呼吸(志水太郎)
連載
2016.08.29
おだん子×エリザベスの
急変フィジカル
患者さんの身体から発せられるサインを読み取れれば,日々の看護も充実していくはず……。本連載では,2年目看護師の「おだん子ちゃん」,熟練看護師の「エリザベス先輩」と共に,“急変を防ぐ”“急変にも動じない”フィジカルアセスメントを学びます。
■第8夜 呼吸
志水 太郎(獨協医科大学総合診療科)
(前回からつづく)
J病院1階の救急外来。今日のおだん子ちゃんは,7階病棟から助っ人として駆り出されて来ました。深夜の救急救命室にはひっきりなしに患者さんが運ばれてきます。急変対応には慣れてきましたが,救急外来は久しぶりです。ドキドキしながら患者さんのもとへ向かいました。
患者は桑田さん(仮名),77歳男性。救急救命士によると,高血圧とCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の持病があり,元ヘビースモーカー。3年前からは自宅で在宅酸素療法(HOT;Home Oxygen Therapy)を行っているそうです。ADLはほぼ自立しており,一人暮らし。今日は,トイレでいきんだときに左胸にピキッという激痛が走り,それからだんだん息が苦しくなり,全身がだるくなってきたため,自分自身で救急搬送を依頼したとのことでした。
(おだん子)「桑田さん,意識はありますか?」
患者さんは痩せ型で,ストレッチャーの上に仰向けになって,苦しそうに浅く速い呼吸をしています。自宅から着けてきたのか,鼻カニューレを装着していました。
(患者)「ハアッ,ハアッ……苦しい……」
(おだん子)「どの辺が苦しいんですか?」
(患者)「ハアッ,ハアッ」
(おだん子)「ええと……」
おだん子ちゃんは,何かできることはないかと考え,まずは基本に戻って呼吸数を数えることにしました。
(おだん子)「アイウエオアイウエオ……呼吸数は30回/分くらい」
パルスオキシメーターを見るとSpO2 90%,血圧94/60 mmHg,脈拍120拍/分,体温36.8℃です。
患者さんを見ると,首は細い割に胸鎖乳突筋は不自然に発達していました。そしてその周辺の筋肉も呼吸に合わせて収縮を繰り返しています。
(おだん子)「熱はなし。首の筋肉はつらそうだけど,前傾姿勢じゃないし,声も出てる」
息苦しそうなので念のため口の中を確認しましたが,窒息ではなさそうです。前回(第7夜/第3184号)教えてもらったA(Airway)の3秒フィジカルでも問題ありません。
(患者)「ハアッ,ハアッ(胸を押さえて)」
(おだん子)「そういえば左胸に痛みがあるって救急救命士さんが言ってた!」
「危険な胸痛,6人の殺し屋」(第2夜/第3163号)が脳裏を過ぎります。急いでダブルハンド法を使って血圧を測ると,左右差はなし。大動脈解離ではなさそうで,ホッとしました。しかし,他の5つの可能性は残っています。
おだん子ちゃんは,患者さんの手に触ったときに末梢がジトッと冷たいことに気付きました。脈はありますが,血圧も低く,ざっくりショック(第5夜/第3176号)の「ぐったり真っ青冷や汗ハアハア」までは当てはまっています。もしかしたらショックの前兆でしょうか?
(おだん子)「困ったな,ヤバそうではあるんだけど……(オロオロ)」
(患者)「ハアッ,ハアッ」
(おだん子)「え?! 血圧85 mmHg?! (こんなに急に悪くなるなんてどうしよう! ドクター早く来てー!)」
(エリザベス)「ちょっとあなた! 何なさってるの?!」
(おだん子)「先輩!! なんてナイスタイミング! 実はCOPDで呼吸苦の方が……」
(エリザベス)「嫌な呼吸ね。それにこの頸静脈。胸は見たの?」
エリザベス先輩はそう言いながら,患者さんの襟元をバッと開けました。すると片方の胸郭だけが膨らんでおり,左右の胸が異なる動きをしています。エリザベス先輩は聴診器を当て,両方の肺の音を聞きました。
(エリザベス)「すぐに隣のブースのドクターをお呼びになって。それから救急カートを。緊張性気胸ですわ!」
エリザベス先輩のキラキラフィジカル❽
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ショックの中でも特に緊急度の高いのが,右心系に分類される「閉塞性ショック」です(第6夜/第3180号)。原因である“閉塞”を早急に解除しないと,時として命にかかわります。
代表的な3つの閉塞性(右心系)ショックのうち,緊張性気胸は,何らかの理由で肺に穴が開くことで生じます。肺は,胸郭という堅い「殻」に囲まれた閉鎖空間の中にあります。肺に穴が開き,そこから空気が抜けると,肺と胸郭の間に空気がたまります。穴がチェックバルブの弁のように働いた場合,肺から空気は抜けていく一方で,肺に戻ることはありません。そのため,穴が開いた側の胸が膨らんでいたり,胸郭の動きに左右差が生じたりします。聴診器を当てると,呼吸音は明らかに弱まっているのがわかります。また,胸腔内の空気貯留でより明らかな鼓音がします。
さらに,胸郭内の空気は肺をどんどん押しつぶし,縦隔をも圧迫していきます。そうなると,壁の薄い下大静脈や右心系もつぶされ,血液が循環しなくなります。血液が左心にも戻らず,全身に血液が送り出せなくなってしまうのです。心臓の閉塞はタイミングによっては一瞬で起きることがあり,急激なショックを招きます。緊張性気胸は急速に悪化し,時に秒~分単位で処置しないと死に至るとも言われます。胸郭外から穴を開けて空気を外に逃がす「緊急脱気」が一刻も早く必要です。
今回は,いきんだ際の肺胞内圧の上昇で穴が開いたと考えられますが,胸元に外傷がある場合,それによって肺に穴が開いた可能性を疑ってください。
急変ポイント❽
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駆け付けた医師がその場で状況を判断,エリザベス先輩からサッと渡された16 Gの留置針を第二肋間上縁に3本連続して打ち込みました。その瞬間! プシューッ,プシューッという音とともに留置針の外筒から空気が排出されます。この間のSpO2は幸い保たれており,血圧は100 mmHg台まで回復,蒼白な顔もやや赤みを増してきました。医師はチェストチューブ(胸腔ドレーン)の準備を指示。胸腔ドレナージが行われました。
その後,患者さんは過去に2度,自然気胸を起こした病歴があったことがわかりました。今回トイレでいきんだときの胸痛が以前経験した胸痛と同じような痛みだったので,これはまずいと思ったそうです。患者さんはそのまま呼吸器外科に入院となりました――。
★
今回は急変基本のABCのBに触れました。Bは,Aの次に緊急です。もしAに異常があれば,先にAへの介入(気道確保や挿管)を行いますが,Bも即座に次の行動につなげる必要があります。体が発する限られたサインを察知できるようになりましょう。
Bに介入する場合,最初は酸素投与を行います。SpO2が95%以上であれば不要ですが,95%未満であればO2流量3~5 L/分で簡易酸素マスク(シンプルマスク)を当てます。CO2ナルコーシスの恐れがあるため,COPDのようなCO2がたまりやすい慢性閉塞性の呼吸器疾患の方に酸素を長時間投与してはいけませんが,救急搬送などで長時間酸素投与されていたのでなければ,医師が到着するまでの一時的な処置として簡易酸素マスクを着ける分には害はないでしょう。
Bの異常の中でも,緊張性気胸は特に対応を急ぎます。読者のあなたも周りの看護師や医師と,実際にこの患者さんが現れたときの対応についてぜひ話し合ってみてください。
おだん子のメモ8月29日
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(つづく)
この記事の連載
おだん子×エリザベスの急変フィジカル(終了)
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