日本集中治療医学会「DNAR指示のあり方についての勧告」(丸藤哲)
寄稿
2017.05.22
【寄稿】
日本集中治療医学会「DNAR指示のあり方についての勧告」
救命の努力を放棄しないために
丸藤 哲(日本集中治療医学会倫理委員会委員長/北海道大学大学院医学研究院侵襲制御医学分野救急医学教室教授)
誤解・誤用に基づくDNARと安易な終末期医療への危惧
DNAR(Do Not Attempt Resuscitation)は,心停止時に心肺蘇生(cardiopulmonary resuscitation;CPR)を実施しないことを意味する。1991年公表のAmerican Medical Association指針は,「DNARは,医師のみならず関連する全ての者がその妥当性を繰り返して評価すべきであり,心停止時のCPR以外の治療内容に影響を与えてはいけない」と明言した1)。
心肺蘇生法指針であるGuidelines for CPR and ECC(emergency cardiac care) は,この内容を忠実に踏襲した。CPR以外の全ての医療を遅滞なく速やかに実施すべきこと,ICU入室のほか酸素,鎮痛・鎮静薬,抗不整脈薬,昇圧薬,栄養・輸液など具体的治療名を挙げて,「DNARにより自動的にこれらの不開始,差し控え,中止をすべきではない」と繰り返し記載している2~5)。
DNAR(当時はDo-Not-Resuscitate;DNRと呼称した)は,“蘇生を行わないという指示”として1980年代に本邦に紹介された。しかし,その正しい解釈,「心停止時にCPRを行わないがその他の医療・看護行為は全て実施する」ことを理解し実践した医療従事者は20%程度であったとの調査結果が公表されている6)。
1995年に横浜地裁で判決が下された東海大安楽死事件(有罪;懲役2年,執行猶予2年)以降,DNARの議論は下火となり,マスメディアを含む世間の関心は人工呼吸器中止の是非を主体とした終末期医療に移行していく。その後二十数年をかけて終末期医療のあり方に関する理解と合意形成がなされ,患者の尊厳を無視した延命医療の継続は大きく減少した。しかし,1990年代の誤解と誤用が現在も残り,DNARの下に基本を無視した安易な終末期医療が実践されている,あるいは救命の努力が放棄されているのではないかとの危惧が,最近浮上してきた。
DNARに関する現状・意識調査
日本集中治療医学会は,会員施設および医師・看護師会員を対象にDNARの現状・意識調査を施行した結果に基づき,DNARの正しい理解に基づく実践のためには表1の諸点に留意する必要があることを勧告した7)。
表1 DNAR指示のあり方についての勧告(日本集中治療医学会) |
現状・意識調査の結果7)は,適応外と考えられる者(認知症,高齢者,日常身体活動能力が低い,身寄りがない,緊急入院など)に,1人の医師が,1回の説明と同意のみで,あるいは患者(患者家族)の意思確認なしでDNARを決定し,酸素投与から生命維持装置に到る治療の不開始,差し控え,中止を日常的に実施している現状を浮き彫りにした(表2,3,4)。
表2 DNR(DNAR)で差し控えを考慮する医療行為(複数回答可) |
表3 後期高齢者ということのみでDNR(DNAR)を考慮することがあるか |
表4 患者の入院前のADLが低い(寝たきり,全介助でコミュニケーションがとれない)ということのみでDNR(DNAR)を検討するか |
さらに,看護師対象の調査7)では,DNARについてジレンマや困難感を感じた内容(自由記述式回答)として,「本当に終末期なのか,救命の可能性があるのに医師の判断でDNARが決定される」「DNARだからと全ての治療が差し控えられる」などが挙げられた。心ある看護師が心理的葛藤を抱き,悩んでいる状況がうかがえる。
終末期医療とDNARの正しい理解を
終末期医療では「開始した治療(例えば人工呼吸器)の中止は困難かつ不可」であるがDNARでは「容易に可能」,という誤った解釈が全国的に敷衍している(この状況下での日本版POLSTの導入は,DNARの誤用がさらに進む危惧がある)。
解決策はあるのか。日本集中治療医学会勧告の周知徹底は当然として,厚労省の「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」8)などの終末期医療指針のさらなる普及が必須である。加えて,医学・看護学生,全ての医療従事者への臨床倫理教育や,(正しいDNARのあり方を包含した)終末期医療に関するマスメディア・一般市民への普及啓発が必須かと思料する。
日本集中治療医学会は「法的制裁をおそれるがあまりに患者の尊厳を無視した延命医療が行われていないか」という問いへの回答を模索し「救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン~3学会からの提言~」を公表した9)。その過程で「尊厳死,延命医療拒否の錦の御旗のもとに救命の努力が放棄されているのでは,との危惧がある」と問い掛けた10)。残念ながら,この危惧は現実のものとなっているようである。
◆参考文献
1)JAMA. 1991[PMID:2005737]
2)JAMA. 1992[PMID:1404774]
3)Circulation. 2000[PMID:10966661]
4)Circulation. 2005[PMID:16314375]
5)Circulation. 2010[PMID:20956219]
6)新井達潤,他.終末期患者に対するdo-not-resuscitate order(DNR指示)はどうあるべきか――日本蘇生学会,日本集中治療医学会,日本麻酔学会評議員に対するアンケート調査.麻酔.1994;43(4):600-11.
7)日本集中治療医学会.Do Not Attempt Resuscitation(DNAR)指示のあり方についての勧告.2016.
8)患者の意思を尊重した人生の最終段階における医療体制について.
9)日本集中治療医学会・日本救急医学会・日本循環器学会.「救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン~3学会からの提言~」の公表.2014.
10)丸藤哲,他.急性期の終末期医療に対する新たな提案――第36回日本集中治療医学会学術集会合同シンポジウムより.ICUとCCU.2009;33(11):799-801.
がんどう・さとし氏
1978年北大医学部卒。大阪府立病院救急専門診療科,市立札幌病院救急医療部などを経て99年より現職。
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