医学界新聞

寄稿

2015.07.27



【寄稿】

セルフ・ネグレクトと在宅ケアに求められる視点

岸 恵美子(東邦大学看護学部教授・地域看護学)


 「セルフ・ネグレクト」という言葉を聞いたことがあるだろうか。具体的には,いわゆる「ゴミ屋敷」や多数の動物の放し飼いによる家屋の極端な不衛生,本人の著しく不潔な状態,医療やサービスの繰り返しの拒否などにより,健康に悪影響を及ぼすような状態に陥ることを指す。ネグレクトは「他者(親,ケア提供者など)による世話の放棄・放任」だが,セルフ・ネグレクトは「自己放任」,つまり「自分自身による世話の放棄・放任」といえる。

 セルフ・ネグレクトに関する研究は近年急速に進んでおり,これを疫学的,公衆衛生学的問題であると指摘する研究者も少なくない。内閣府が実施したセルフ・ネグレクト高齢者の調査1)によれば,全国でセルフ・ネグレクト状態にあると考えられる高齢者の推計値は,9381-1万2190人(平均値1万785人)。しかし,これはまだ氷山の一角にすぎないと考えられる。米国の大規模調査では,高齢者のうち約9%にセルフ・ネグレクトが存在し,年収が低い者,認知症,身体障害者の中では15%に及ぶと報告されているのだ2)

判断能力を問わず,生命・健康が脅かされる状態は要介入

 セルフ・ネグレクトについて,日本では統一された定義は示されていないが,津村らは海外の研究論文等を参考に「高齢者が,通常一人の人として生活において当然行うべき行為を行わない,或いは行う能力がないことから,自己の心身の安全や健康が脅かされる状態に陥ること」と定義している3)。この定義では,判断能力があって「当然行うべき行為を行わない」人も,判断能力が低下していて「行うべき行為を行えない」人も,どちらもセルフ・ネグレクトに含む。つまり,認知症や精神疾患等により判断能力が低下してセルフ・ネグレクトの状態に陥っている場合でも,判断能力の低下はなく,本人が自分の意思で行っている場合であっても,生命や健康にかかわる状態であれば,他者が介入して支援する必要があると換言できよう。ネグレクトとセルフ・ネグレクトは,他者によるものか,自分自身によるものかの違いはあるものの,結果的には「自己の心身の安全や健康が脅かされる状態に陥る」ことであり,人権が侵害されている点では同様であり,直ちに介入が求められるのである。

 セルフ・ネグレクトの概念
セルフ・ネグレクトの主要な概念は,「セルフケアの不足」と「住環境の悪化」の2つに大別される。また,セルフ・ネグレクトの悪化およびリスクを高める概念には「サービスの拒否」等が挙げられる5)
 筆者らは,日本において初めて,全国の地域包括支援センターを対象にセルフ・ネグレクトの高齢者に関する調査4)を実施した。それによって,地域包括支援センターの専門職が支援を必要と認識するセルフ・ネグレクトの状態として,「不潔で悪臭のある身体」「不衛生な住環境」「生命を脅かす治療やケアの放置」「奇異に見える生活状況」「不適当な金銭・財産管理」「地域の中での孤立」の6因子を明らかにした。現在,6因子についてさらに研究班で検討し,セルフ・ネ

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