医学界新聞

連載

2015.11.09



Dialog & Diagnosis

グローバル・ヘルスの現場で活躍するClinician-Educatorと共に,実践的な診断学を学びましょう。

■第11話:なめたらあかん

青柳 有紀(Consultant Physician/Whangarei Hospital, Northland District Health Board, New Zealand)


前回からつづく

 皆さん,こんにちは。ニュージーランドは夏が近づいてきて,海にそそぐ陽の光がまぶしい季節です。今回は,私がアメリカ時代に経験したある菌血症の症例について,皆さんと一緒に考えてみたいと思います。

[症例]47歳の生来健康な男性。6日前に趣味のマウンテンバイクで走行中に激しく転倒し,右橈尺骨骨幹部を骨折した。また,顔面,両上肢および下肢に多数の挫創および擦過傷を負った。事故後,ただちに病院に搬送され,整形外科チームによるORIF(観血的整復固定術)が行われた。術後2日で退院するも,その2日後,悪寒,発熱,倦怠感,食欲不振を理由に再来院した。創部感染が疑われたが,創部に視診上は明らかな感染徴候は認められなかった。その後,入院時に採取された血液培養(2セット)がグラム陰性桿菌陽性となり,感染症科にコンサルトされた。

 入院時バイタルは体温38.4℃,血圧111/67 mmHg,心拍数102/分,呼吸数16/分,SpO2 98%(room air)。診察時,患者は倦怠感を訴えているものの,それ以外に自覚症状はなく,toxicな印象は受けない。眼瞼結膜に出血はなく,口腔内粘膜所見も正常。呼吸音・心音ともに正常で,腹部所見も異常なし。右上肢の創部に顕著な発赤や膿汁排出の傾向は認めない。額や上下肢に複数の擦過傷を認める。血液培養の陽性判明後,既にピペラシリン・タゾバクタムが開始されている。

あなたの鑑別診断は?

 皆さんはこの症例についてどう思うでしょうか? 外傷後,整形外科的手術を受けた患者に見られた,グラム陰性桿菌による菌血症です。

 患者は生来健康で,既往歴から易感染性を示唆するような免疫不全は一見なさそうです。臨床感染症医は常にソース(感染源)に関心を持っていますが,「外傷+感染」という文脈でまず思いつくのが,やはり皮膚の常在菌による感染,すなわち,黄色ブドウ球菌やレンサ球菌による感染です。また,古典的な例ではクロストリジウム・パーフリンジェンス(Clostridium perfringens)によるガス壊疽や筋壊死なども想起されますが,血液培養から検出されたのはグラム陰性桿菌で,これらの細菌群とは一致しません。特定の外傷起点,例えば,「アルコール性肝障害の基礎疾患がある患者の海水中での外傷」であれば,ビブリオ・バルニフィカス(Vibrio vulnificus)といったグラム陰性桿菌が想起されますし,「淡水や汽水域における水中外傷」であれば,第4回の連載でもとりあげたエロモナス属が思い浮かびます(こういった,特定の臨床的な文脈から起因物質や診断の見当をつけるアプローチをpattern recognitionと呼び,経験に富む臨床家は多くのパターンを理解し,診断に際して用いています)。しかし,これらのパターンは今回の患者の病歴とは一致しません。「外傷」をもう少し広く解釈して,例えば動物咬症なども含めて考慮すると,例えばグラム陰性桿菌のパスツレラ属なども起因菌の鑑別として入ってきますが,これも提示されている病歴からは合致しないようです。

 でも,ちょっと待って。まずは,患者さんと話してみましょう。

D & D

 病室を訪れると,患者さんとその妻が笑顔で迎えてくれました。現病歴や既往歴などを詳細に確認後,「社会歴」について伺ってみます。私は,臨床医としての日々の仕事の中でこの時間がとても好きです。その理由は,第5回の連載でも述べたように,「患者の社会...

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