医学界新聞

インタビュー

2017.02.20



【interview】

「研究不正大国」からの脱却を

黒木 登志夫氏(日本学術振興会学術システム研究センター顧問/世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)プログラム・ディレクター/東京大学名誉教授)に聞く


 近年,STAP細胞事件とディオバン事件という二つの研究不正が世間を騒がせたことは記憶に新しい。研究不正はなぜ生じるのか,そして研究不正を減らしていくためにはどのような対策が求められるのだろうか。

 本紙では,『研究不正――科学者の捏造,改竄,盗用』1)(中央公論新社)などの著書があり,「日本は研究不正大国になった」と現状に警鐘を鳴らす日本学術振興会学術システム研究センター顧問の黒木氏に,話を聞いた。


――日本が「研究不正大国」であるというのは本当でしょうか。

黒木 はい。ノーベル賞自然科学3部門における21世紀以降の日本の受賞者数はアメリカに次いで2位であり,世界各国から科学研究の最先端の国と評価されています。その一方で,研究不正においても世界でトップレベルになってしまっているのが現状です。

 具体的には,研究不正や誤った実験などによる撤回論文数の多い研究者ワースト10に2人,ワースト30に5人もの日本人が入っています。国別の論文撤回率においても,日本は5位です。そして,2014年に発生したSTAP細胞事件とディオバン事件という二つの大きな研究不正により,日本は研究不正の「量」だけでなく「質」においても世界から注目を集める国になってしまいました。失われた信頼を取り戻すために,今こそ初心に返って“研究とは何か”を見つめ直すと同時に,研究不正の実体を知り,対策を講じる必要があります。

再現性の低さは医学生命科学が抱える問題

――これまで研究不正に対する関心が高かったとは言えない日本において,二つの事件はかなり衝撃的でした。

黒木 STAP細胞事件についてはもう話すことがないくらい有名な事件ですが,こちらは個人が起こした単発の事件と言えます。一方,ディオバン事件は純粋な学問的探究心に基づく研究ではなく,企業が自社製品の販売成績を上げようと組織ぐるみで行った研究不正であり,極めてたちの悪い事件と言わざるを得ません。日本の臨床研究における構造的な問題を内包しているという点で,ディオバン事件はより深刻な問題であったと考えています。

――ディオバン事件のような問題は発覚していなかっただけで,以前からあったのでしょうか。

黒木 研究不正が行われやすい状況にあったことは否定できません。特に高血圧や糖尿病といった慢性疾患は患者数が多い上に,使い始めたら服用をやめるわけにいきません。製薬会社にとっては大きなマーケットであるだけに,少しでも良い結果を出そうと自分たちに都合の良い研究が横行していた部分はあるでしょう。

 そもそも,医学生命科学は他の領域と比較して撤回論文が多いことが指摘されています(図1)。医学生命科学系の研究は理論ではなく現象論に終始しており,再現性が低いことがその一因と言えます。例えば,画像解析のように主観の入りやすい現象から出発し,理論化や抽象化,数式化することなく結論に至るわけです。

図1 撤回論文の分野別比率(参考文献2より作成)
1928~2011年の間にオンライン学術データベースWeb of Science(WOS)に掲載された論文のうち,撤回論文4449報に関する解析。1:1ラインよりも左側に位置する分野は,相対的に撤回論文が多いことを示す。

――確かに,物理学や数学には理論や数式があり,客観的に証明することが可能ですね。

黒木 ええ。ですから,特に数学には不正が入りこむ余地があまりありません。医学生命科学では現象から出発する研究も重要ですし,画像が決定的な意味を持つ研究も少なくありません。それは,対象とする生命系そのものが複雑性・多様性を持っているためです。しかも,抗体や試薬,実験動物,培養細胞といった基礎的な研究材料でさえロットによるばらつきなどの問題も抱えています。再現できない研究にはさまざまな要因が関与しているのです。

――つまり再現できないからといって,必ずしも研究不正が行われているわけではないということですか。

黒木 不正によるデータは再現できませんが,再現性がないからといって不正だとは言えません。しかし,再現性の低さは科学にとって大きな問題であることは間違いありません。再現できない理由が必ずあるはずなので,その原因を探ることは非常に重要です。最近はゲノムが明らかとなってきたことで,医学生命科学の領域もずいぶん変わってきました。遺伝子の構造はごまかしの利かないデータですから,今,医学生命科学にもしっかりした基盤ができつつあるのです。

研究不正は人間の“さが”に基づく

――そもそも,なぜ日本で研究不正が増えてしまったのでしょうか。

黒木 日本では21世紀に入るまで目立った研究不正はほとんどありませんでしたが,21世紀以降急速に増え始めました。2004年の国立大学の法人化の前あたりから,大学の財政が苦しくなったことが背景の一つにあるように思います。競争的資金が獲得できなければ研究の継続が困難になるため,圧力やストレスから,研究不正に手を出してしまう研究者が増えたと考えられます。

 また,留学している人も,短期間でデータを出さなければならないというストレスにさらされています。そのせいか,留学中の若い日本人による研究不正が続いています。留学前に,研究不正に関する教育を行うことも非常に大切です。

――ストレスやプレッシャーに打ち勝つのは確かに簡単なことではありませんね。

黒木 研究不正の一番の背景には,人間の“さが”があると思います。誠実さの欠如や野心,競争心,金銭欲,こだわり,傲慢さ,ずさんさなどがその根底にはあります。こうした要因は,程度の差こそあれ誰しもが内面に抱えているものです。ですから,研究不正を完全になくすことは難しいですし,これからも起こり続けるでしょうね。

――研究不正を減らすにはどうしたらよいでしょうか。

黒木 一番大切なのは,研究者たちへの教育です。日本はこれまで,研究不正に関してあまりにも無関心でした。STAP細胞事件によってその重...

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