わが国の臨床疫学教育の現状と未来(康永秀生)
寄稿
2017.07.17
【寄稿】
わが国の臨床疫学教育の現状と未来
日本臨床疫学会への期待
康永 秀生(東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻臨床疫学・経済学教授)
臨床疫学とは,患者集団における臨床的イベントを計測することによりさまざまな予測を行い,厳密な科学的手法を用いてその予測が正しいことを確かめる科学である1)。臨床研究のテーマは日常臨床に潜んでいる。日常臨床からクリニカル・クエスチョンを紡ぎ出し,研究仮説を立て,適切な研究デザインを構築する。そして利用可能なデータから意味のある分析結果を出し,臨床的に妥当な解釈を行う。臨床研究のこれら一連のプロセスに不可欠となる理論および実践的な方法論を教えるのが,臨床疫学である。
日本の臨床疫学を取り巻く現状
わが国の臨床疫学の発展に向けては二つの問題がある。一つは,大学医学部の多くが臨床系の教室でも基礎実験研究に注力していることだ。若手研究者に臨床研究を指導できる教員は少ない。臨床疫学を学ぶ場もあまりない。そしてもう一つはわが国の臨床研究に割り当てられる研究費予算は,米国とは比較にならないほど少ないことである。
それでもわが国の臨床研究は,EBMの概念が普及してきた2000年以降,少しずつ増えている。しかしこれは臨床疫学の系統的教育の成果というより,独学で臨床疫学を身につけたごく一部の優秀な臨床家の努力に依存したものだと言えるだろう。こうした状況から脱却するには,多くの臨床家に臨床疫学教育の機会を提供するシステム構築が肝要だ。
また,臨床研究には臨床試験(介入研究)だけでなく観察研究も含まれることにも注意すべきである。実際,最もエビデンスレベルの高いランダム化比較試験(RCT)は,倫理的・経済的な制約から実現困難なことが多く,PubMedに公開されている臨床研究論文の約9割は観察研究である。現在わが国では,さまざまな学会や研究団体が独自に症例データベースを構築している。臨床疫学教育ではこれまでRCTの手法習得に重きが置かれがちであったが,データベースから得られるビッグデータを活用した観察研究の手法の教育にも力を入れるべきだ。
こうした状況を踏まえ,本稿では臨床疫学教育の現状と教育システム構築の在り方について述べていく。
教育の中心は大学院に,質・量共に向上の余地あり
臨床疫学の系統的な教育は,主として大学院で行うべきである。臨床研究の出発点となるクリニカル・クエスチョンは,医師免許を取得し,ある程度臨床経験を積んだ後に初めて湧いてくるものだ。医学部6年間の教育は医学の基礎知識の涵養と基本手技の修練で手一杯であり,臨床疫学までカリキュラムに含めることはあまり現実的ではない。
臨床疫学では臨床をテーマにしつつ疫学・統計の方法論を用いるため,その教育は主に公衆衛生学分野の大学院で実施されている。わが国では2000年,初めての公衆衛生大学院(School of Public Health;SPH)が京大に設置された。現在,東大,京大,帝京大などいくつかのSPHに公衆衛生学修士(Master of Public Health;MPH)課程が設置され,臨床疫学の教育プログラムが提供されている。
筆者は2013年から,東大大学院のSPHおよび医学博士課程で,臨床疫学の系統講義(105分×16回,延べ28時間)を担当している。毎年40~50人の受講者に対して講義を行っている。また,文科省科研費・若手研究(B)のフォーマットに沿った研究計画書の書き方と医学英語論文の書き方についても,少人数の臨床疫学演習(105分×28回,延べ49時間)を開講し実践的に指導している。
さらに臨床研究の直接指導を受けたい学生は,筆者の主宰する臨床疫学教室への配属を希望する。毎年5~6人のMPH学生に指導を......
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