医学界新聞

対談・座談会

2014.12.01



【座談会】

“自分事”で考える
「医療の質」向上


 「医療の質」。皆さんも一度は耳にしたことがある言葉だと思いますが,「何だか壮大なイメージ」「自分には関係ないこと」で,済ませてしまっていませんか? でも,患者さんにとってベストな医療を提供し,自分自身もモチベーションを保って生き生きと働くために,「医療の質」について考え,その向上を試みていくことは大変重要です。

 では具体的に「質」とは何を指すのでしょうか。また,どんなことが原因で低下し,どうしたら改善できるのでしょうか。来年から本紙で始まる新連載「レジデントのための『医療の質』向上委員会」では,米国医学研究所(IOM)が2001年に提唱した,医療の質改善における6つの目標(MEMO(1))を軸に,医療の質にまつわる知識や最新トピックを紹介。質の問題を“自分事”としてとらえられるようになり,日々の臨床に+αの視点をもたらすことをめざします。執筆陣は,日米両国で「医療の質」向上の活動に携わる医師たち(MEMO(2))。本座談会では連載に向けて,それぞれの「医療の質」との出合いと,その向上に込める思いを語っていただきました。


病院見学での“違和感”“危機感”が原点に

 医学部在学中に「医療の質」について考えるきっかけを得たのが,反田氏と遠藤氏。両氏はともに,初期研修先を検討するための病院見学にて,想像とかけ離れた現場の実状を目にします。

反田 医学部5年生の夏,東北・北陸・中部地方を中心に15ほどの病院を見学しました。素晴らしい経験をし,多くの出会いもありましたが,一方で「なぜ標準的な医療が実践されていないのか」,そして「なぜ生き生きと働いていない医師が多いのか」という疑問を抱く事態に,しばしば遭遇しました。

 ある病院では部長の方針で,便潜血陽性の救急患者全てが消化器内科に入院することになっており,単純・軽度の腸炎だと思われる20代の女性患者に対しても,研修医が「入院が必須」と伝えていました。別の病院の小児科外来では,コントロール不良な喘息の患児に対して,テオフィリンとβ刺激薬が継続使用されていました。小児科医は「吸入ステロイドはあまり聞いたことがないし,滅多に使わない」と話していました。

 また,「医者なんてやめたほうがいいよ」と公言してはばからない医師にも,大学病院・市中病院双方で少なからず会いました。病院には優秀な人材が集まって毎日懸命に働いているはずなのに,なぜ,適切な治療に結びついていないのか。なぜ,現場が活気に溢れていないのか。その違和感が「医療の質」を考える原点になっています。

遠藤 外科系を志望していたため,病院のウェブサイトやランキング本を参考に,外科領域で名のある病院に見学に行きました。しかし研修医の手技を見ても,その他の病院との技術の差をそれほど感じなかったり,「手術件数が多い」「がんのステージ別5年生存率が高い」とされる病院でも,医師一人当たりの執刀件数は少なかったり合併症が多かったりして,働いている医師の満足度が必ずしも高くない場合もありました。一方で,教科書やガイドラインから逸脱した治療や,トレーニングもなく危険な手技が施されている事態も目の当たりにし,医学生という“素人”の目線から,「患者さんが安心して受診できる,自分自身もかかってみたいと思える医療を提供している病院は,いったいどこにあるのか」という危機感を覚えたのです。

 医療の大前提,“患者にとっての最善”が顧みられていない現場もあれば,必死に働いていても,満足度の高さに結びつかない現場もある。いったい何がかみ合っていないのか――医学生ながら疑問を感じた二人。一方,臨床現場で“かみ合わなさ”を痛感し,「医療の質」を意識するようになったのが,一原氏です。

一原 初期研修後,市中病院で3 年間,循環器の専門研修をしました。日々大いに学んでいましたが,いくら具合の悪い人を治療しても,またすぐ他の誰かの具合が悪くなる。社会は何も変わらない,という当たり前の現実に苦しみました。月並みですが,単に目の前の患者さんのためだけでなく,「上流」からより広く,医学や医療に貢献したい。そう思い,臨床研究を志して博士課程に入りました。

 しかし期せずして,大学病院や多くの「一般病院」の風習や医師アルバイトの実態に触れ,大いに考えさせられました。科学的に妥当な診療,患者や家族にとって機能的かつ人間的サービス,医療者の社会的責任,多職種連携の在り方,キャリア形成や生涯学習,経済的インセンティブの妥当性……さまざまな意味で,日本の医療の現実を知りました。かつて志に燃えていたかもしれない医療者が,病院の機能や患者のニーズを無視して恣意的に診療範囲を狭めたり,小遣い稼ぎのような低質な診療を行い続ける姿も目にし,こうして「一部の医療者がいくら頑張っても,医療全体がよくなるわけがない」と暗澹たる気持ちになりました。

それぞれが始めた学びと実践とは?

 自分や周囲の行っている医療への疑問や,改善への思いから形作られたそれぞれの原点。では,医療者が日々充実感をもって取り組め,かつ患者にとっても満足度の高い医療とは,どんな医療なのか――。それぞれに考えた末,たどり着いたのが「医療の質」をめぐる議論でした。

遠藤 危機感を募らせる中で,医学部6年生時,臨床修練のシラバスで目に飛び込んできたのが「医療の質」,故・上原鳴夫先生の実習でした。期待に胸を膨らませて教室を訪ねると,実習生は私一人。Codman1)やDonabedian2)など“古典”と称される概念から,QC,TQM3)などの他分野から導入された品質・経営管理手法,IOMの“Crossing the Quality Chasm”まで「医療の質」に関する体系的知識を教わりました。また,ことあるごとに「誰のための医療か常に考えろ」「目標や目的を明らかにしろ」「結果を数値化しろ」と指導され,拠って立つべき理念もここで学んだように思います。

 さらに米国医療の質改善研究所(Institute for Healthcare Improvement ; IHI)が展開していた「10万人の命を救うキャンペーン」4)を現地まで見学に行き,その活気に圧倒されました。その後も同キャンペーンの日本導入に向けた資料作成や,IHI Open Schoolというコミュニティのオンラインコースで「Chapter Leader」を取得するなどIHIとは継続してかかわっています。同コースで学んだ手法を現場で応用し,がん性疼痛患者における除痛に関して成果を挙げることもできました。現在は,チェックリストを用いたICUでの質改善と安全に取り組んでいます。

一原 独学で「医療の質」をめぐる国内外の研究や取り組みを知り,この分野に貢献することを目標と定めました。

 縁あって,ハーバード公衆衛生大学院(HSPH)の夏期講習を受講し,そこでIHIの会長,Maureen Bisognano氏の授業をとりました。「自分の職場に戻ったら“何か一つ”改善を始めてほしい」という彼女の言葉に触発され,帰国後勤務先の病院で,全救急受診患者を登録するレジストリを開始。部長や上級医,研修医からの理解と助力も受けて取り組みました。このレジストリが医師個人や部門での症例レビューに役立っただけでなく,病院前救急システムとの連携,応需している症例の種類と量,医師間の診療の差異,要入院症例とベッド確保の状況,院内各診療科との連携の状況,帰宅患者への方針説明やフォローアップ診療の実施,リピーター患者への対策など,救急部における診療の質を,他部門との連携や社会的な役割の観点から検証するための基礎データをもたらし,診療を見直す契機となりました。

 遠藤氏,一原氏は共に,米国IHIとのかかわりをきっかけに,日本の臨床現場で活動を始めます。反田氏も渡米先で,「医療の質」向上の手法に興味を持ち,現場での改善活動に着手。小西氏はマネジメントや経営的視点を織り交ぜ,病院全体に目を向けた改善活動を試みます。

反田 「医療の質」という系統立った分野が存在することを知ったのは,初期研修修了後,渡米してすぐのことです。従来の臓器別の専門性にとらわれず,医療にかかわる問題を一歩下がったところで見極め,解決しようと試みる手法に強い興味と共感を覚えました。

 ニューヨークでの内科研修開始3か月後には,病院の医療の質・安全に関する管理責任者と共に,血液検査に関するプロジェクトを開始。2年半の取り組みで,過剰検査の削減,検査に要する時間の短縮に一定の成果を挙げ,学会での発表や論文の掲載につながりました。以降は,IHIやメイヨークリニックが提供するコースを受講したり,複数のプロジェクトに積極的にかかわるなどして,医療の質に関する知識と経験の蓄積に努めています。

小西 研修先の沖縄県立中部病...

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