医学界新聞

対談・座談会

2015.04.13



【鼎談】

「見る」トレーニングを始めよう!
笠原 敬氏(奈良県立医科大学感染症センター 准教授・副センター長,感染管理室長)=司会
佐田 竜一氏(亀田総合病院総合内科・内科合同プログラム部長代理)
忽那 賢志氏(国立国際医療研究センター 国際感染症センター)


 診療現場において,患者さんを一目見た瞬間から始まる「視診」。圧倒的な情報量をもって,診断を絞り込む全プロセスにわたり重要な役割を果たす一方,そのインパクトの強さが目を曇らせ,正しい診断にたどり着けない怖さもはらんでいます。

 ピットフォールに陥らず,バイアスに惑わされず,視診を“カッコよく”使いこなすには? 本鼎談では今般発刊される『みるトレ 感染症』(医学書院)の著者である三氏が,視診の魅力とその特徴を最大限生かす使い方,そして「見る力」をいかに伸ばすかを語り合いました。


笠原 「視診」は,患者さんが診察室に入ってきた瞬間から始まります。診断の達人,ローレンス・ティアニー先生も「患者と出会った最初の数秒間に,とても重要な状況に置かれているということを銘記してください。確実に,いくつもの診断が患者と出会った最初の数秒間になしえます」(ティアニー先生の診断入門 第2版.医学書院,2011)と述べているように,問診,聴診,触診など情報を引き出す手段が種々ある中でも,視診は患者さんの第一印象を決定付ける,非常に重要なスキルと言えるでしょう。

 道具も要らず,情報が半ば自動的に流れ込んでくるため,普段意識されることは少ないかもしれませんが,視診は診断プロセスで大きな役割を果たしている視診の魅力や大切さを,本鼎談であらためて考えてみたいと思っています。

視診は“カッコイイ”スキル

笠原 早速ですが,お二人は視診の魅力をどんなところに感じていますか?

忽那 通常の診断推論のプロセスであれば,問診をして,病歴や社会歴を聞いて,身体所見をとって,プロブレムリストを挙げ……というステップがあるところを,視診で特徴的な所見を見つけるだけで,診断をぐっと絞り込める。その迅速性は非常に魅力的ですね。

佐田 視診で見つけた所見というのは,言葉通り“一目瞭然”で,問診などで引き出した情報よりも「この所見があるからこの疾患だ」ということを確定しやすいのです。“特異性が高い”と換言できるかもしれませんが,そのインパクトの強さも魅力です。

 それに,例えば左手のむくみと左まぶたの挙上困難からPancoast腫瘍(肺尖部胸壁浸潤がん)を見つけたり,耳たぶにしわがたくさんあるのを見て心疾患に気付くなど,トラブルが起きている身体の部位を,まったく別の部分を見ることで特定できる。そういうところが,実にエキサイティングだと感じます。

忽那 あとは何より,視診をうまく使えると“カッコイイ”んです。研修医が診てもわからなかった渡航後の発熱疾患を,眼球結膜の充血と,皮疹が出てくるスピードの早さから「ジカ熱(Zika fever)だね」と診断できたときには,われながら「ちょっとカッコイイな」と思いました(笑)。

笠原 まさに「百聞は一見にしかず」。所見の特異性やインパクトの強さで,正しい診断をぐっと引き寄せることができる,そこに視診の“カッコよさ”があるのでしょうね。

診断推論プロセスのさまざまな段階にかかわる

笠原 今伺ったところでは,視診は主に診断推論プロセスの冒頭で使われ,以降のステップを飛び越えて鑑別を絞り込むためにその力を発揮するイメージです。一方で佐田先生は,プロセスを進めていくさまざまな段階に,視診が関与すると提唱しておられますね。

佐田 はい。私自身は,以下の4つのパターンがあると考えています。

(1)「目で見えるもの」が主訴となり,鑑別が始まる場合
(2)「見えている所見・検査結果」を含む臨床情報から,鑑別を立てていく場合
(3)挙げた鑑別診断から,「見えるべき(認識すべき)所見」を探す場合
(4)視診以外の他の情報から診断がつき,後で見た目の異常に気付く場合

 (1)については,ふくらはぎのかゆみを訴える患者さんの足を見るとくっきりと長方形の赤みがあり,湿布による湿疹を疑ったところ,やはり湿布に含有されるケトプロフェンが原因の光線過敏症であった例,舌が肥大していると訴えて来院した患者さんが,多発性骨髄腫に伴うアミロイドーシスと判明した例など,見た目の異常がそのまま主訴になっており,それが直接,診断に結び付くようなパターンです。

 一方(2)は,主訴にはなっていないものの,医師が見てわかる所見や検査結果があり,他の所見や病歴と併せることで鑑別が導けるパターンです。例えば,発熱・目の見えづらさを主訴に来院した患者さんに前房蓄膿を見つけ,ベーチェット病という診断につながった例などがこれに当たります。

笠原 (1)が,診た途端にわかる異常があり,患者さんもそれを訴えている状態,(2)が,話を聞いて,診ていくうちに異常に気付く,という感じですか。

佐田 そうですね。そして(3)は,問診や身体所見を基に鑑別診断を挙げた後,「それならこの所見が見えるのでは?」と推察して見つけ,確定診断に持ち込むパターンです。発熱,体重減少,全身倦怠感で受診した高齢男性に複視が出現し,側頭動脈炎を疑ったところで,右側頭動脈の怒張と蛇行に気付いた例などがわかりやすいかと思います。所見を自ら探しに行く,言わば“攻める”視診と言えるでしょうか。

忽那 診断プロセスには「直感的思考(System1)」と「分析的思考(System2)」の2パターンがあるという,Dual process modelはよく知られています(Adv Health Sci Educ Theory Pract. 2009[PMID:19669918])。視診は,直感的,反射的なイメージからSystem1との関連が強いと思いがちですが,System2で熟考を求められるような過程にもかかわっている,ということですね。

笠原 カルテ記載の作法である「SOAP」にも当てはめられますね。(1)を患者さんの主観的訴え(Subjective)の段階,(2)を医師の客観的な所見(Objetive)の段階,(3)を,(1)の主訴や(2)の所見を考察・評価する段階(Assessment)とすると,主訴から始まり治療計画(P=Plan)に至る各過程に,視診がかかわると考えられそうです。

佐田 一方,(4)は(1)-(3)とは少々趣が異なり,確定診断までには所見を認識できず,後々気付くパターンです。血液培養の検査結果や持続性の貧血,心雑音など,他の所見から感染性心内膜炎だと確定診断した後に,口腔内に点状出血を認めた例などでしょうか。

忽那 こういう“見逃し”パターンは実際のところ,結構ありますね。伝染性単核球症の患者さんで,目のむくみを見逃したまま診断を進め,むくみが引いた後になって「そういえば……!」と気付いたことがありました。

佐田 気付けていればもっと早く,あるいは正しく診...

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