抗菌薬処方の基本軸を作る(大曲貴夫,本康宗信)
対談・座談会
2017.05.08
日々の外来診療の場面において,抗菌薬処方の判断はどうすればよいか。薬剤耐性対策をめざし2016年4月に策定された「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」1)では,抗菌薬の適正処方は薬剤耐性対策を推進する上で最重要分野の一つとして位置付けられている。策定から1年。主に外来診療を行う医療者を対象に,急性気道感染症と急性下痢症の適正な診療を実施するための指針「抗微生物薬適正使用の手引き」2)(以下,手引き)が作成された。
本紙では,厚労省「抗微生物薬適正使用(AMS)等に関する作業部会」の座長として手引き作成の中心的役割を担った大曲氏と,地域のプライマリ・ケアの現場で診療に当たる本康氏の対談を企画。手引き作成の狙いと活用の意義について,外来診療場面での実践例や工夫を交えながらお話しいただいた。
本康 手引きを早速読みました。抗菌薬の問題点が冒頭から次々に指摘されると,抗菌薬処方は「悪」であり,自分の診療が否定されたように感じてしまいます。でも,中身をよく読んでみると,そんなことはなくて,手引きを参考にすれば適切な診療が自信を持ってできるようになるんだというメッセージが伝わってきました。
大曲 ありがとうございます。手引きを作成するに至った背景は大きく2つあります。1つは日本における抗菌薬の使用状況がわかってきたこと,もう1つはどのような場面で抗菌薬が使われているかが見えてきたことです。
1つ目の使用状況は,日本は欧米諸国に比べ使用総量は多くないものの,キノロン系や第3世代セファロスポリン系,マクロライド系といった新しい広域抗菌薬の全体に占める使用割合が3分の2と突出して高く,それも内服が多い1)。2つ目の使用場面は,驚くべきことに上気道炎の患者ほぼ全例に抗菌薬を処方する施設がある一方で,症例を選んで処方する施設もあり,両者の分布に差があることです3)。
本康 これらを総合すると,どうやら外来診療に携わる医師の処方に課題がありそうだと推測できるわけですね。
大曲 ええ。中でも風邪症候群の診療が,抗菌薬処方の問題を抱えている可能性が高いと考えています。そこで,急性気道感染症を中心に抗菌薬の適正使用を促す目的で作成しました。
適正な処方を学び直す気構えを
本康 風邪症状の患者に対する安易な抗菌薬処方は,感染症医から見ると信じがたいものがあるかもしれません。でも,経口の第3世代セファロスポリン系薬などの使用頻度が高いと指摘されても,「何が悪いの?」とピンとこない方は多いようです。副作用は少ないし広範な細菌をカバーするからと。
大曲 診断の難しさや,検査ができない環境だけが問題なのではなく,風邪の診療自体を系統的に学ぶ機会がなかったことも要因にありそうですね。
本康 はい。抗菌の幅が広くても,吸収率が低いことや,子どもは低血糖症状を起こす可能性があることなど,マイナスの情報まで把握できていないのが実情です。
上気道炎に抗菌薬を処方する開業医の先生方の意見を聞くと,大きく3つに集約されます。1つ目は,患者が肺炎にならないようにしたい。2つ目は,マイコプラズマの可能性がある。3つ目は,長年そうしてきた,だから私が診た患者に肺炎になった人はいない。よって,抗菌薬処方は「正解」だと言うのです。
大曲 なるほど……それは手ごわいですね。
本康 長年の習慣になっているのでしょう。研修医時代に身についてしまった不適切な処方スタイルを学び直す機会もないまま現在に至るというパターンが多いと想像します。
大曲 研修医を指導する立場にある私も,十分な診断学の知識,感染症診療の基本を研修医のうちからしっかり教えることの大切さを痛感しています。
本康 抗菌薬処方を不適正と言われると,内科開業医だけが間違っている印象を受けますが,内科以外の診療所や,病院の救急外来でも多く使用されている印象があります。作成された手引きを用い,適正な使用法をあらためて学び直すきっかけにしたいものです。
アンチバイオグラムを作りグラム染色も実施
大曲 アクションプランでは,抗菌薬の使用量を「3分の2に削減」という数値目標があります。外来診療の場面で抗菌薬を適切に使うためには,どのような糸口があると考えますか。
本康 まず,自分が何を考えどのくらいの抗菌薬を使っているかを把握することです。そうしないことには,「削減」と言われてもどこから手を付ければよいかわかりません。そこで私は,患者さんに抗菌薬を処方する際,患者背景,処方した抗菌薬の種類,処方理由,経過を全例まとめています。またグラム染色,培養を実施し,主要な細菌のアンチバイオグラムを作っています。きっかけは,2011~12年のマイコプラズマの流行でした。マクロライド耐性マイコプラズマが増加したことで,肺炎の小児がくるたびに「耐性」が頭をよぎり,果たしてマクロライドを処方してよいものか悩まされました。
大曲 この1~2年の間も患者が多く,先生方が気にされているのはよくわかります。
本康 出した抗菌薬の種類を,処方理由とともに記録すれば,後で「この方は処方してよかった」「これは出さなくてもよかったかな」と振り返ることができます。
大曲 そうした小さな積み重ねが,全体の抗菌薬の使用量を減らすことにつながりますね。
本康 それから,開業医も喀痰,尿,膿,便のグラム染色,咽頭痛なら溶連菌迅速検査を行うことが大事だと思います。胸が痛いとの訴えがあれば心電図を見ますよね。「忙しいから,心電図はやめておこうか」なんてことはあり得ません。グラム染色も慣れてしまえば心電図を見るのと同じくらいの時間でできるものです。グラム染色で原因微生物を知り,アンチバイオグラムを参考に抗菌薬を選択する診療のほうが,確実性があると思います。
大曲 研修医を教えていて残念なのは「忙しいからグラム染色はできない」という声が多いことです。研修医時代から診療のスタイルにグラム染色を根気強く組み込まな...
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