医学界新聞

寄稿

2015.09.07



【寄稿特集】

My Favorite Papers
一編の論文との出会いが
医師人生の新たな扉を開く


 医学の進歩は目覚ましく,日々新たな知見が得られています。知識をブラッシュアップし続けるのは大変なことですが,時には,医師人生に大きな影響を与えるような論文との出会いが待っているかもしれません。今回も昨年に引き続き,医師としてのキャリアの中で出会った「お気に入り論文」を識者の方々に挙げていただきました。ぜひ皆さんも,自分の「お気に入り論文」を考えてみてください。

神田 善伸
安達 洋祐
宮地 良樹
藤田 次郎
仲田 和正


神田 善伸(自治医科大学附属病院・自治医科大学附属さいたま医療センター血液科教授/臨床研究支援センター長)


❶The Cardiac Arrhythmia Suppression Trial (CAST) Investigators. Preliminary report : effect of encainide and flecainide on mortality in a randomized trial of arrhythmia suppression after myocardial infarction. N Engl J Med. 1989 ; 321 (6) : 406-12.[PMID : 2473403]
❷O'Brien SG, et al. Imatinib compared with interferon and low-dose cytarabine for newly diagnosed chronic-phase chronic myeloid leukemia. N Engl J Med. 2003 ; 348 (11) : 994-1004.[PMID : 12637609]
❸Sackett DL, et al. Evidence based medicine : what it is and what it isn't. BMJ. 1996 ; 312 (7023) ; 71-2.[PMID : 8555924]

 私が研修医となった1991年は,インターネットもなければ,Evidence-based medicine(EBM)という言葉もなく,論文の検索も業者に依頼しなければならない時代である。情報の主な入手元は,研修医室に仲良く並んでいた『medicina』(医学書院)と『ヤングマガジン』(講談社)であった。数年が経過して院内の図書室などでCD-ROMに収められたデータを利用して文献検索ができるようになった。しかし,その使い勝手は悪く,やむを得ず文献管理ソフトを自作して,CD-ROMから抽出したabstractを取り込んで閲覧していた。その後,インターネットの普及により個人のPC上でMedlineのデータベースへのアクセスが可能となり,文献検索は格段に身近なものになった。さらにPDFによる論文全文の電子化によって,各自のデスクが実質的な図書室となった。そこで,1998年ごろから,各専門誌のTable of contentsサービスやMEDPORTを利用して内科系,血液・腫瘍系主要誌の目次を毎号閲覧するようになり,目に留まった論文をPC上に保存する作業を始めた。それから約17年,PCに蓄積された多数の論文の中から3本を厳選せよ,というのは無茶な要求だが,こういうときは深く考えないに限る。思いつくままに冒頭の3つの論文を挙げた。

 ❶はCAST study。心筋梗塞後の不整脈による突然死を予防するために,クラスIの抗不整脈薬を投与する群とプラセボ群を無作為割付によって比較したところ,予防投与群において有意に不整脈死亡が多かったという衝撃的な論文(当時)である。私は初期研修医のころは不整脈に関心を持ち,六本木のバーのカウンターで指導医と心電図を眺めるような生活を送っていた。そのころに指導医に教わった論文である。診療を理論だけで構築することは不可能であり,臨床研究による実証が必要であることを学んだ。だから,「やってみなくちゃわからない,大科学実験で(NHK Eテレ)」。

 ❷は慢性骨髄性白血病に対する初期治療として,それまでの標準治療であったインターフェロンとシタラビンの併用群を,分子標的治療薬イマチニブが打ち破ったという無作為割付比較試験の結果である。この成果は,分子標的治療薬時代の幕開けという大きな意味合いも持つが,いつの間にか造血幹細胞移植を行う血液内科医になっていた私にとっては,移植医という職業を失う予感を感じさせてくれた論文でもある。移植などという野蛮な治療法は,やらなくて済むならそのほうがよい。残念ながら,他の疾患では当面は失業することはなさそうである。

 ❸は学術論文という体裁のものではないが,EBMに対する誤解を解くために執筆されたものである。GuyattらによってEBMという用語が脚光を浴びるようになった(JAMA . 1992 [PMID : 1404801])が,彼が最初に提案したのはscientific medicineという用語であった。EBMという用語は「Evidence」が前面に出すぎている。実際には「Evidence」は科学的な診療のための一つの要素にすぎないのに。❸の中で象徴的なのが「Evidence based medicine is not “cookbook” medicine.」という一文である。コックさんがレシピ通りに料理を作るようにガイドライン通りに行う診療,それはEBMではない。また,Guyattらの論文(BMJ. 2002[PMID : 12052789])に「Evidence does not make decisions, people do.」と書かれている。「エビデンスがあるからやる」とか「エビデンスがないからやらない」という考え方は間違いであり,「これらのエビデンスと患者さんの病態,背景,人生観を総合的に考えて,こうする」というのが真のEBMである。❸の文章の目的はEBM普及後のゆがんだEvidence至上主義に警鐘を鳴らすことだったに違いない。

 とはいえ,臨床研究の実証結果(Evidence)を記述した論文の存在は重要である。診療現場で生じた疑問をクリニカル・クエスチョンに置き換え,文献を検索する。得られた文献を吟味し,目の前の患者さんに当てはめられるかどうかを考えて診療するのがEBMである。ただし,研修医が文献を読む際には「葉を見て森を見ず」にならないように,まずは優れた総説で全体像を把握することが重要である。その際には執筆者による偏りがないように複数の総説を読む,あるいは,別の専門家の査読(peer review)を受けている総説を読むことを勧める。ただし,血液領域の入門書の発見は容易である。医学書院の『血液病レジデントマニュアル』を開けばよいのだから。

 EBMに慣れてきたら臨床研究にも目を向けてほしい。不足しているEvidenceを臨床研究によって創り出すのである。それを英文論文として発表することで,将来のEBMに還元される。自分の研究が活字となる喜び,その論文が引用される喜び,診療現場に役立っているという実感が,臨床研究の原動力となる。自治医大の臨床研究支援センターでは,臨床研究の初心者へ支援活動を行っている。その一つが無料統計ソフトEZRによる統計解析と信頼性・遡及性確保の試みである。EZRはマウス操作で簡単に多彩な統計解析ができ,解析過程のログも保存可能である。EZRの開発・使用方法を紹介した拙著(Bone Marrow Transplant. 2013[PMID : 23208313])は,2013年以降に血液学系国際専門誌に掲載された全ての論文の中で最高の引用回数を誇っている。EZRは自治医大さいたま医療センターのウェブサイトから容易にダウンロードできる。EZRを通じて,より多くの臨床医が臨床研究に引き込まれていくことを期待している。


宮地 良樹(滋賀県立成人病センター病院長/京都大学名誉教授)


❶McCord JM, et al. The reduction of cytochrome c by milk xanthine oxidase. J Biol Chem. 1968 ; 243 (21) : 5753-60.[PMID : 4972775]
❷Katz SI, et al. Epidermal Langerhans cells are derived from cells originating in bone marrow. Nature. 1979 ; 282 (5736) : 324-6.[PMID : 503208]
❸Kligman AM et al. Topical tretinoin for photoaged skin. J Am Acad Dermatol. 1986 ; 15 (4 Pt 2) : 836-59.[PMID : 3771853]

 「これまでの医師としてのキャリアの中で最も印象深い論文」を挙げるように言われて,即座に想起したのがこの三編である。いずれも,自分の皮膚科医としての研究ベクトルや臨床ジャンルの方向性決定に大きな影響を与えたメモリアル論文である。

❶活性酸素研究参入の機縁となった論文
 まだ,レドックス研究が未開の領域であった1980年代に読んだSOD発見の論文で,酸素毒性と防御がユビキタスな領域で重要であることを認識し,私自身が皮膚における活性酸素研究に参入する機縁となった心に残る論文である。当時はまだ,活性酸素の演題を出しても,座長は必ず「活性酵素」と読み,マイナー研究ジャンルの悲哀を感じた時代であった。1986年に京都で皮膚活性酸素研究国際シンポジウムを開催したときに,この論文のシニアオーサーであり,レドックス研究のパイオニアであったFridovich先生をお招きできた。すでにご高齢であったが,ご夫妻共々きわめて温厚で,まだ35歳であった私にもとても紳士的に接してくださったことが基礎研究者の鑑のようで強く印象に残っている。早石修先生と共に編集した書籍『The Biological Role of Reactive Oxygen Species in Skin』(Elsevier, 1987)に彼が寄稿してくださったのが何よりもうれしく,今もその本を大切に保管している。

❷皮膚免疫学研究をメジャーにした論文
 皮膚樹状細胞であるランゲルハンス細胞が骨髄由来であることを,キメラマウスを用いた手法で証明したエポックメイキングなNature論文である。皮膚の細胞は当然皮膚由来だと信じられていた当時の常識を打破したこと,皮膚免疫研究が皮膚の枠を超えてメジャーになったこと,共著者の故・玉置邦彦先生(元・東大皮膚科教授)を見て皮膚科からもNature論文を発信できるんだと大きな励みになったことなどから今も忘れ得ぬ論文である。その後,私どもの教室からも制御性T細胞などで二編のNature論文を発表したが,この論文があったからこそ,皮膚科医がPhysician-Scientistとして躊躇することなく世界に飛翔できるようになったと考えている。国内の多くの皮膚科学教室からNature級の論文が量産されるようになった現実を見ながらつくづく先駆者の偉業に敬服する。

❸光老化を治せると実感させてくれた論文
 美容的に気にされるシミ,シワなどのほとんどは紫外線による皮膚加齢現象で防御可能であることから「光老化」と呼ばれ,生理的な皮膚老化と区別されているが,レーザーやボトックスなどの侵襲的手法によってのみ治療可能と信じられてきた。しかし,米国皮膚科の巨匠であるKligman先生が,にきび治療薬であるレチノイド外用を用いて光老化によるシワの治療が可能であることを最初に報告したのがこの論文である。まず,外用というドラッグデリバリーで真皮結合織に影響することが新鮮な驚きであったし,深く刻まれたシワが半年ほどで見事に消失する写真を見たときはわが目を疑ったほどである。いまや定...

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