開発に活用されていくものだと思います。

新井 確かに過去には,medulloblastomaと診断したグループの中に極めて予後の悪いものがあり,それがatypical teratoid/rhabdoid tumor(AT/RT;非定型奇形腫様ラブドイド腫瘍)だったということを経験しています。

若林 はい。名前は徐々に消えていくかもしれませんが,PNETという概念には意義があったということです。

分類の確立方法は変わるのか

新井 分子分類により,大量の症例を分子遺伝学的に解析して,そこから...

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