医学界新聞

レジデントのための「医療の質」向上委員会

公正な医療を提供するには

連載 小西竜太

2015.09.14 週刊医学界新聞(レジデント号):第3141号より

❶救急室にて
救急隊:「認知症の既往がある85歳独居女性が自宅前で倒れていました。救急収容をお願いできませんか?」
医師:(認知症で独居だと入院させた後の調整業務が大変だな。診られなくはないけど,既に救急車1台を受け入れているし……)「処置中なので受け入れできません」
救急隊:「わかりました」
――その後,救急隊は現場で搬送先の選定に1時間以上かかり,すぐに処置していれば軽症で済んでいた患者は3週間の入院となった。

❷内科外来にて
医師:「1年ぶりの受診ですね。2か月おきに受診してくださいとお願いしていたはずですが……」
患者:「受診する時間が取れなくて」
医師:(この患者さん服がヨレヨレだ。体臭もきついなぁ)「高血圧と糖尿病,慢性腎臓病を併発していて,薬が10種類も必要な状態なんですよ。以前は良い状態で安定していたのに,今は血圧が200/130 mmHg以上,HbA1cも10%を超えている。きちんと治療を受けないと命にかかわりますよ」。
患者:(薬代が高くて生活がキツイんだよ)「……スミマセン」
――患者は再び受診しなくなり,1年後,状態悪化により緊急入院した。

❸病棟にて
病棟看護師:「昨日入院した患者さんが,下腹部の痛みを訴えています」
医師:(薬物中毒で入院した患者だったな……)「おそらく精神的な問題でしょうから,経過観察してください」
病棟看護師:「痛みが強そうですが,大丈夫ですか?」
医師:「鎮静剤のセレネース®を使ってください」
――その夜,夜間の病棟当直医によって,異物誤飲による腸管穿孔・汎発性腹膜炎の診断に至った。

 

Q.❶~❸の内,「公正性」を欠いた診療を行ったのはどれか?

 IOM報告書において,「公正性(equity)」は,「性別,民族,地域,社会経済的状況,教育水準(中略)といった個人の属性によって左右されることのない良質のケアを提供すること」と定義されています。またここから一歩踏み込んで,「健康格差を縮小すること」も,医療システムの役割としています。公正な医療を行うことで,「健康の質」が向上し,「効率的な医療」を展開できると言われています。

 日本では国民皆保険制度に加えて,生活保護者に対する医療扶助,貧困者に対する無料低額診療事業などのセーフティーネットが整備されています。しかし一方で,所得が低いために国民健康保険料が支払えない,疾患や障害を抱えて社会保障サービスにアクセスできないなどの問題を抱え,医療を受けられない方も少なくありません。今後,超高齢社会や経済状況の変化,社会格差の拡大に伴って,健康格差も広がるかもしれません。

 個々の患者に対して最善のアウトカムを提供するために必要なのは,予防医療や患者教育,介護や福祉のサービスなどを絡み合わせて医療の質,健康の質を高めていくことです。今回は,医療従事者によって公正性が損なわれる事例を通して,皆さんがどのような知識や考え方を身につけていくべきか,考えてみましょう。

 まずは上の事例と設問を読んでみてください。❶は独居老人の救急搬送事例です。救急室での診療業務に加えて,介護福祉施設や病棟との調整業務をせねばならないことに負担を感じ,受け入れ拒否を選択してしまいました。

 ❷は低所得者のドロップアウト事例です。医師は医学的問題のみに着眼してしまい,患者の身なりに違和感を覚えながらも,受診できない理由について考えることができませんでした。

 ❸は患者へのバイアスにより,病状判断を誤った事例です。異物による腸管穿孔や腸閉塞などの可能性よりも不定愁訴を想起したことは,精神疾患の合併患者に対する診療経験が乏しいことも原因として挙げられます。

 これらは全て,医療者により公正性が損なわれている事例です。これらの事例に似た経験を皆さんは臨床現場で目にしたことはないでしょうか? 公正な医療は提供できていますか?

 事例❶の場合,患者に対して,純粋に医学的な問題だけを解決するのであれば,患者受け入れや診療内容の意思決定において大きな格差は生じないでしょう。しかし,別の問題の解決も必要となると,時として公正な医療提供を行う動機が妨げられてしまいます。

 このような状況を回避するためには,日常的に社会的な問題について支援を得る方法を知り,関係する職員・専...

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関東労災病院救急総合診療科副部長・経営戦略室長

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