好中球減少と感染症④ 高リスク群:真菌感染症について(森信好)
連載
2016.12.19
目からウロコ!
4つのカテゴリーで考えるがんと感染症
がんそのものや治療の過程で,がん患者はあらゆる感染症のリスクにさらされる。がん患者特有の感染症の問題も多い――。そんな難しいと思われがちな「がんと感染症」。その関係性をすっきりと理解するための思考法を,わかりやすく解説します。
[第7回]好中球減少と感染症④ 高リスク群:真菌感染症について
森 信好(聖路加国際病院内科・感染症科医幹)
(前回からつづく)
前回お話しした「好中球減少と感染症」の高リスク群である細菌感染症の続きとして,今回は「がんと感染症」の醍醐味とも言える真菌感染症について解説します。
低リスク群と高リスク群との違いは,外来治療vs.入院治療,経口vs.経静脈抗菌薬投与などさまざまですが,決定的に異なるのは「真菌感染症の有無」です。低リスク群で真菌感染症を考慮することはほとんどないものの,高リスク群となると常に考慮する必要があります。
「カビ」は形で分類しよう
真菌感染症とは,つまりはカビの感染症です。多くの方はあまり触れることのない感染症ではないでしょうか。
真菌はその形によって「酵母菌(yeast)」と「糸状菌(mold)」に分けられます(図)。ごく簡単に言うと,酵母菌は「丸い形」,糸状菌は菌糸(hyphae)を伸ばした「糸状で枝分かれの形」をしています。
図 真菌の分類 |
以前説明した通り,酵母菌であるカンジダは人間の皮膚や腸管に常在していますので,バリアの破綻があれば低リスク群でも起こり得ます。今回の高リスク群における主役はアスペルギルス,ムコールなどの糸状菌です。侵襲性糸状菌感染症(Invasive Mold Disease;IMD)の最も大きなリスクは「遷延する重度の好中球減少」1)なのです。
真菌感染症の診断や治療法など詳しい解説は次回以降として,今回は実際の高リスク群の症例を元に,真菌感染症のイメージをつかんでいただくことに主眼を置きます。
症例1
61歳男性。難治性の急性骨髄性白血病(AML)に対して高用量シタラビンによる再寛解導入療法施行中。レボフロキサシン,フルコナゾール,アシクロビルの予防内服中であり,2週間にわたり好中球は100/μL未満となっていた。今回は3日前に38℃の発熱あり。明らかな熱源は不明でありFNとしてセフェピムが開始されていたが依然として発熱が持続しているため感染症科コンサルトあり。ややぐったりしている。軽度の乾性咳嗽と食欲低下あり。頭痛,鼻汁・鼻閉,咽頭痛,呼吸困難,腹痛,嘔気・嘔吐,下痢,尿路症状,肛門痛,関節痛・筋肉痛なし。意識清明,血圧118/68 mmHg,脈拍数112/分,呼吸数20/分,体温38.2℃,SpO2 99%。口腔内に軽度の粘膜障害あり。その他,頭頸部,胸部聴診,背部,腹部,四肢,皮膚に明らかな異常なし。PICC挿入部の発赤,圧痛なし。肝機能障害,腎機能障害は見られない。血清ガラクトマンナン(GM)抗原2.6と上昇しており胸部CT検査で周囲にすりガラス影を伴う結節がある。
症例1は難治性AMLに対する再寛解導入療法中で遷延する(7日以上)高度の好中球減少(100/μL未満)の症例で,典型的な高リスク群のFNです。残念ながら解熱が得られていません。こうした状況では当然,多剤耐性菌などの可能性もありますが,何と言っても真菌感染症,とりわけIMDを疑わなければなりません。抗真菌薬としてフルコナゾールが予防投与されていますが,カンジダには活性があるものの糸状菌には効果がないことに注意が必要です。
AMLで非常に頻度の高いIMDは侵襲性アスペルギルス症(Invasive Aspergillosis;IA)であり,頻度は10%程度,死亡率は27%にも上ります2)。そのため早期診断と早期治療が必要になるのです。アスペルギルスは経気道感染で肺や副鼻腔などに感染を起こすため,本症例のように発熱が遷延する場合にはGM抗原の血清診断とともに積極的に胸部CT検査を施行することが推奨されています3)。好中球減少患者では胸部単純X線写真だけでは肺病変の見逃しや,病変の正確な把握が困難な場合があるからです4)。
この症例ではGMが陽性(0.7以上)であり,さらに胸部CTで特徴的な「周囲にすりガラス影を伴う結節(halo sign)」があったため,IAの診断となり早期のボリコナゾール治療により改善しました。
症例2
47歳女性。再発性,難治性のAMLに対してデシタビンによる治療中。好中球は3か月以上100/μLを下回っている。これまでに数度のFNおよびIAの既往あり。レボフロキサシン,ボリコナゾール,アシクロビルの予防内服中。今回7日前に38℃の発熱がありセフェピムが開始されたが解熱せず,4日前からはバンコマイシンが追加された。それでも解熱が得られず全身状態不良のため,感染症科コンサルトとなった。全身状態はややぐったり。1週間ほど前から両耳の中間あたりの頭痛を自覚しており徐々に増悪傾向。鼻汁はないが鼻閉はある。食欲低下あり。咽頭痛,呼吸困難,咳嗽,腹痛,嘔気・嘔吐,下痢,尿路症状,肛門痛,関節痛・筋肉痛なし。意識清明,血圧131/82 mmHg,脈拍数108/分,呼吸数18/分,SpO2 97%。副鼻腔(前頭洞,上顎洞)に圧痛なし。その他,頭頸部,胸部聴診,背部,腹部,四肢,皮膚に明らかな異常なし。PICC挿入部の発赤,圧痛なし。肝機能障害,腎機能障害なし。ボリコナゾール血中濃度2.2 μg/mL(1.0~5.5),血清GM陰性。胸部CT検査では明らかな異常ないが,頭部CT検査にて蝶形骨洞の壁肥厚と著明な液体貯留あり。
症例2は再発性,難治性AMLであり,これまでにもFNやIAなどのさまざまな感染症を起こしています。好中球減少が数か月に及び,「超高リスク群」と言っても過言ではありません。セフェピム,バンコマイシンという広域抗菌薬投与にもかかわらず臨床的改善が見られていません。当然IMDを疑います。IMDで最も多いのはIA,次いで多いのがムコール症です。ムコールもアスペルギルス同様,経気道感染で肺や副鼻腔に病変を作ります。ただし特筆すべきがその死亡率。がん患者では66%5)と圧倒的に高くなるのです。IMDのうちIAとムコール症の見極めが非常に重要になります。それは,投与すべき抗真菌薬が異なるからです。IAに対する第一選択薬はボリコナゾール,一方ムコールにボリコナゾールは効果がなく,アムホテリシンB(リポソーム製剤)を使用しなければなりません。
今回ムコール症を強く疑うポイントは以下の3つ。①副鼻腔炎がある(IAでも起こるがムコール症ではより多く見られる),②ボリコナゾールが適切な血中濃度で投与されていた(IAの特効薬であるボリコナゾールはムコールには無効であり,ブレークスルーを起こした),③GM陰性(IAでは上昇することが多い)。他にもIAよりムコール症を疑うポイント6)として,肺野に10個以上の結節性病変や胸水が見られることも重要です。
本症例は高リスク群のFNで副鼻腔炎を起こしていました。耳鼻科の協力のもと,その日に副鼻腔開窓術が行われその際の組織からムコールが検出されました。アムホテリシンB(リポソーム製剤)にて治療を行い感染症は改善傾向にありましたが,残念ながら原疾患の悪化で亡くなりました。
積極的に「疑う」ことが大切!
2つの症例から強調しておきたいのは,なんと言っても「疑うこと」が大事だということです。皆さん,高リスク群のFNであれば血液培養をはじめとする各種培養を採取し,セフェピムやバンコマイシンを開始しますね。また,場合によってはミカファンギンを経験的に開始することもあります。一方,IMDは,「疑って」GMを提出したり,「疑って」頭部や胸部のCT検査に踏み切ったりしない限り診断はなかなか困難です。診断の遅れは治療の遅れとなり,予後の低下に直結します。
とは言うものの,血液腫瘍患者を見たら何でもかんでもIMDを疑え! というわけではありません。血液腫瘍患者におけるIMDのスコアリングシステム1)がありますので紹介しておきましょう(表)。
表 IMDスコアリングシステム |
6点未満であれば陰性的中率は99%というものです。好中球が減少しているだけであれば4点であり「IMDらしくない」と言えるかもしれません。ですので,症例1のように原疾患がコントロールされていない(3点)高リスク群のFN(4点)や,症例2のようにコントロール不良(3点)でIMDの既往がある(4点)高リスク群のFN(4点)であれば積極的に疑ってもらいたいです。
今回は高リスク群の「好中球減少時の感染症」における侵襲性糸状菌感染症(IMD)について解説しました。奥深い話にも入りましたが,今回はIMDをちゃんと「疑う」ことを学んでいただければOKです。次回は「好中球減少と感染症」の大トリ,中間リスク群です。なぜ中間リスク群が最後に来るのか? それは「好中球の壁」以外にも「液性免疫の壁」や「細胞性免疫の壁」が一緒に下がる疾患群が中間リスク群に相当するからです。ますます「がんと感染症」の深みに入っていきます。 |
(つづく)
[参考文献]
1)PLoS One. 2013[PMID:24086555]
2)Haematologica. 2010[PMID:19850903]
3)Clin Infect Dis. 2016[PMID:27365388]
4)Acta Radiol. 2002[PMID:12100326]
5)Clin Infect Dis. 2005[PMID:16080086]
6)Clin Infect Dis. 2005[PMID:15937764]
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