医学界新聞

2017.01.30



Medical Library 書評・新刊案内


手の先天異常
発生機序から臨床像,治療まで

荻野 利彦 著
阿部 宗昭 監修

《評 者》堀井 恵美子(名古屋第一赤十字病院手外科部長)

疫学から治療,長期予後まで幅広い情報の宝庫

 本書はその帯にも記されているように,著者である故・荻野利彦先生が“上肢の先天異常”に対して生涯にわたっていかに向き合ってきたかがわかる渾身の書である。そして,読者である手外科医および小児整形外科医にとっては,長年待ち望んでいた臨床家の手による先天異常の教科書と言えよう。

 本書はまず,正常手の発生と,先天異常の発生機序がコンパクトにまとめられており,その上で,日本手外科学会(日手会)の先天異常分類(日手会分類)に準じて,手の先天異常について網羅されている。日手会分類は,著者が中心となって日手会が作成した分類方法であるが,著者自身がすでにその分類法の不備を見いだし,改良に向けて準備をしていた様子が本書からうかがわれ,その結果を見ることなく,急逝されたことが悔やまれる。

 本書の総論では,先天異常の発生機序に関する難しい内容を,臨床家にとってわかりやすいよう,端的にそのエッセンスがまとめられている。著者自らが長年基礎研究を行って得た知識が骨子となり,そこに症例を観察して得た臨床家としての経験が結び付いた結果,読者に理解しやすい内容となったものと思われる。また,著者らが中心となって確立した「指列形成障害」という概念について歴史的な背景を踏まえて説明されており,長年にわたる論争の模様がよくわかり興味深い。大事なのは「E.手の先天異常の治療の原則」の項目(p.15)で,治療に携わる者がどのように患者を診て治療方針を考えるべきかという,手外科領域の中でも特異的な先天異常手の診療に当たっての心構えが述べられている。わずか1ページの内容ではあるが,著者の患者に対する愛情が感じられる内容で,これから診療に当たる後輩への熱いメッセージと受け止めた。

 実際の症例に関しては,日手会分類に準じて,疾患ごとに疫学から診断,治療,その長期予後までよくまとまっている。症例写真,X線像,さらにはイラストも豊富で,かつ明快である。著者自身が行ってきた治療方法が中心であるが,決してそればかりでなく,国内外の論文で報告された治療方法に関しても幅広く取り上げられている。手術のコツもよくわかり,経験の乏しい読者にとって非常に参考になる。また,長期成績が写真とともに示されているので,各疾患の予後もわかる。疾患によっては,「放置した場合でも成長すれば日常生活動作のほとんどで困らない」と記載されており,外傷による障害と,先天性障害の根本的な違いが述べられている。本書を読めば,多くの手外科専門医が治療に当たる際に,患者家族にその予後も含めて説明できることだろう。

 それから,何といっても素晴らしいのは,数多くの引用文献の提示である。著者が勤勉で,英語論文のみでなく,日本語論文に対してもあまねく目を通しておられたのがよくわかる。この文献の一覧を見れば,各疾患の治療の変遷も把握できるだろう。

 あまりに明快な書であるが故に,これを読むだけで手外科専門医であれば誰しもが先天異常の治療ができるような錯覚にすら陥ってしまうのではないだろうか。手外科医のみでなく,一般整形・形成外科医,小児科および産科の先生方にも,ぜひ一読していただき,手の障害を持った子どもに対する知識を深めていただければ幸いである。

 最後に,この素晴らしい書を脱稿された後,出来上がりを見ることなく急逝された荻野先生のご冥福を心よりお祈りする。

A4・頁392 定価:本体21,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02441-9


死にゆく患者(ひと)と,どう話すか

明智 龍男 監修
國頭 英夫 著

《評 者》佐藤 恵子(京大病院臨床研究総合センター EBM推進部特任准教授)

ヒエラルキーに抗する「可憐さ」を獲得するために

 本書は,著者の國頭英夫先生が「死に臨んだ患者さんにどう対応したらよいか」について,看護大学の1年生,つまり,ついこの前まで高校生だった人たちと問答したり対話したりした様子をまとめたものである。死にゆく患者さんと話をするのは,がん領域の医療者であっても,しんどいことである。私も昔,乳がんで骨転移のある患者さんに「良くならないのだったら,いっそのこと早く死にたい」と言われて往生した。医療者がへどもどする姿がみっともないのは自明であり,なるべく避けているのが無難でもある。「この病院ではできることがなくなりましたので,転院をお勧めします」という常套句は患者さんが言われたくないセリフの一つであるが,医療者側にとっては救いの抜け道であるが故に,今日もどこかで「がん難民」が生まれているのだろう。

 しかし,「それをやっちゃあ,おしめえよ」と國頭先生は言う。「どうせ治らないから」といって患者さんを見放すことは許されない。死んでいく患者といかに向き合い,少しでもベターな「ライフ」を過ごしてもらえるか,というのが我々の使命であると序盤から活を入れる(「はじめに」より)。理由も単純明快で,患者さんは死を迎えるその日まで生き続けるわけだし,果てしない孤独と山のような不安を抱えながら歩くのはつらかろう,だからそれを理解している人が三途の川の手前まで付いて行かなきゃいけないのは道理でもあり,人情でもある。それに,心を穏やかに保てさえすれば限られた時間を豊かに過ごすことができるだろう。

 おお,シャクに障るくらいかっこいいではないか。実際は,かわいい学生たちに囲まれて,やに下がっているひひジジイにしか見えないのだけれど。それはともかく,問題はどうやって実現するかだ。出される課題は,先生が監修されたTVドラマ『白い巨塔』(平成版)などに登場する,「恩知らずで,気紛れで,偽善者で,尊大で,臆病で,自分勝手で,欲張りで,厚かましくて,けちで助平で馬鹿」(p.248)な患者さんや家族と医療者が織りなす,リアルでややこしい事例である。さあ,みんなどうする?

 正解のない難題を次から次へとふっかけられて,学生たちもさぞかし困ったに違いない……と思いきや,彼らは医療者として何を大事にすべきかについて,命とはなんぞやという深いところまで降りて行って考え,自分の言葉で語っている。医療現場に出たこともなく,問題には必ず正解が一つあってそれを探して答えればよいという受験勉強に慣れきっているはずなのに。しかし,そういう彼らだからこそ生き死にの問題を自分の頭で考えることが新鮮で,血がたぎるような刺激的な経験になったことは想像に難くない。

 彼らにとってそれが快だったか不快だったかはわからないが,彼らが出ていく先の医療現場もまた例外なく,「恩知らずで,気紛れで(中略)馬鹿」な人間が運営しているが故に,“患者さんの呼吸器を止めてよいという同意書に家族の署名をもらう”“技術がある限り延命治療を続ける”という行動原理が日常である可能性は大だ。その状況で“褒められはしないけれど不満や怒りも呼ばず,まあまあ納得してもらえる”道筋を立てるには,心のよりどころをたよりに自分のアタマで考え抜く力,ダークサイドをさらけ出して他者と対話する技能,矛盾を抱える不快さに耐えるしなやかさ,そして自分をも客観視してきちんとパフォーマンスできる胆力が必要であり,これを各人の自家薬籠中に持たせることがひひジジイの深慮遠謀なのである。

 特に医療機関のようにヒエラルキーが支配する場所では,このようなしたたかで可憐な人の存在そのものが,患者さんも医療者自身も守り,息苦しい現場を心地よい風が通り抜ける快適な空間に変える鍵になるだろう。そして,全編を通して読者にも,ちょっと立ち止まって考えてみてはどうか,腹をくくって行動してみてはどうか,とささやきかけてくるのである。“オレが後ろ盾になってやるからさ”というおまけ付きで。

 教職が本務ではない國頭先生にここまでやられてシャクに障ることこの上ないが,本書は,日々の臨床で“この治療は患者さんの利益になっているのかな”という疑問が脳裏をよぎりまくっている人や,終末期医療にかかわる人,医療者の教育を担当する人全てにお薦めしたい。國頭先生の語り口を知る人はニタニタしながら,そうでない人も見学者として講義室に座っているような臨場感を味わいながら,「人を診る,人を育てる,人を慈しむ」意味をかみしめられること請け合いである。

A5・頁306 定価:本体2,100円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02857-8


神経内科ハンドブック 第5版
鑑別診断と治療

水野 美邦 編

《評 者》野元 正弘(愛媛大大学院教授・薬物療法・神経内科学)

Common diseaseから希少疾患まで詳細に検討された最高の神経内科学教科書

 『神経内科ハンドブック』第5版が刊行された。『神経内科ハンドブック』は水野美邦先生を中心とした順大脳神経内科のスタッフにより執筆され,初版の出版時から,わが国で最もよく用いられている神経内科学の臨床書である。神経内科学を専攻し専門医を取得する時期の医師および,その後,外来や病棟で診療に当たる医師を対象に執筆されているが,血管障害,認知症などのcommon diseaseから希少疾患まで,広い分野に対応できるように編さんされており,専門医取得後も常に復習に用いることができるので,神経内科学を専攻する医師の教科書となっている。数年ごとに改版されて内容が一層充実しており,今回からは順大出身の望月秀樹先生が阪大神経内科学講座を担当されるようになったことから,阪大関連の先生方も執筆に参加されている。

 構成はよく吟味して項目が設けてられており,神経学的診察法から局所診断,鑑別診断さらに神経学的検査法が詳述され,解剖学,生理学の基本を振り返りながら勉強できる内容となっている。特に「3章 症候から鑑別診断へ」は日常の診療で課題となる訴えや症候から,実施すべき検査や鑑別すべき疾患への道筋が詳述されており,素晴らしい項目である。その考え方をぜひ学んでいただきたい。

 各論ではcommon diseaseから希少疾患まで,いずれの項目も詳細に検討されて執筆されており,内容は正確で神経内科学を勉強する医師にとって,最高の教科書となっている。また,新しい内容がタイムリーに更新されており,大きな発展を遂げて開発が今も盛んに行われている抗腫瘍薬による神経障害の項目でも,新しい薬が十分に追加されているなど,日本で書かれた神経内科学教科書で,最高の書と言ってよい。

 その分,前版からのページ数の増加はやむを得ないと思うが,大きさはA5判とコンパクトであり,日常の診療の中でも使いやすく,神経内科学を専攻する医師にとって必須の教科書と言ってよい。紙面も2色刷りになっており,基本として記憶すべき英語名は色文字としている点など,専門医などの受験には特に有用である。

 以上のことから,この『神経内科ハンドブック』第5版を神経内科医の素晴らしい教科書として推薦する。本書は今後さらに広く用いられて神経内科診療の一層の充実に貢献することを確信している。

A5・頁1368 定価:本体13,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02417-4


DSTC外傷外科手術マニュアル
[Web動画付]

日本Acute Care Surgery学会/日本外傷学会 監訳

《評 者》横田 順一朗(堺市立病院機構副理事長)

外傷診療に長けた外科医の技能と意思決定が凝縮

 今,止血できなければ死につながる。重度外傷の緊急手術ではこのようなシリアスな状況に遭遇する。熟練した外科医でも,経験したことのない状況や見たことのない術野にたじろぐことがある。専門領域でなくても,救命のためには迅速な止血など外科的介入により,蘇生しなければならない。重度外傷と対峙する外科医にはこれを乗り切る技量と意思決定が求められる。予定手術では事前に手術アプローチ,術式の選択および術後管理まで予習できるが,救急現場では不可能である。遭遇する機会が少ない上に,守備範囲が広く,予定手術とは異なった判断が必要となる。症例を重ね,経験を積むといった修練の難しい領域である。このため臨床経験を補完する手段としてシミュレーション教育が脚光を浴びている。

 ここに紹介する『DSTC外傷外科手術マニュアル』は,重度外傷に対する外科的技能をウエットラボで修練するDSTCコースのために書かれた図書である。DSTCコースは,世界的にトップクラスの外傷外科医が直接指導する実践さながらの修練システムである。本書は,コース受講の教材といった程度のものではなく,まさしく重度外傷治療のテキストとして充実した内容が詰まっている。外傷診療に長けた外科医の技能と意思決定が凝縮されていると言っても過言ではない。また,webを介して実践さながらの手術動画を閲覧することができ,コースの受講に至らずとも,本書の熟読と動画の視聴でかなりの学習効果が期待できる。翻訳をされた先生方の意図が,実はこの点にあるのではないかと推測する。

 さて,重度外傷は救急診療の中でも病勢の変化が早く,救命や後遺症の回避のためにはチームアプローチを必要とする代表的な領域である。病院前救護,初期診療,IVR,手術および集中治療へと場面を移すだけでなく,ここに多くの職種,診療科が関与する。本書は手術室まで持ち込んだ場面を想定したものである。本書の内容を最大限生かすには,初期診療で防ぎ得る死亡を回避し,手術室まで持ち込む技量を備えていなければならない。このため標準化された外傷初期診療の展開が求められ,DSTCではATLSの受講またはそれに沿った初期診療が推奨されている。わが国ではATLSに相当するものとしてJATECコースがあり,本書の内容を実践するには外傷初期診療ガイドラインJATECを順守した診療が前提となる。

 本書がわが国の外傷外科の進歩と診療の質向上に寄与するものと期待している。

B5・頁416 定価:本体8,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02829-5

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