医学界新聞

連載

2015.05.18



Dialog & Diagnosis

グローバル・ヘルスの現場で活躍するClinician-Educatorと共に,実践的な診断学を学びましょう。

■第5話:ハムとヤマアラシ

青柳 有紀(Clinical Assistant Professor of Medicine, Geisel School of Medicine at Dartmouth/Human Resources for Health Program in Rwanda)


前回からつづく

 皆さん,いかがお過ごしですか。先月,仕事でパヴィアという北イタリアの古い大学町を訪れました。滞在中,好物の生ハムやロンバルディア地方の郷土料理として知られる馬肉などを堪能したのですが,その際に,感染症フェロー時代に出会った,ある興味深い症例について思い出しました。

[症例]56歳男性。主訴:発熱,筋痛。既往歴は高血圧および脂質異常症のみ。2週間前から徐々に増悪する全身の筋痛と倦怠感,発熱を主訴に来院した(4月初旬)。鼻汁,咽頭痛,咳嗽など上気道症状はない。食欲不振以外,腹部不快感,嘔気・嘔吐,下痢など消化器症状はない。皮疹もない。発熱は最高で38.6℃だが継続的で,常に微熱を自覚する。過去に同様の症状を経験したことはない。ニューハンプシャー州在住。酪農経営に従事しており,羊,豚,牛を飼育している。過去半年間,州外への旅行歴はない。日々の多忙な農作業のため症状に耐えて生活していたが,同居する家族(妻と子ども)にも同様の症状が見られたため,一家で受診。

 入院時のバイタルおよび身体所見は以下の通り。体温38.3℃,血圧152/90 mmHg,心拍数89/分,呼吸数15/分,SpO2 98%(room air)。両眼瞼結膜に軽度の充血を認める。黄疸なし。頚部,腋窩,鎖骨上,滑車上,および鼠径部にリンパ節腫脹を認めない。胸部,腹部所見は正常。四肢の筋力は対称性に近位および遠位ともにやや低下し,広範囲に圧痛を認める。大小関節に腫脹,熱感,圧痛なし。皮疹なし。

あなたの鑑別診断は?

 皆さんはこの症例についてどう思うでしょうか? 遷延する全身の筋痛と発熱を訴える中年男性の症例です。おそらく読者の方の多くと同様に,「筋痛」に注目して鑑別診断を組み立てていこうと思いますが,何だか「変な感じ」がしますね。

 外傷性や疲労性など,限局した筋群における症状ではなく,この患者さんにみられたのは非局在性の広範囲な筋痛でした。このことから,何らかのsystemic(全身性)のプロセスが生じている可能性が疑われます。それは感染性かもしれませんし,自己免疫性,あるいは薬剤性,あるいは中毒(intoxication)といったプロセスかもしれません。脂質異常症の既往があることから,副作用として5-10%の患者に筋痛がみられるという報告1)もあるスタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)や,横紋筋融解症に関連する薬剤の服用歴(アルコール摂取も含む)があったかどうかが気になるところです。また,季節によっては熱中症に関連して横紋筋融解症が生じることもあり,患者さんの職業である農作業との関連が気になるところですが,ニューイングランド地方の4月初旬では,あまり該当しないように思われます。

 全身性の筋痛と聞いて,リウマチ性多発筋痛症,皮膚筋炎や多発筋炎といった炎症性筋疾患なども想起されるかもしれませんが,診断可能性としては非常に低いように思われます。というのも,この症例に関して最も注目すべきなのは,病歴にある次の情報だからです。すなわち,「同居する家族(妻と子ども)にも同様の症状が見られた」という事実です。提示された症例の文脈の中でこれを十分に説明し得るのは,何らかの原因物質への曝露(exposure)以外にはまず考えられません。つまり,全ての診断可能性のカテゴリーの中でも,とりわけ感染性もしくは中毒性疾患が検討されるべきです。

 インフルエンザ・ウイルス感染(上気道に関連した症状はなかったはず)? ライム病あるいはエーリキア症(家族全員が同時期にマダニにかまれるなんて)? レプトスピラ症(そういえばこの時期のニューイングランドは雪解けで地面がぬかるんでいたはず)? 流行性筋痛症(パレコウイルスだったっけ)? それとも,毒キノコ2)?!

D & D

「そうそう,このスライドがその家族の診断につながったものなのだけど,これはね,ハムの切片なのよ」

 接眼レンズをのぞきこみながら,彼女は言った。寄生虫感染のスペシャリストとして40年近くこの病院に勤務した彼女は,数年前に引退した後も,こうして毎年,慣れ親しんだ職場に戻ってきては,新人フェローのために個人教育の機会を設けてくれるのだ。

「ハ,ハムですか?」

 それまで,彼女と血液スメアや肝臓や皮膚の切片ばかりを見ていたので,正直,僕は当惑した。焦点を調整して注意深く観察すると,それは確かに筋組織で,ところどころに被嚢がみられ,中にはコイルした細い幼虫がみえた。

「これは,トリキネラ(旋毛虫)じゃないですか!」
「そうなのよ。この家族,農家を経営しているでしょう。自分の敷地内にワナをかけて,悪さをするアライグマとかヤマアラシを捕っていたらしいの。それで,捕まえた動物を,飼っている豚に食べさせていたそうよ。その豚の肉でハムを作って食べたら,家族の具合が次々に悪くなったの」
「(!!)」
「それで,あなたのところ(感染症科)のスタッフが患者に頼んで自宅からそのハムを持ってこさせて,このスライドを作ったのよ」
「(!!!)」

 トリキノーシス(旋毛虫症)は,世界中に見られる人畜共通感染症で,不十分に加熱処理された肉類を摂取することで感染します。1986年から2009年の期間に,日本を含む世界41か国で合計6万5181件の症例と42の死亡例が報告されています3)。原因としては豚肉の生食もしくは加熱不十分な摂取が最も多いのですが,中国やロシアなどでは熊肉の摂食を介した感染がしばしば報告されています。この線虫の生活環は興味深いもので,豚や馬などの家畜,ヤマアラシ,熊,イノシシなどの野生哺乳動物に寄生した被嚢幼虫が他の動物やヒトに摂取されると,腸管粘膜に侵入して成虫となり,そこで交尾した後,幼虫を生みます。小血管に入った幼虫は,循環に乗って全身に運ばれ,その中で横紋筋細胞に到達したものだけが発育し,形成された被嚢内で次の宿主に摂取されるまで,何年も感染性を保ちつづけます。

 主な臨床症状としては,筋痛,関節痛,眼窩浮腫,発熱,倦怠感などが挙げられますが,重症例では脳炎,心筋炎,また腎不全などを合併することが知られています。診断の際に最も重要なのは,やはり病歴と身体所見です。血算では,ほとんどのケースで好酸球増多が認められ,クレアチンキナーゼなどの筋原性酵素活性の上昇を伴います。確定診断は血清学的検査もしくは筋生検により行われるのが一般的です。

 旋毛虫症自体はまれな疾患ですが,この症例は私たちに重要な教訓を与えています。すなわち,「同様の症状を示す者が存在する」という情報は,鑑別診断の点から病歴聴取において極めて重要であり,食物媒介性疾患を筆頭に,その他の感染性疾患,中毒,あるいはバイオテロリズムなどが考慮される際には,診断の決定的な手掛かりとなり得るということです。例えば,内科や救急の外来で食中毒を疑った場合など,この重要なポイントを病歴聴取の中で忘れずに確認するようにしましょう。具体的な曝露のタイミングと発症までの時間,そして臨床症状から,検査など一切用いずに微生物学的診断に近づくことがしばしば可能です。

 それにしても,臨床って本当に面白いですね。

今回の教訓

◎旋毛虫症は豚やイノシシ,熊など野生動物の加熱不十分な肉を摂取することで生じる人畜共通感染症である。

◎「同様の症状を示す者が存在する」という情報は鑑別診断の点から極めて重要であり,特に食物媒介性疾患が考慮される際には決定的なものとなり得る。

◎患者の社会歴,とりわけ職業歴や食生活を含む日々の暮らしの営み方には,診断にたどり着くための重要な手掛かりがしばしば隠されている。

つづく

【参考文献】
1)Joy TR, et al. Narrative review : statin-related myopathy. Ann Intern Med. 2009 ; 150(12) : 858-68. [PMID : 19528564]
2)Bedry R, et al. Wild-mushroom intoxication as a cause of rhabdomyolysis. N Engl J Med. 2001 ; 345(11) : 798-802. [PMID : 11556299]
3)Murrell KD, et al. Worldwide occurrence and impact of human trichinellosis, 1986-2009. Emerg Infect Dis. 2011 ; 17(12) : 2194-202. [PMID : 22172230]

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