医学界新聞

寄稿

2017.01.02



【グラフ解説】

10項目で見るがん対策の10年

加藤雅志(国立がん研究センターがん対策情報センター がん医療支援部 部長)
藤下真奈美(国立がん研究センターがん対策情報センター がん医療支援部 研究員)


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■「がん対策基本法」制定で均てん化が加速

1 がん対策基本法とがん対策推進基本計画

 がんは1981年以来,日本人の死因第1位となっている。政府は1984年に「対がん10カ年総合戦略」を策定し,その後も第2次,第3次の10か年戦略により,がん対策に取り組んできた。しかし,これらはがんに関する研究を中心とする対策だった。がんは依然として国民の健康にとって重大な課題であり,国民からは,研究の成果を還元し,がん医療の充実に向けたがん対策の推進を求める声が高まっていた。これを受け,2006年6月に「がん対策基本法」(以下,基本法)が成立し,がん対策は大きな転換期を迎えた。

 2007年6月,政府は基本法に基づき「がん対策推進基本計画」(以下,基本計画)を策定。これは,国全体のがん対策を総合的かつ計画的に進めていくための方向性を明確にした初めてのマスタープランと言える。第1期基本計画の全体目標には,「がんによる死亡者の減少」(図1)および「全てのがん患者とその家族の苦痛の軽減と療養生活の質の維持向上」が定められた。既に対がん10か年総合戦略等で掲げられていた「がんによる死亡者の減少」という目標に加えて,患者家族のQOLの向上に着目した新たな目標が全体目標に定められた点は特筆に値する。この全体目標の実現に向け,がん医療では緩和ケアが大きく推進されていくことになる。

図1 がん年齢調整死亡率の推移
基本計画では,全体目標の一つに「がんによる75歳未満の年齢調整死亡率の20%減少」が掲げられた。しかし,設定された喫煙率半減やがん検診受診率50%達成の目標に届かないなどの要因で,2015年の予測値では17.0%減になる見込み。死亡率減少が鈍化する現状を検証し,次のがん対策に活かす必要がある。

 2012年には,第2期基本計画が策定された。全体目標には,「がんになっても安心して暮らせる社会の構築」が3つ目の目標として新たに加わった。がんを罹患した者がその経験と向き合いながら自身の望む生活を実現できるよう支援していくとともに,がん患者自身が尊厳を感じながら生活していける社会の実現までをがん対策はめざしており,これを基に今日まで多くの施策が講じられている。

2 がん診療連携拠点病院制度

 がん診療連携拠点病院(以下,拠点病院)は,わが国のがん医療の中心的な役割を担うもので,拠点病院の整備はがん医療の水準を均てん化する上で重要な施策となっている。2001年に「地域がん診療拠点病院」の全国整備をめざして開始されたがん拠点病院制度は,その後2006年に見直され,拠点病院の名称に新たに「連携」の言葉が加わり「がん診療連携拠点病院」と定められた。地域のがん医療の要がより一層明確化され,拠点病院のない空白の二次医療圏解消に向け,整備が進められた。

 2008年には厚労省が拠点病院の指定要件を見直し,放射線治療機器の整備や外来化学療法室の設置,キャンサーボードの開催を必須とするなど,専門的な医療を提供できるよう,より高い水準でのがん医療の提供体制の充実と,がん医療の均てん化を推進した。また,院内のがん相談支援センターのがん専門相談員については,国立がん研究センターの研修を修了した者を配置することとし,機能の充実を図った。

 2014年には,拠点病院が整備されていない医療圏の解消や拠点病院が提供する医療の質のさらなる向上をめざし,拠点病院の指定要件を改定。人員配置や診療実績の要件を強化し集約化を進める一方,一部要件を緩和した「地域がん診療病院」を新たに定め,空白の二次医療圏の減少を進めている(図2)。2005年1月時点で全国に135施設だった拠点病院が,2016年4月には427施設まで増加した。また,がん医療の質を継続的に向上させる取り組みとして,都道府県の拠点病院が中心となり都道府県単位でのPDCAサイクル確保をめざす新たな取り組みも定められた。地域の状況に即したがん医療提供体制の一層の整備が期待されている。

図2 拠点病院の整備によって空白が解消された二次医療圏
全ての二次医療圏に原則1施設の設置を目標に整備が進められたがん診療連携拠点病院。2014年には「地域がん診療病院」が設置され,空白の二次医療圏は75か所に減少している。人口10万人未満の二次医療圏を中心に,今後均てん化をいかに進めるかが課題である。

 今後は,拠点病院が行っている診療実態をより詳細に把握し,適切な医療が提供されているか検証を進めていくとともに,さらなるがん医療の質向上と均てん化を図っていくことが求められる。同時に,ゲノム医療,一部の放射線治療,希少がん,小児がん,難治性がん等については集約化を進めていくことが課題となっている。

■個別の課題にも目を向けた第2期「がん対策推進基本計画」

3 小児がんや希少がんへの対策の推進

 第2期基本計画では,「小児がん」「希少がん」対策にも取り組むことが明記された。

 小児の病死原因の第1位はがんであり,小児がん患者は治療後の経過が成人に比べて長いことに加え,晩期合併症や,患者の発育や教育に関する問題など,成人のがん患者とは異なる問題を抱えている。厚労省は2012年,小児がん患者とその家族が安心して適切な医療や支援を受けられる環境の整備について検討し,「小児がん拠点病院制度」を新たに開始した。全国の15医療機関が小児がん拠点病院として選定され,小児がん中央機関を,国立成育医療研究センターと国立がん研究センターが協力して担うことが定められた。小児がんの診療体制は,拠点病院および地域ブロックごとにその体制整備を進めている状況にある。

 小児がん医療は依然として,診療体制,人材育成,相談支援体制,長期支援などに課題があり,より一層の整備が待たれる。また,思春期・若年成人世代であるAYA(Adolescent and Young Adult)世代や,高齢者のがん対策等,他の世代も含めた「ライフステージに応じたがん対策」を講じていくことも求められる。

 希少がんについては,2015年に厚労省が課題を取りまとめている。専門的な医師や医療機関の所在がわかりにくい,病理診断が難しく専門性の高い医師が不足している,症例が少なく研究が進みにくいなどの課題が列挙された。

 これに対し,国立がん研究センターでは「希少がん対策ワーキンググループ」を設置し,まずはがん種を絞った上で,関連学会,研究者,患者団体等の希少がん対策関係者による,希少がんに関する医療提供体制,情報の集約・発信,相談支援,研究開発などについての検討が開始されている。2016年10月現在,四肢軟部肉腫,眼腫瘍についての検討を実施。また,希少がんについての病理診断支援については,国立がん研究センターが実施している病理診断コンサルテーション体制の充実を進めている。

4 緩和ケア

 緩和ケアは,終末期だけではなく,疾患の早期から提供されるべきものである(図3)。しかし,わが国の緩和ケアは,ホスピスや緩和ケア病棟を中心に終末期のがん患者を対象に発展してきた経緯があるため,「終末期医療(ターミナルケア)」という言葉が緩和ケアと同義語のようにかつては用いられ,「緩和ケア=終末期の医療」という印象を抱かれていた。そこで,基本法では緩和ケアは推進されるべきものとして明記され,基本計画に基づき大きく進められてきた。特に,がん診療に携わる医師が緩和ケアの重要性を十分に認識していないことが,大きな課題であった。そのため,がん診療に携わる全ての医師が緩和ケアの基本的な知識の習得をめざす取り組みが2008年にスタート。以降,全国の拠点病院を中心に「緩和ケア研修会」を開催する体制が構築され,現在8.5万人を超える医師が研修を修了している。また,拠点病院を中心に緩和ケア提供体制の整備が進んだ。拠点病院では,緩和ケアチームの設置が必須となり,病院内の緩和ケアの提供体制を整えるとともに,地域の医療機関が提供する緩和ケアの支援をしていくことが定められた。

図3 緩和ケアモデルの変化
緩和ケアは,「終末期医療」と同義ではない。これまでのがん医療では,がん治療から終末期ケアへ急な切り替えが行われており,「緩和ケア=終末期医療」との誤解から,緩和ケアは「看取りの医療」という誤った認識が広がってしまった。基本計画により,現在では,診断時からがんの治療の途中にも提供されるべきものとの認識が広まっている。

 この結果,第2期基本計画の中間評価として2015年に行われた全国調査では,2008年の調査と比較すると,医師や看護師の緩和ケアに関する知識や困難感が有意に改善していることが明らかになった。多くの医療者が,自身が提供する緩和ケアが改善してきていると考えていることもわかった。しかし,緩和ケアに関する知識・技術を十分に有していると考える医師は2~4割程度にとどまっている。特に,拠点病院以外の医師や看護師は,十分な緩和ケアを提供していく体制にあるとは認識しておらず,地域連携については全体的に不十分だと考えている医療者は依然として多い。

 今後は,がんに伴う苦痛で悩む患者や家族が一人でも減るよう,全ての医療機関で基本的な緩和ケアが確実に実施される体制を整備していくとともに,拠点病院では専門的な緩和ケアの提供体制を充実させていく必要がある。また,がん患者が望んだ場所で療養できるよう,地域の状況に即した地域連携体制の構築が求められる。

5 情報提供と相談支援

 2006年に行われた拠点病院の指定要件見直しに伴い,全国の拠点病院に相談支援機能を有する部門(相談支援センター)の設置が義務付けられた。全国に向けた一般的で正確な情報は,国立がん研究センターがウェブサイトや冊子等を通じて提供し,個別的な情報や地域の情報については拠点病院の「がん相談支援センター」が提供していく体制が方向付けられた。

 がん相談支援センターでは,自施設の患者の相談のみならず,がんに関する悩みや疑問を抱える全ての方を対象に相談支援を行っている。単なる情報提供にとどまらず,相談者のニーズを把握し解決できるよう,...

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