医学界新聞

連載

2014.07.21

看護のアジェンダ
 看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第115回〉
にが笑いの反動

井部俊子
聖路加国際大学学長


前回よりつづく

 2014年6月18日,東京都議会定例会の一般質問において塩村文夏都議が一般質問を行った。

 YouTubeで確認すると,彼女は4つの論点を述べている(原稿を読みあげた)。1つ目は,受動喫煙対策の必要性についてで,防止条例の制定を訴えた。2つ目は,ペットショップの劣悪な環境で行われている「生体販売ビジネス」の現状。続けて3つ目として,動物愛護法違反となるような販売実態を指摘し,動物愛護の強化を訴えた。そして4つ目が,「女性のサポートと子育て支援について」であり,東京の女性の晩婚化を指摘し,不妊治療を受ける女性のサポートを都は手厚くすべきと訴えた。「東京が成熟都市になるためにこれらの施策が重要であると思うが,知事の見解はどうか」と問うた。

「都議会ヤジ」の波紋

 “事件”はそのとき起きた。「お前が早く結婚すればいいじゃないか」などのヤジが相次ぎ,「議場に笑い声が広がるなか,働く女性の支援を掲げる舛添要一知事も笑みを浮かべ,塩村氏は議席に戻ってハンカチで涙をぬぐった」(朝日新聞2014年6月20日付)。

 6月20日,塩村都議とみんなの党女性局長の薬師寺道代参議院議員は,発言者の特定と処分を吉野利明議長に申し入れた。申し入れ書では,「女性の尊厳に関わる重大な発言。すべての女性の人権にも深刻な被害を与える」と指摘した。「都議会ヤジ」と命名されたこの事件は波紋が広がり,都議会には1千件を超す批判が寄せられ,塩村氏のツイートには約2万回のリツイートがあったという。

 6月23日,発言の主が特定された。全面否定から一転して名乗り出た鈴木章浩都議は記者会見で「配慮がなかった」と陳謝したが,議員辞職は否定した。彼は「深く反省しております」と塩村都議に謝罪した上で記者会見に臨み,反省の弁と,会派を離脱し「初心に戻って頑張りたい」と述べた。都議会自民党を離脱し,無所属議員となった鈴木章浩都議は同日,新たに「都議会再生」という名称の会派結成届けを議長宛てに提出した。

 6月24日,塩村氏は日本外国特派員協会の要請で会見した。海外からはロイター社など10社が参加した。デンマークのユランズ・ポステン紙の記者によれば,北欧の議会なら「性差別的な発言をすれば議員のキャリア(経歴)は完全に終わり。同じ党の議員がすぐに発言者を公にし,メディアが厳しく非難するだろう」という。「私自身,驚かなかった,ずっと日本の男女差別を報じ続けてきたから」「この事件は日本が変わるのに必要なステップ」(シンガポール「聯合早報」紙)という感想のほか,「ドイツの議会でもヤジはすごい。でもセクハラや人格否定の発言は許されない」「女性に敬意を払うのは最低限のマナー。女性への差別は議論していかないと変わらない」(ドイツ・フリー記者),「プライベートに踏み込むヤジはあり得ない」「日本で物事の解決に時間がかかるのはわかっていたが,自らの発言に責任をとらないのにも驚いた」(ハンガリー・フリー記者),「日本の政治は男の世界。女性を見下し,芸者のようなエンターテイメントを求める風潮が今もある。今回の一件が日本社会の革命の転機になってほしい」(フランスRTL放送)など,特派員の目は厳しい(朝日新聞2014年6月25日付)。

女性発言者の振る舞い方

 私は塩村氏のインタビュー記事(朝日新聞2014年6月22日付)に注目した。次の部分である。

――塩村さんもヤジを受けて一瞬笑った。

 苦笑です。えっ,なんだよと。笑ってごまかそうと思ったが,別のヤジも飛んできてボディブローのように効いてきて,ごまかしきれなくなった。

――その場で反論しなかったのはなぜか。

 本当に不意打ちだった。返せなかった。不規則発言だと議長にアピールして議事録に残す方法は知らなかった。

 都議会ヤジ事件から,女性発言者の振る舞い方をまとめてみた。

1)不当もしくは不愉快な発言があったときは「笑ってごまかそう」としない。意味のない笑いが意味を持つことになる。できるだけ「うすら笑い」「にが笑い」「愛想笑い」などをせず,毅然として立つこと。
2)怒りがあるときは「怒っている」ことを,感情的にならずに言葉で表現すること。
3)不当もしくは不愉快な発言をした相手の発言の不当性を指摘し,反論の機会をつくる。
4)発言の仕方を変える。原稿を棒読みするのではなく,会場を見渡しアイコンタクトをとりながら,自分の言葉に力を込めること。
5)女性の武器といわれる涙は公の場では使わないこと。

 健全な社会の構築をめざす女性のリーダーシップの発揮には,古めかしい「女の笑みと涙」は用いないようにしたいと自らを戒めた。

つづく

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